その十一  ウィルの嫉妬

 ようやく待ちに待った週末。


 いつものように自宅でウィルに会えて、いまは横長のソファに並んで座っている。

 彼が「気楽に話したいからソファに座ろう」と言ったからだ。

 お陰ですぐとなりには愛しい彼の姿が。


「マリーがこの前話してくれた魔力のことを調べておいた」

「本当? ありがとう!」


 美しい顔が近くて、目を合わせるのが少し恥ずかしい。

 だけど、ものすごく幸せ。


 こうして横で見ると肩幅があって胸板が厚い。

 しかも端正な顔立ち。


(この人はモテるんだろうな)


 なぜウィルの噂を職場で聞かないのか不思議だ。


「どうもこの国に、マリーと同じ時空の特性を持つ人はいないようだ」

「やっぱり珍しいのね」


「魔道師団長も知らなかった。詳しいことは古い文献を調べないと」

「魔導師団長? ウィルは魔導師団長と知り合いなの?」


 凄い人が話題に出たので驚いてたずねると、彼はハッとした表情をしてから慌てた様子で座り直した。


「い、いや、たまたま会えたから話を聞いただけだ」

「ありがとう。私のために」


 やはり彼は自分の身分を隠そうとしている。

 魔導師団長と話す機会があるなら、彼はかなり高い身分の貴族なのだろう。

 もしかしたら、父親が大臣とかなのかもしれない。


「それで職場は慣れたのか?」

「ええ、すっかり。あ、魔法を使って大変な仕事を早く片づけたのよ」


「大変な仕事?」

「先週は王城で三十人の昼食会があってね。王族の方々の昼食と合わせて、五十人分の大量の洗い物がでたのよ。だから、いつも洗い物をする女性の手伝いをしたの」


「そりゃ凄いな! 大勢が使った食器だ。さぞ多かっただろう」

「そう、物凄く多かったわ。でね、早く終わらせるために、私が魔法を使って洗浄をしたのよ。水分の拭き取るお皿拭きじゃなくてね、洗浄をしたの」


 私が洗浄をしたと話すとウィルが目を丸くする。

 やはり、貴族令嬢が水仕事をするのは異例らしい。


「この時期の水は冷たい。つらかっただろう?」

「手が荒れるからって心配されたけど、頑張っちゃった!」


 私が手荒れのことを言うと、ウィルが横から私の手を握ってきた。

 彼は私の手をまじまじと見てから、目を見つめてくる。


「マリーの手が荒れるのは俺もつらい。できれば水仕事は避けて欲しい」

「わ、分かったわ。でも仕事だから、そうも言っていられないでしょ」


 大好きな人が真横に座って、手を握って見つめてくれる。


(ウィルったらっ! 幼馴染みを心配してくれるのは分かるけど、女性は好きな人から手を握られたらそれだけで嬉しいのよ! さらに真横で見つめられて心配されたら、ドキドキしてどうにかなってしまうわ)


 幸せ過ぎる状況に、体が火照って緊張で息苦しい。

 私は胸の鼓動がウィルに聞こえてしまうと焦って、彼の手をそっと離した。

 すると彼は、優しく微笑んでから離したばかりの手で私の頭を撫でたのだ。


「そんなに大変な仕事をやり遂げたのか。マリーは本当に頑張ったな」

「うふ。ありがとう!」


 前回に続き、またも私の頭を撫でてくれる。

 大好きな人から、一生懸命取り組んだ私の頑張りを認めてもらえた。

 たとえ幼馴染みだからだとしても、特別な触れ合いが嬉しくて幸せを噛みしめる。


「職場のみんなも驚いただろう?」

「うん! それで、私よりも身分が上のジゼル様が、私を褒めてくださったの。いつもはきつく当たるのに、仕事ぶりを感心されて私を見直したって」


「ジゼル様? マリーに怪我をさせた女性か!」

「ウィル、ジゼル様に悪気はなかったの! とても心配してくださったし。それにね、少し彼女と心の距離が近くなれた気がするの」


「……そうか。敵だと思っていた人を味方にできたんだな」

「ええ。もの凄く頑張ったもの。それにね、仕事の女神トラヴァイエ様みたいだって褒められちゃった!」


 私が笑顔で話すとウィルも嬉しそうに微笑む。


「君の仕事ぶりが、ジゼル様にそう思わせた訳だ」

「あ、違うの。私を仕事の女神様みたいって言ったのは、コックの青年なのよ」


 調子にのって青年コックのマルクのことを話すと、彼の表情が少し険しくなった。


「コックの青年だと?」

「あ、同じ厨房で料理を作っていた、平民のマルクって人なんだけどね」


 私がマルクのことを説明すると、ウィルの機嫌がさらに悪くなる。


「そいつが女神トラヴァイエ様みたいだって言ったのか? 確かにマリーは素敵だが、少し許せないな」

「あ、やっぱり女神様みたいとか言うのは罰当たりよね。ごめんなさい、私も恐れ多いなとは思ったんだけど……」


 女神様のことはさすがに呆れられたかと失言に後悔したが、彼は首を横に振った。


「俺は前からマリーが女神様のようだと思っている。なのに、ほかの男に先に言われたのが残念だ」

「ウ、ウィル、ちょっとあなた何を言って……」


 まったく予想外のことを言われた。


「あらためて言わせて欲しい」

「な、何?」


「君は俺にとっての女神様だ」

「ふ、ふわっ⁉」


 マルクに言われたときは驚きが強かったけど、ウィルに言われたらにやけてしまう。


(ええーー⁉ 彼が私を女神様だと言ってくれるの⁉ ううう嬉しいっっ……! でもそれってなんの女神様? 彼にとって私は幼馴染みよね? すると幼馴染みの女神様⁉ そんな女神様……いたかしら? あっ! 私が彼に仕事の話ばかりするから、やっぱり仕事の女神トラヴァイエ様だわ!)


 それからしばらくの間、ソファで真横に座る彼と楽しい時間を過ごした。


 心のすべてが溶かされる、癒しの時間。

 そして、素敵なひとときは終りになった。


 いつものように屋敷の前で、彼の馬車が遠ざかるのを名残惜しく見送る。

 おじい様とお母様も一緒に見送りへ出ていた。


「ねえ、おじい様。彼の剣の実力って一体どれくらいなの?」


 私は幼いころにおじい様から自衛の剣を教わったので、剣術も少しだけ分かる。

 でも、今も欠かさず修練を続けるウィルの剣技は相当なもので、その実力はもう私には計れない。


「もうわしがお教えすることはない。免許皆伝の腕前だ。なのに、まだ教わりたいと通ってこられる。本音は違うところにあるのだろう」

「本音? 彼の本音って何かしら?」

「それは……本人にしか分からんな」


 おじい様は分からないと答えたが、まるで推測がついているかのような口振りで私を見たのだった。

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