その八 時空魔法
「先週は、すぐにマリー様が使える魔法が分からなくてごめんなさい」
「いいのよ、コレット。あの本にだって載っていなかったんだもの」
週初めの仕事を終えた私たちは、寮の部屋に戻ってふたりで話し込む。
食事も済ませて消灯し、いまは寝る前のひととき。
灯りを点けると寮長に叱られるため、あえてろうそくの火を消して、真っ暗なままでひそひそ話す。
先週はコレットが手首の治療をしてくれて、そのとき私の魔力に気づいてくれた。
それで彼女が部屋に小物を置いて魔法陣をつくり、私の魔法の素質を引き出してくれたのだ。
青白く光る魔法陣の上で、私の体は緋色に、コレットの体はオレンジ色に輝いた。
魔力がオレンジ色のコレットは火の特性があり、火の魔法を使える。
魔力が緋色の私は時空の特性らしい。
だけどあまりに珍しい特性のため、魔法に詳しいコレットでも時空魔法がどんなものか知らなかった。
魔法の特性が詳しく記載されたあの古い本にすら、時空魔法についてはほとんど書かれていなかった。
週末にコレットが実家で調べてくれたそうで、興味津々で説明を聞き入る。
「魔法を使うときは、どんなふうに魔力を使いたいか念じてから、魔法名を唱えてください」
彼女はそう言うと、机に置かれた燭台に手をかざし、小声で魔法名を唱える。
「フラム!」
コレットの体が一瞬、オレンジ色に光る。
きらきらとしたオレンジの輝きが彼女の指先から飛ぶと、輝きが空中を流れて机に置いたロウソクに火が点いた。
「魔法を使うところって、間近で見たことがなかったけど、凄く素敵ね!」
「魔力の輝きが飛ぶのって綺麗ですよね」
「コレットは火を出す魔法で分かりやすいけど、私の時空魔法ってどうなるの?」
「おじいちゃんに聞いたら、おそらく魔力に包まれた場所の時間を操作するのだろうって」
コレットには魔法の得意なおじい様がいるんだ。
きっと凄い魔法使いなのね。
私のおじい様は剣聖と言われる剣技の達人だし、年を重ねた人は本当に凄いわ。
「それ、私自身の時間を操作するってことよね?」
「はい、たぶんそうです。マリー様の魔力はご自身を包んでますもんね」
「私の場合だと、なんて唱えるの?」
「実家の魔導書を調べたら、一つだけ時空魔法の呪文が分かりました。時間の進みを早める時間加速魔法で『アート』というらしいです」
魔力が包んでいる場所、つまり私自身よね。胸に手を当ててと……。
「時間よ早まれ、アート!」
時間を早めてと念じて魔法の名を唱えると、私の体が緋色に光り輝く。
次の瞬間、不思議な感覚に襲われた。
まるで世界のすべてがスローになったように感じる。
一緒にいるコレットは、まぶたを瞬く間隔が凄く長くなった。
燭台の炎のゆらめきもゆっくり揺れて、ちらちらと揺れる見慣れた動きではない。
私の時間が早く進む魔法なのに、私には変化がなくて、周りがゆっくりになったみたいだ。
これで本当に作業が早くできるなら、仕事がはかどって助かるのだけど。
試しにペンを持ち、三日坊主でやめた日記を書いてみる。
文章はいつも通り思い浮かばないけど、ちゃんと書くことはできた。
「マリー様! 魔法を止めるときは、胸に手を当てて元に戻れと念じてください!」
コレットの口の動きはゆっくりだけど、声だけはいつもと同じに聞こえて不思議な感じがする。
これって魔法の効果かしら。
「元に戻れと念じればいいのね? 元に戻れ!」
胸に手を当てて元に戻れと念じたら、コレットの動くスピードが元に戻った。
「ねえ、コレット! 魔法を使ったらコレットの動きが遅くなったんだけど」
「私からは、マリー様が早い動きで日記を書かれているのが見えました……」
「? それって一体どういう……」
「たぶんマリー様と私たちほかの者たちでは、時間の進みが違うんです。マリー様だけ、時間の進みが早くなってると思います。だから、見え方が違うんじゃないでしょうか」
「そうなのね! 凄い、凄いわ! これなら早く仕事を終わらせられるわね」
「マリー様は、仕事でこの魔法を使われるおつもりなんですか?」
「もちろん! 仕事を早くするとどうしても雑になるでしょ? でも時間のスピードを早めるなら、丁寧にたくさんの仕事ができるじゃない!」
「あの……この魔法はあまり使うと、寝ているときに反動があるらしくて……」
コレットが心配した様子で私を見てくる。
「え……反動?」
「寝て魔力を回復するときに、魔法を使った反動でゆっくり時間が流れるんじゃないかって、おじいちゃんが言ってました」
「寝ているときに?」
「魔力を使って早めた時間の分だけ、魔力を回復するときにゆっくり時間が流れるはずだそうです」
「それ本当⁉」
「どうも、一日の時間は誰もが平等である、これが世のことわりだ、とかなんとか……。私もよく分かんないですけど」
「よかったぁ!」
「マ、マリー様?」
私が安堵すると、コレットが不思議そうにした。
「だってあんまり魔法を使ったら、私だけ先におばあちゃんになっちゃうなって思ったのよ。自分だけ早く年を取ったら嫌じゃない?」
「……あはっ、あははっっ!」
コレットは私の心配を聞いて吹き出してしまった。
「な、何がおかしいの?」
「だって、私たちまだ十代ですよ? それなのに、おばあちゃんになる心配だなんて」
「うふふっ。でも先に私だけ老けちゃったら、彼が困るかなって思ったのよ」
釣られて笑ったせいか、余計なことを言ったようでコレットが表情を変えた。
「え? 彼……ですか? あの、それどの彼です?」
「あ、あ……えーと。お、幼馴染みよ、ただの!」
「ただの幼馴染みなら、別に困らないですよね?」
コレットの食いつきが凄い。
普段は目立たないようにしているが、彼女も女子なので恋バナには興味があるらしい。
「本当に幼馴染みよ。ただちょっと、いやかなり素敵なだけで」
「かなり素敵なんですか?」
「ああ、もうダメダメ。ややこしいことになるから内緒なの!」
「どんな男性です?」
「ね、お願いだから、絶対ほかの人へは話さないで!」
「それって、実は噂を広めて欲しいという――」
「違う違う! フリじゃないから! ジゼル様とスザンヌ様が知ったら大変でしょ?」
私の必死の訴えにコレットがうんうんとうなずく。
ふたりして、くすくす笑った。
大騒ぎになる様子がありありと想像できたから。
急に、コンコンと部屋の扉が強くノックされる。
「あなたたち、起きているわね!」
まずい、寮長だわ!
ふたりで必死に笑いをこらえる。
でも堪えれば堪えるほど、小さく笑い声が漏れた。
「いまから寝たふりしてもダメよ! 灯りが漏れているし、笑い声はするし! 出ていらっしゃい!」
仕方なくコレットとふたりで扉を開けると、しかめっ面をした寮長のおばさんが腰に手を当てて仁王立ちしていた。
「あなたたち、罰として明日から週末まで寮の廊下を掃除しなさい! いいわね!」
せっかく職場で役立つ魔法を手に入れたのに、関係のない所で仕事を増やしてしまった。
寮長に平謝りして部屋の扉を閉めると、コレットと顔を見合わせて苦笑いした。
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