フォルダの中の秘密~嘘つきたちの春一番・2~

鳥尾巻

ピンクの水玉

 中学の卒業式に撮った根本ねもと咲那さなとのツーショット。ただの記念写真と言えばそれまでの。泣いて真っ赤になった目でカメラを見て笑っている咲那と、隣に立ってそっぽを向いた俺。

 桜と校門をバックに入学式に撮った2人の写真。同じ中学から行ったのは俺達だけだったから、咲那は俺に気付いてホッとした顔をしていたのを覚えている。「また浩太と一緒なの?」なんて憎まれ口をきいてたけどな。


 春一番

そして、翌年の春一番が吹いた日。偶然に触れた唇は、びっくりするくらい柔らかくて、ざらついた砂の感触がした。


 最初はほんの悪戯心だった。その日の俺は、金髪のウィッグを被って黒いスーツを着ていた。サッカー部の新歓の出し物に使う衣装だ。

 仲の良い女友達、根本咲那さなの好きな海賊漫画のキャラになりきって、少しふざけてやろうと思っていただけなんだ。

 昼休みの衣装合わせの後、外の水飲み場で手を洗う彼女を偶然見かけ、後ろからそっと近づいた。その足元に落ちていたタオルを拾いあげる。ピンクの水玉タオルの裏に、クラスと名前が書いてある。こういうとこ、中学から変わってないな。

 渡す時にキザっぽい台詞でキメたら面白いかも。笑いの沸点の低い咲那さなのことだ。俺の恰好を見たら、絶対「似合わなーい!」と、笑い転げるだろう。

 しかし、鈍いにも程がある。これだけ近づいたら気配で気付きそうなもんだけど。長い髪を三つ編みにした体操服姿の咲那は、落ち着きのない小動物みたいな仕草で手を洗っている。細い首に小さな体。ほんと子供みたいだ。同じ高2とは思えない。その毛先が水に浸かりそうになっているのにも気づいてない。


「髪濡れるぞ」


 顔を寄せて肩を叩くと、強い風が吹き、急な動きで咲那が振り返った。その先にあった唇が、俺の唇にぶつかった。咲那の大きな目が潤んで今にも涙が零れそうになっている。俺も驚いて、どうリアクションしていいか分からない。思わず口を押えて飛びのいた。


「ご、ごめん……」


 泣いてた。泣いてたよな。わざとじゃないけど、そんなに嫌だった?その後、どうやって教室まで帰ったのか覚えてない。

 仮装のままボーッとしていると、同じクラスの杏璃あんり・ルシャトリエに揶揄われた。金茶色の髪に緑の目。母親が日本人だが、全体の色味が派手でやたら綺麗な顔をしてるものだから、女子達に「王子様」なんて呼ばれてるらしい。

 部の仮装では考古学者の黒髪女子役をやる予定だ。女装させられるというのに、「黒髪ストレート憧れてたんだ~」と妙に嬉しそうだった。


「どうしたの、浩太こうた。魂抜けちゃってるよ」

「あー、うん」

「とりあえず、それ脱いだら?」

「うん」

「可愛いタオル持ってんね」

「あ、これ、咲那の……間違えて持ってきた」

「ふーん、例の愛しの……ふがっ」


 何を言うか。何を。俺は慌てて杏璃の口を手で塞いだ。杏璃はニヤニヤしながら俺を見ている。イヤな男だ。綺麗で優しそうなのは外見だけで、性格はかなり曲がってるんじゃないか。

 ことあるごとに揶揄われるのも、たまたまこいつに携帯の写真フォルダの中身を見られてしまったからなんだけど。


 今みたいにニヤニヤ笑う杏璃に洗いざらい吐かされ、それ以来ずっとイジられ続けている。


「ねえねえ、返しに行かないの~?」

「うーん……」

「堂々と会いに行けるじゃ~ん」

「……」


 同じ高校に行きたくて必死に勉強した。なんて言ったら、咲那はどんな顔をするだろうか。もし「気持ち悪い」なんて言われたら、立ち直れない。


「行かないなら僕が代わりに行ってきてあげる」

「あ、こら、待て」


 ひょいと伸ばされた長い腕が、水玉ピンクのタオルを奪っていく。止める間もなく、杏璃はさっさと教室を出て行ってしまった。あいつのことだから面白がってるだけに違いない。


 ああ、もう!どうにでもなれ。昼飯も喉を通らず、机に突っ伏した俺は、咲那の唇の感触を思い出して赤くなったり、自分の行動を後悔して青くなったり、情緒の忙しい午後を過ごしたのだった。


 結局、咲那は砂埃が目に入って泣いてるように見えただけと分った。誰が後ろにいたのか気付かなかったから、俺を見てもいつもの調子で接してきた。

 拍子抜けするほど呆気ない展開。放課後、正直に言って謝り倒して許してもらったけど、本音を言えば、もう少し意識してくれてもいいんじゃないかと思った。


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