2000文字で伝えます!

米飯田小町

2000文字で伝えます!

「えーっと、ここを押して・・・あれ?」

 彼女はカメラの前でしどろもどろになっていた。

 髪は綺麗に整えられており、顔にはナチュラルな化粧を施し、服にも気合を入れているように見える。


「よし!これでおっけい。じゃあ行きまーす!」

 何に対しての宣言なのだろうか。にしても、内気な彼女にしては珍しくかなり大き声に感じた。カメラが音を拾いやすくするためなのだろうが、いつもアパートの隣人に対しての生活音に几帳面なほど気にしていた彼女にしてはとても珍しい行動の様に思えた。


「やばい!ちょっとはずかしいなー。え?ちょちょっと!」

 狼狽する彼女を映しながら。カメラが激しく揺れ、画面が横に倒れた。なんてテンポの悪い動画なんだと思った。


「もーこんな時くらい・・・」

 横に倒れた画面の中から彼女の声が聞こえる。がさがさと物音がするかと思うと、画面に彼女の顔が大きく映った。彼女の目元には少し化粧が施されていたが、目元が少し腫れていたのを俺は見逃さなかった。


 カメラの位置を整え、再び彼女は話し出した。


「はい!皆さんお待たせしました。見てわかる通りビデオメッセージというやつです。こんなことをしてどうかしてるんじゃないかと皆さんは思うかもしれませんが、そんな事私が一番わかっていますし、この動画を見つける時にはみんな理由が分かっていると思います」


 ながながと話していたかと思うと、彼女は大きく息を吸った。


「親友が死にました。私のせいです」


 「親友は結婚していました。お腹にも赤ちゃんがいると分かって、幸せの最絶頂だったと思います。彼女は新生活で忙しい中でも私との時間を大切にしてくれていました。彼女にとっても、私はそれほど大切な友人だと思ってくれているなかなと思えてうれしかった」


「そんなある日の事、親友が私を旅行に誘ってくれました。私は妊婦が旅行に行っても大丈夫なのかなと思いましたが、彼女はまだ妊婦一か月目で、体の状態もすこぶる元気でした。それにこれからどんどん忙しくなるし、今のうちに親友水いらずで楽しんで来いと親友の夫もそう言ってくれました。そういう優しいところ、彼も昔から変わらないなと思って嬉しかった」


「その日は私が運転していたんです。久しぶりの運転だったけど、講習もまた受けたし、大丈夫だと思ったんです。でも目の前の車が急ブレーキして私は・・・」


 彼女は泣き出してしまった。


「お母さんお父さん。友人のみんな。会社の人。そして何より○○君。ごめんなさい。命を粗末にするなって事は分かってます。でも毎晩彼女の事を考えてしまって私は限界です。彼女は幸せになるはずだったんです。私なんかよりもずっと・・・」


 彼女は立ち上がってカメラに近づいた。


「ごめんなさい。もう耐えられません。さようなら」


 そこで動画は終わった。





 妻が死んで、俺にはぽっかり穴が開いた。

 なにも手が付かなかった。仕事も行かずに一か月過ぎた。


 俺はつい最近まで幸せだった。こんな幸せでいいのかとまで思った。綺麗な幼馴染と結婚して、もうすぐ父親になるよなんて聞かされたら、男としてこんなにうれしいことがあるわけがない。


 俺たち夫婦にはもう一人幼馴染が居た。彼女は昔から真面目で自分から一歩引くような、そんな性格をしていて、俺たちは彼女のそんな優しい一面が大好きだった。

 学生当時から俺たち三人にはいろいろあったが、数々の困難を共に乗り越えた俺たちの関係は、もはや親友という言葉だけでは言い表せなかった。


 ある時妻が、彼女と旅行に行きたいと言っていた。正直俺は嬉しかった。妻と彼女の関係は俺たちが恋人同士になっていた時から気にしていたが、どうやら俺の心配は杞憂だったらしく、二人は今でも仲良しらしい。妻は妊婦だが、もっとお腹が大きくなるとこんな機会は来ないだろうからと、俺は快く妻を送り出した。


 後悔している。後悔していないなんてことがあるわけがない。俺が運転するといっていれば。公共交通機関を使っていれば。そもそも旅行に賛成しなければ。そんな事ばかり頭によぎる。今更どうしようもないのに。


 そんな日々でも。俺は親友の彼女の事が気がかりだった。


 彼女の事は妻の次に知っているつもりだったから、こんな時彼女が他の誰よりも自分を責め立て、追い込んでしまうのではないかと、そう危惧していた。


 俺の考えは的中していた。彼女の家族からの一報を聞いて、さっきまで重かった体が嘘のように動き、俺は家を飛び出していた。


 病院に着くと、彼女は友人や家族に囲まれていた。俺は彼女のベッドに駆け寄ったが、彼女にはチューブが刺されており意識不明の状態だった。ピッ。ピッ。という音だけが病室の中で響ていた。


 そんな彼女の様態を見て、俺はその場に膝を落とした。心に開いた穴がさらに広がった。


 そんな時、彼女の家族が一つのビデオカメラを手渡してきた。どうやら彼女の部屋にあったものらしい。


 俺はカメラを起動し、一つの動画を再生した。


 





 




 

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