女優志望の同級生に弱みを握られてモブ役奴隷生活

土呂とろろ

役作り1

 放課後、教室から出ようとした俺を、同級生が待ち伏せていた。

 手提げかばんを両手で持ち、清楚で品のある立ち姿に見える。とはいえそれも校門を出るまでの話だった。

 校門から出ると、途端に人目を気にしなくなり、その本性があらわれる。まず当然のように手提げかばんを俺の胸に突きつけてくる。


「持てってこと?」

「そう」

「最近、肩こりと腰痛がひどい。多分お前のせいで」

「百歩譲って肩こりは私のせいかもしれないけど腰痛は知らない。平井ひらい君はバカだから違いがわからないと思うけど。それとも私のせいで腰が痛いって、もしかして平井君の妄想の中で私たちってセフレだったりする? 気持ち悪いんだけど」

「言い過ぎだろ」


 水瀬みなせは同級生の中でも外見至上主義の連中の女神だが、俺が知っているこいつの話をすれば、何人かの人間は口から泡を吹いて倒れるだろう。


「そうそう、今度は殺人鬼役のオーディションに挑戦しようと思ってるから。お手伝いよろしく」

「まさかお前に刺されろとか言うんじゃないだろうな」

「うん、ほんのちょっとだけでいいから。ナイフの先端だけで」

「いいわけないだろうが」

「ケチ」


 水瀬が女優の卵だという秘密を知ってから、まだ日は浅い。すでに何回か経験していることだが、彼女の役作りは度を越えているし、俺はそれにいつも付き合わされている。


「私は役作りに命を懸けてるの、だから殺人鬼の役にも真面目に取り組みたいだけなのに」

「命を懸けてるのはむしろ俺の方だろうが」

「というわけで、この足で平井君のアパートに寄ってもいい?」

「勝手にしろ」


 アパートに着くまでの間、直近のオーディションに落ちた話を聞きながら、足を進めた。

 俺は一人暮らしをしていて、水瀬は何度も部屋を訪れている。だから部屋に着くと、彼女は慣れた足取りで冷蔵庫に直進した。

 そして一言。


「もうちょっと真面まともな生活したら?」

「ほっとけ」

「しょうがないから、夕飯は私が作ってあげましょう。それはそうと、ちょっとケチャップ借りるね。ほら、平井君もそこに倒れて」


 俺は訓練された犬みたいに、その場で仰向けになる。水瀬が血に見立てて、俺の腹部にケチャップにかけた。

 それから返り血なのか、自分の制服にも血をかけている。


「バカ、制服のままだ」


 返事はない。水瀬は俺のケチャップを手ですくって、まじまじと見つめた。もう役の中に入っていた。


『この日を夢に見てたんだ』


 普段の水瀬とは別の表情に変わっている。しかたなく、俺はしばらくその状態を維持した。


『綺麗だよ、この世に存在するなにより』


 沈黙をセリフの終わりと見て、ゆっくりと体を起こす。


「もういいか? ケチャップでべちょべちょだから早く風呂に入りたい」

「似合ってたのに。じゃあ先にどうぞ」


 意地悪な声の主は、いつもの水瀬だった。

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