恋人達の音楽

天ノ川夢人

第1話

 不意に電源のスイッチが入ったかのように目を覚ます。厚手のカーテンを閉め切った真っ暗な寝室で光のない目覚めを迎える。蒲団の温もりの中でぼんやりと睡眠中の自分の事を想う。夢の記憶はない。寝る前まで点けていた暖房の温もりが室温を温かく保っている。窓の方に顔を向けると、厚手のカーテンの裾に光が漏れている。蒲団から足を出し、ベッドから降りると、カーテンを開け、眩しい朝の光を迎える。外は濃い霧のせいで湖の全貌が見渡せない。窓を開け、室内の換気をする。冬の朝のひんやりとした冷たい空気が室内に流れ込む。張り詰めた小鳥の囀りがはっきりと耳に届く。空気は澄んでいる。胸一杯深呼吸し、台所に向かう。

 薄暗い台所に入ると、窓から蒼白い光に照らされた裏庭の雑木林が見える。窓を開けると、鳥達の賑やかな囀りが聴こえてくる。薬缶に水を入れて沸かし、暗い居間に入る。居間の厚手のカーテンを開け、窓を開ける。室内の白い壁紙が鮮やかに照らし出される。頭の中に浮かぶピアノのフレイズを居間にあるピアノで再現する。透明感を感じさせるはっきりとした音色で弾き、その音色に耳を澄ます。眼前に明け方の森や山や海の心象が色鮮やかに浮かぶ。

 台所に引き返し、ティー・パックを入れたカップに熱い湯を注ぐ。小匙二杯の砂糖とレモン一切れを入れ、スプーンで掻き混ぜる。

 温かい紅茶の入ったティー・カップを持って居間に戻る。柔らかなソファーに腰を下ろし、窓外の霧を眺める。温かいティー・カップを両掌で包み込み、寒さに悴んだ手を温める。霧の奥から野鳥の声が冴え冴えと響き渡る。温かく甘いレモン・ティーを味わう。

 メタリックな紫のジャージの上下を着て、白いテニス・シューズを履くと、朝食を食べに本館の食堂に向かう。

 この貸し別荘には既に三ヶ月程滞在している。本館の食堂は朝食も昼食も夕食も全てバイキングになっている。宿泊施設の方でも自分で食事を作れるようにと、本館の一階に食材を売るスーパー・マーケットもある。料理をするのが面倒ならば、食堂に来れば、何でも食べたい物が食べられる。バイキングは肉料理が豊富で、私は専ら肉ばかり食べている。時々思いつきで野菜を食べようと思う時には生野菜より天ぷらに手が伸びる。魚は刺身ばかり食べている。刺身は新鮮で、コリコリとした歯応えがある。

 バイキングの緑色のアルミのトレイに小皿を三つ置き、半分に切ったフレンチ・トースト三切れと、酢豚と鶏の唐揚げ三つと、ティラミス一つと、アイス・ココアと冷たいミルクを取る。

 窓際の二人用のテーブル席に着く。宿泊客は白人のユーローピアンが多く、食堂の中にはフランス語や英語やドイツ語の会話があちらこちらから聞こえる。テニス・コートでテニスをする白人の老夫婦のプレイを見ながら、フレンチ・トーストを食べる。私の席の傍らに女性が立ち、「相席させて戴いても宜しいですか?」と笑顔で話しかけてくる。背の高い細身の女性で、白いロング・スカートに薄紫色のセーターを着ている。肩まで伸びた髪は薄茶に染められ、目鼻立ちのはっきりとした顔には艶やかな化粧が施され、大きな唇にはピンクのルージュが塗られている。何とも爽やかな美人さんだ。

「どうそ、お座りになってください」

「一人で食事をするのは寂しいので、済みません」

「いえいえ、確かに食事は一人では寂しいものです」

「失礼致します」と女性は言って。向かいの席に腰かける。女性の緑色のアルミのトレイの上には小皿に缶詰の桃が三つ盛られ、ミルクセーキの入った細長いグラスがある。

「いつもそんな感じの朝食なんですか?」

「ええ。朝は果物とジュースだけです」と女性はミルクセーキのストローをグラスの中に入れながら答える。

 初対面の女性とは何を話したら良いのか判らない。おまけに美人だと酷く緊張する。

「お仕事は何をされているんですか?」と女性が私に訊く。

「画家です」

「私はトレイニング・ジムのインストラクターです」と女性は言い、ストローでミルクセーキを飲む。

「ああ、じゃあ、腹筋とかムキムキっと割れてたりするんですか?」

「ああ、はい」と女性が笑顔で答える。「ここの貸し別荘にはよく来られるんですか?」

「ええ、毎年、冬になると来ます」

「どんな絵を描かれるんですか?観てみたいわ」と女性が悪戯っぽい目つきで言う。眼の奥の自分を見つめられているようで、思わず視線を逸らす。鶏の唐揚げを食べ、再び女性の顔に視線を戻す。女性はフォークで缶詰の桃を食べている。

「私の部屋に絵を観にいらっしゃいませんか?」と私は冗談っぽく軽い気持ちで女性を誘う。

「ええ。是非!」と女性は弾けるような明るい声で言う。

 私は桃を食べる女性の顔を瞥見しながら、酢豚を食べる。

「ここの貸し別荘は初めてですか?」

「ええ、初めてです。父が会員なので、試しに来てみたんです」と女性が笑顔で答える。

 私は鶏の唐揚げを食べ、フレンチ・トーストを食べる。

「食欲旺盛ですね」と女性が鋭い目つきで言う。

「ええ、食欲は旺盛な方です」

 女性は繁々と私の顔を見つめる。私は最後に甘いティラミスを食べる。

 この貸し別荘に来ると毎年恋に落ちる。去年は白人のフランス人と恋に落ちた。東京に帰れば、また仕事に追われる。来る日も来る日も絵を描くのだ。

 私は積極的に女性に手を差し延べ、女性と手を繋いで本館を出る。金色の眩しい木漏れ日を浴びながら、林道を歩く。

「御名前は何て仰るんですか?」と林を眺める女性に訊く。

「ああ、失礼しました。まだ名前も言ってなかったですね。私、谷村由希子と申します」

「私は香川良平と申します。そこの青い屋根の家が私の別荘です」

「私の別荘とは逆方向ですね。私の別荘は本館の坂を上がった高台にあるんです」

「ここは別荘が密集していないのが良いんです」

「ええ。そうですね」

「この別荘の社長は私の絵のお客さんでね。この別荘にある絵は全て私の絵なんです」

「ええ!じゃあ、本館の絵もしっかりと観ておくべきでした!私の別荘の部屋にある絵もあなたの作品なんですか?」

「ええ。恐らく」

「確か黄色い花畑で白いドレスの少女が踊っている絵でした」 

「ああ、それはこの先にある花畑を描いたんです。白いドレスの少女は想像で描きました」

「ああ、あたし、素敵な絵だなあと思って、よく観ていたんです。あたし、実は鉛筆画を趣味で描くんです」

「へええ!今度見せてください」

「SNSで好評価だった自信作が何作かあるんです。展覧会とかにもよく行きます」

「そうですか」

「気の強い女はモテないって父がよく言うんですけど、本当の事ですね。男女平等で育った時代の女は女らしく振舞う知恵がありません」

「私は出会って直ぐにときめきましたよ」

「ええ!そうなんですか!嬉しいわ!あのう、奥様はいっしゃるんですか?」

「独身です」

「私も独身です!ああ、何か、そのう、上手く恰好つけられないんです!あたし、これでも、ちゃんと趣味とかもある女なんです!」

「そうですか」と私は言って、笑う。「私はあなたの事が可愛くて仕方ありませんよ」と私は言って、微笑む。

「ええ!そうですか!あたし、年ですけど、遊び人とかではありません。あたし、恋人とかずっといない人生を生きてきたんです」

「そうですか。じゃあ、かなり第一印象とは違いますね。大切にしますから、結婚前提でお付き合いしてください」

「はい!えええ!」と由希子は両手で顔を隠す。由希子は手の指で涙を拭う。

 私は彼女の頭をしっかりと胸に押さえつける。

 私は運命的な出会いと言うものを段々と信じなくなっていた。女の魅力なんて見た目がそこそこ良ければ、中身はどれも同じだと思うようになっていた。五十過ぎまで独身でいたのは由希子と出会うためだったのか。由希子の声の響きは良い。心の波動もとても気持ちが良い。

「どうぞ、中に」と私は別荘の玄関の扉を開け、由希子を家の中に招く。

「お邪魔しまあす」と彼女は言って、何の警戒もなく部屋の中に入る。

「居間の奥がアトリエです。アトリエで今回描いた絵を御見せします」

 彼女は笑顔で私の方に振り返り、「ああ、はい」と笑顔で返事をする。

「ずっと奥の部屋まで進んでください」と彼女の背中に言う。

 彼女はアトリエに入る。

「うわあ、素晴らしい絵ですね!」と由希子がアトリエの壁際に立てかけられた私の絵を見て、感嘆の声を上げる。

「今回はここに滞在中に二十作仕上げる予定でいます。今のところ十作完成しました」

「素晴らしいわ!最近、歴史上の画家の作品のスケールが影を帯びたように地味になってますよね。コンセプト・アートティストとか、過去に例のない素晴らしい画家達が次々と現われてます」

「ああ、そうですね。二十一世紀らしい現象ですよね。新時代の到来かなって、私もよく思うんです。時代的な継承は行われているんです。ダリやタルコフスキーなどの存在がムーヴメントの中心にあるんです。近頃は歴史的な影響関係を超えた画家も沢山現われています。自分が気づいた事を世界中の画家が同時に気づくような、とても神秘的な現象が起きています」

「あたし、歌詞を書いて、アクースティック・ギターを弾きながら、音楽も作ってるんです。スマートフォン一台あれば、音楽制作が簡単に出来る時代ですからね」

「私も音楽作りは好きです。年って、お幾つなんですか?」

「二十七です」

「ああ、結婚適齢期を過ぎてるって意味ですね」

「ええ」

「そんな事言ってたら、私なんて、五十二ですよ。あなたのお父さんぐらいの年齢でしょう?」

「父と母の方が年齢は上です」

「本当にあなたのような若い人とお付き合いしても宜しいんですか?」

「良いんですよ!あたしの方が失礼に感じてるくらいです」

「若くて失礼って事はありませんよ」

「個展とかよく開かれるんですか?」

「ええ。画風がガラリと変わる時に行います」

「ここにどのくらい滞在されるんですか?」

「四月までの半年です」

「長いですね。あたしの方が早くここを去る事になりますね。私は明日東京に帰るんです」

「そうですか。座りませんか?」と私は言って、背後のソファーを指差す。

「ああ、はい」

 我々は壁際のソファーに並んで腰を下ろす。

「ここに滞在中に由希子さんの肖像画を描かせて戴けませんか?」

「ええ!あたし、絵のモデルなんか務まりませんよ!」

「そんな事ありませんよ。あなたは本当に美しい方です。私と結婚前提でお付き合いしてくださるなら、私の胸に飛び込んできてください」

「ああ、それでは失礼します」と由希子は頬を桃色に赤らめ、恥ずかしそうに私の右肩に頭を凭せかける。私は右隣に座る由希子の髪を撫ぜ、由希子の肩に右手を回し、由希子の香りを嗅ぐ。とても良い香りがする。もう少し若い姿をお見せしたかったと言おうとして、言葉を飲む。自分の姿が恋人に見える女性に対して失礼な発言だと思ったのだ。由希子は瞼を閉じる。奥眼がちな形のはっきりとした美しい瞼である。

「外人さんみたいな瞼ですね」

 由希子は眼を開け、私の顔を見上げると、「学生の頃によく言われました」と打ち解けた笑顔で言う。

 私は由希子の額に唇を当てる。由希子の尖った顎を左手の指先で摘む。この外人さんみたいな積極的に迫ってくるような眼差しが日本人の気の弱い若い男には駄目なのだろう。私は由希子を抱き締め、由希子の唇にそっと口づけする。由希子は咄嗟に眼を閉じる。私は由希子を抱き締めたままソファーに横になる。横たわった私の上に由希子を抱きかかえ、覆い被さる由希子の背中に手を滑らせる。由希子の豊かな胸を自分の胸の上に感じる。由希子のピンクのルージュの唇に口づけし、由希子の唇を貪る。私は由希子をソファーに横たわらせ、由希子の豊満な胸を掴む。由希子の紫色のセーターを捲くって、脱がせると、由希子の白いブラウスのボタンを一つずつ外し、赤いレイスのブラジャーに唇を付ける。ジャージの上下を脱ぎ、由希子の温かい体の上に乗る。私は由希子の白い肩に口づけし、由希子の張りのある尻を掌で掴む。由希子の体は想像以上に柔らかい。由希子は私の背に手を回す。由希子は私の胸や背中に掌を滑らせ、下着の上から乳首を吸う私の頭を自分の胸に押しつける。私は由希子の赤いレイスのブラジャーを脱がすと、由希子の皺の寄った乳輪を指の爪で刺激し、固く突き出た乳首を吸う。由希子は私の下着に触れ、私は自分のそそり立つモノを由希子の右手に握らせる。私は由希子の潤んだ眼を見つめ、由希子の肉付きの少ない唇の間から由希子の唾液を啜る。由希子は生温かい肉の舌を私の口の中に入れてくる。私は由希子の舌を吸い、由希子の赤いレイスのパンティーを脱がす。由希子の股の間がしっとりと濡れている。私はその濡れた股を嘗め、クリトリスを啜る。由希子は気持ち良さそうな甘い声を漏らす。舌の先でクリトリスを刺激し、形の整った美しい性器を眺める。由希子の括れた右の脇腹を左手で掴み、由希子の膣に右手の中指を入れる。膣の中の骨を優しくなぞると、由希子は警戒するように声を潜める。私は膣の中の中指を優しく前後に動かす。由希子は自分の右手の指を唇に付け、甘い声を漏らす。私はそそり立つモノを掌で引き下げ、由希子の膣に挿入する。由希子がまた甘い声を漏らす。私はゆっくりと確実に腰を動かす。久しぶりのセックスで、すっかり女体の感触を忘れていた。一人になると、毎回、この行為をロマンティックに想像する。自分の勃起したモノの強さを誇り、ゆっくりと相手のためだけに腰を動かす。由希子はこちらが突く度に官能的な甘い声を漏らす。由希子の両足首を持ち上げ、穴の中で直結する自分のモノを上から眺める。直結したモノの茎に血が付いている。本当に処女だったようだ。由希子の両脚頸を左右に大きく広げ、穴を丸見えにさせる。

「いやあ・・・・」と由希子が眼を閉じたまま、恥ずかしそうな声を漏らして微笑む。張りのある右の太腿を左腋に抱きかかえ、右手で由希子の右の内腿を撫ぜる。弾力のある肉付きの良い内腿には由希子の若さが漲っている。内腿を揉みながら、ゆっくりと腰を動かす。由希子の声がモノの動きに反応する。由希子の色白な鍛え抜かれた完璧な体の上に乗り、「綺麗だよ」と由希子の左の耳元で囁く。モノは何時になく強健に勃起している。

「痛くありませんか?」

「気持ち良いです」と由希子が目を開け、理性的な声で答える。

 腰の動きに合わせて由希子の豊満な胸が柔らかく揺れる。由希子のくっきりと割れた腹筋が美しい。由希子の両腕を由希子の頭上に上げ、由希子の右腋の黒い腋毛に唇を這わす。由希子の腋毛を舌で嘗め、腋の下の匂いを嗅ぐ。酸っぱい匂いを期待していたら、ミルクのような甘い匂いがする。由希子の固く突き出た乳首をキツく吸い、由紀子の汗ばんだ前髪を撫で上げる。由希子の唇の間から唾液を啜り、ゆっくりと腰を動かす。由希子の眼が切なげに潤んでいる。コツを得た手淫になれ、久々のセックスではなかなかイキ辛い。イキ辛い分、じっくりと由希子に奉仕が出来る。由希子の膣からモノを抜き、由希子を四つん這いにさせ、由希子の穴に右手の中指を入れ、前後に動かす。モノはそそり立っている。背後から由希子の左胸を牛の乳搾りのように掴み、形の良い由希子の尻を撫ぜる。由希子の濡れた膣を嘗め、肛門の脇の尻を広げる。

「いやっ」と由希子が恥ずかしそうに甘い声を漏らす。膣の穴が呼吸するように開いたり閉じたりしている。

 モノを由希子の穴に挿入し、また根気良く、ゆっくりと腰を動かす。モノは堂々とそそり立ち、一向にイキそうもない。由希子の両腋を掴み、腋の下の窪みに手を入れる。由希子は咄嗟に腋を締める。由希子の腋毛の感触を指先で楽しむ。由希子の腰に両手を置き、一発一発強く突き、ピストン運動に変調を齎す。由希子がモノを強く締め付ける。由希子の背後から由希子の右肩を掴み、一発一発正確にぶち込む。由希子の腹の下に手を回し、右手でクリトリスを刺激する。由希子の声が激しく乱れる。由希子の穴の中のモノは温もっている。一発一発由希子の穴の奥にぶち込みながら、由希子の尻を見下ろして撫ぜ回し、由希子の尻の穴を眺める。肉付きの良い美しい尻をしている。由希子は尻の穴を手で洗っているのだろう。尻の穴の周辺が黒ずんでいない。腰の括れと言い、長い首筋と言い、均整の取れた完全なる肉体美を表わしている。激しく腰を振ると、由希子の喘ぎ声が激しくなる。

「痛いですか?」

「気持ち良いの」と由希子が甘い声で答える。

 跪く由紀子の半身を起こし、膝を立てた由希子の背後から胸を揉み、モノを突き上げる。由希子の腹筋の割れた腹を撫ぜる。モノにイキそうな気配を感じる。背後から由希子の首筋に唇を這わせながら、モノを突き上げる。モノがきつく締めつけられる。漸く由希子の穴の中でイクと、由希子を背後から力一杯抱き締め、荒い息を吐きながら、「はああ、イッたあ!」と由希子に告げる。由希子の穴からモノを抜き、由希子を背後から抱きかかえるように横向きに横たわる。背を向けた由希子の背中越しに乱れた息遣いが聴こえる。由希子の肩越しから右手で由希子の左の胸を掴み、由希子の滑らかな腰を撫ぜる。久々にセックスをしたよと言いそうになって、ぐっと言葉を飲み込む。私は由希子の左肩を撫ぜながら、「一緒にお風呂に入りましょう」と由希子の後頭部に言う。由希子は体をこちらに反転させ、「ああ、はい」と笑顔で言う。

 私はソファーから立ち上がり、由希子と手を繋いでバスルームに向かう。背後から由希子の腹に触れ、由希子の尻にモノを密着させながら歩く。居間にある機械仕掛けのバスタブの湯を溜めるボタンを押し、由希子の両胸を揉みながら、バスルームに入る。シャワーの湯を出し、ボディー・シャンプーを手に付け、由希子の胸と股を手で洗ってやる。由希子の手にもボディー・シャンプーを付け、由希子に自分のモノを掴ませる。

「香川さんのここって大きいんですか?」と由希子が恥ずかしそうに訊く。

「小さいですか?」

「いやあ、何か、おちんちんって大きいんだなあと思いまして」

「大きいですか。小さい方ではないですよ」

「こんなに大きくなると、ズボン越しに突き出しますよね」

「男は立つと胴体に沿うようにモノをポジショニングして、下着で圧迫するんです」

「ああ、何か男の人って、よく腰を引いて、ズボンの上から弄ってますよね」

「ええ。ポジショニングが悪いのを直してるんです」

「気持ち良いですか?」と由希子がボディー・シャンプーの付いた手でモノを扱きながら訊く。

「皮の上から棒の硬い部分を扱くんです」

「扱く?」

「こう」と私は言って、由希子の手をそそり立つモノの上で前後に移動させる。「男のモノを握った感想は?」

「何か棒が胴体から突き出てるような、鹿の角を握っているみたいな印象です」

「鹿の角ですか!」と私は言って、笑う。

「何かエッチな動画とかでよく女性が口に銜えてますよね?」

「ええ。銜えてみたいんですか?」

「ええ。まあ。物凄く憧れてます」

「歯で絶対傷つけないように注意してくださいね」

「はい」と由希子は静かに返事をし、タイルの床の上に跪く。由希子はモノの位置が高過ぎて銜えられない。

「こう、或程度は撓るんです」と私がそそり立つモノを手で下げながら説明する。

 由希子は躊躇いもなくモノを銜える。よくエロ動画で観るのだろう。見た目には様になっている。実際は赤ちゃんが力なく嘗めているような感じだ。

「もっと強く吸うようにしゃぶられると気持ち良いんです」

「ああ、はい」と由希子は素直に返事をし、濃厚にモノを嘗める。「何か、物凄くエロいですね。こういう事ばっかりしてるような女になるのかなあ」

「銜えるの好きですか?」

「はい」

 由希子が興奮するようにと、由希子の頭を何度もモノの奥に押し付ける。由希子の顔が微妙に引き攣る。由希子の眼から大粒の涙が一雫落ちる。

「あのう、由希子さん、俺、本当はSの気もMの気もないんです。こういう暴力的な行為を悲しく思うんでしたら、もっと優しくロマンティックな愛し方にします」

「ああ、はい。何か悲しくて、プライドが傷付きました」

「アダルト動画の女性とは違って当たり前です。あれは男のオナニーの世界の現実化です。何か嫌な感じがしたんでしょう?」

「はい」と由希子は言って、両手で顔を覆う。

「お湯に入って、温まりましょう」と私は言って、由希子の両肩を優しく掴んで立ち上がらせる。由希子は私に抱きつき、私の頸元に顔を埋める。私は由希子を抱き締め、「お湯に入りましょう」ともう一度言い、由希子と左手で手を繋いで、湯船に足を入れる。由希子も湯船に足を入れる。由希子は声を押し殺し、しゃくり上げるように泣いている。私は由希子の体を抱え、湯船の中に腰を下ろす。由希子を自分の胸に抱き締め、由希子の頭を自分の肩に押しつける。湯に濡れた由希子の陰毛が若布のように湯の中で揺れている。由希子の割れ目を左の人差し指と中指で開く。クリトリスを左手の人差し指で弄る。由希子が甘い声を漏らす。由希子の甘い声を聴き続けるためにクリトリスを弄り回す。由希子は眼を閉じて微笑んでいる。由希子の瞼は美しい。眉のラインがしなやかな曲線を描いている。由希子の唇を左手の人差し指でなぞり、大胆な大きな口に口づけする。由希子の舌を吸い、由希子の前髪を掻き揚げると、由希子の額の形を眺める。由希子の額は広く、傾斜が余りない。右手は由希子の左の胸を揉んでいる。由希子の左の胸の乳首を摘み、乳房の中の乳腺を弄る。由希子の乳首が固く突き出す。由希子を股の上に座らせ、両方の胸を根元で掴む。右手でモノを由希子の穴に挿入する。由希子の両方の胸を押しつけ、胸の谷間を作ると、由希子の胸の谷間に顔を埋める。由希子の腰を両手で掴み、そそり立つモノを軸に由希子の体を上下に動かす。由希子の口に右手の中指と薬指を銜えさせる。上下する体の動きに合わせて、由希子の悩ましい甘い声が

漏れる。モノを由希子の穴から外し、由紀子にバスタブの淵を掴ませ、由希子の背後からモノを挿入する。一発一発正確に腰を動かし、由希子の口から漏れる甘い声を聴く。由希子の両胸を揉みながら、ゆっくりと腰を前後に動かす。由希子の腰を両手で掴み、由希子の甘い声を聴きながら、愛情を籠めて腰を動かす。由希子の腰の余りの細さに感動する。由希子の尻が滑らかに隆起し、美しい曲線を描いている。由希子の尻の肉を広げ、肛門を眺める。

 由希子が甘い声で、「いやっ、見ないで」と恥ずかしそうに言う。

 私は由希子の耳元に顔を近づけ、「お尻の穴も綺麗だよ」と囁く。私はモノを由希子の穴から抜き、由希子の肛門を嘗める。

「いやあ」と由希子が恥ずかしそうに言う。

 私は由希子の滑らかな尻を嘗める。膣に人差し指を入れ、前後に動かし、肛門の入口を嘗める。人差し指の第一関節まで肛門に入れ、小さく指を動かす。由希子が艶かしい声を出す。

 由希子の膣の穴を指先で広げながら、由希子の肛門を嘗める。

「何か気持ち良い」と由希子が楽しそうに言う。

「私の妻になったら、ここにも入れます」と肛門に円を描くように指でなぞりながら言う。「楽しみにしていてください」

「いやあ、エッチ・・・・」

 由希子の穴からモノを抜き、由希子の体を向き合うように立ち上がらせると、由希子の左足をバスタブの淵に載せ、由希子の穴にモノを突っ込む。由希子の尻を揉み、モノを正確に由希子の穴の中に突き上げる。由希子の唇に口づけし、由希子の鍛え上げられた背を撫ぜながら、モノを穴の奥に突き上げる。

「ああ!気持ち良い!あっ!あっ!あっ!」と由希子が恥じらいを捨てて、艶かしい甘い声を上げる。

 由希子の穴の中でモノを静止させ、由希子の左の乳首を銜えると、由希子の乳首をきつく吸う。由希子の固く突き出た右の乳首を吸いながら、由希子の右の胸を揉む。どうやら由希子は私のセックスを気に入ってくれたようだ。由希子の右手を頭の横に上げ、由希子の腋毛を嘗める。

「いやあ、恥ずかしい・・・・」と由希子が呟く。由希子の両腕を頭の上で合わせて、激しく腰を上下に動かす。「ああん、気持ち良い!」

 普段、オナニーばかりで済ませている男はなかなかセックスではイカない。モノが立つのであれば、女にとっては好条件のセックスだ。由希子の固く閉じた美しい瞼を眺めながら、激しく腰を上下に動かす。由希子はバスタブの淵に上げた片足との体の重心が揺らぎ、こちらに倒れ込んでくる。頭の上に上げた由希子の両手を放すと、由希子は私の頸の後ろに両手を回す。私は由希子の穴の中で激しくモノを上下に動かす。由希子は立っているので精一杯のようだ。由希子は密かに何回イッたのだろう。由希子の穴からモノを抜き、由希子を抱えてバスタブの底に腰を下ろすと、「自分の手で入れて、自分で動いてごらん」と言う。

 由希子は力なく私のモノを自分の穴に入れ、私の腰の上でモノを軸に上下に動く。

「ああ、気持ち良い」と由希子は私の陰毛の辺りを見下ろし、私の上で体を上下に動かす。

「棒が撓る方と反対に体を反る時には気をつけてください」

「はい」と由希子は返事をし、弾むように体を動かす。由希子の豊満な胸が大きく揺れる。私は由希子の両肘を上に上げ、由希子の腋毛を眺める。由希子が辱めに顔を歪めながら、体を動かし、快楽に没頭する。由希子の腹筋は見事に割れている。由希子の両肘を放すと、由希子は胸の前で腕を組むように腋を隠す。由希子の尻を両腕で掴み、由希子の腰を自分の股間に叩きつける。湯船の中で若布のように揺れる由希子の可愛らしい陰毛を眺め、右手の指先で由希子の割れ目を開く。私は由希子の完璧な肉体美に見蕩れる。目で見て、鼻で嗅ぎ、舌で味わい、手で触れる。由希子の体温を外部から肌で感じ取る。


 風呂から出ると、由希子は軽やかなタッチの爽やかなピアノ曲を弾く。オリジナルらしい。プロの域に達した新しい感性である。シャーデーのようなジャジーな音楽を作ったら、由希子にヴォーカルを任せられるのだろうか。私は由希子のピアノにエレクトリック・ギターで参加する。私は元々九十年代初め頃にネオ・アコのバンドでデビューしようと考えていた。画業が忙しく、『天は二物を与えず』だとか、二束の草鞋で生きる事を慣例的に良しとしない風習に囚われ、画業一つを選び、音楽を捨てた。絵を描く事に集中して疲れた時には幾つかの楽器の中から自由に選んだ楽器で作曲や編曲をする。それが最高の気分転換になるのだ。

 歌詞も長年研究している。最近は歌の歌詞の単語が部分的に心に残るような効果を研究している。一フレイズ心に残るような効果と同じくらい単語の一つが心に残る効果に価値を見出している。それは必ずしもワン・ワードをシャウトするような事だけではない。韻を踏んだ幾つかの単語群の中の一つが偶然的に記憶に残るような事に近い。ワン・ワードも記憶に残らないような音楽の事を考えたなら、ワン・ワードでも記憶に残れば、好結果だと判断しても良いだろう。

「由希子さんは歌は得意ですか?」

「まあ、音痴ではありません」

「一寸、何か仮歌的に一曲だけ触りを歌ってもらえませんか?」

「ああ、良いですよ」

「大黒摩季は歌えますか?」

「まあ、大概のヒット曲なら」

「『あぁ』って、歌えますか?」

「フルには歌詞を憶えていませんが、触りなら」

「ああ、じゃあ、『あぁ』にしましょう」

 思いっきり編曲した長いイントロダクションを弾いて、出だしを顔で合図すると、由希子の透明感のある歌声が表われる。

「由希子さんって、普段、どんな音楽を聴いてるんですか?」

「ザードとか、ELTとかですかね」

「僕はマイ・リトル・ラヴァーとかが好きです」

「ああ、可愛いですよね。そっか。ああいう感じの女性がお好きなんですか。あたしは子供の頃に親が聴いてた音楽の影響が強くて、結構九十年代辺りの昔のアーティストを好むんです」

「昔、か。なるほど。いや、あのう、ジェネレイション・ギャップって、どうすれば埋まるんですかね?」

「上の世代で音楽的なジェネレイション・ギャップを感じるって事は新しい世代のアーティストのCDをずっと買ってないって事なんじゃないですか」

「ああ、全くそれだ!」

 由希子は噴出すように笑いながら、「やっぱりそうですか!」と笑顔で言う。「私も新しいアーティストの音楽はTVで聴くぐらいです」

「ああ、なるほどね。YOU TUBEは結構観る方なんですけど、新しいアーティストの事はほとんど判らないんです。スマートフォンのYAHOOのニュースなんか、昔の芸能人の死亡記事や雑誌のインタビュー記事ばかり並んでます」

「政治の記事とか読まないですよね」と由希子がまた笑いながら言う。

「政治の記事なんてほとんど出てきませんよ」と笑いながら言う。「これから一緒に湖に行きませんか?綺麗な湖で、私のお気に入りの場所なんです」

「行ってみたいです!」

「じゃあ、行きましょう!」

 玄関を出て、由希子と並んで林道を歩く。陽射しは温かい。木々の枝葉の間から木漏れ日が照り映える。空気や風は冷たい。湖は本館とは逆の方向にある。私は由希子が可愛くて仕方ない。私は由希子と手を繋ぐ。由希子は握られた手を見下ろし、私の顔を見上げる。私は由希子に微笑みかける。由希子も私に微笑み返す。私達は何も話さず、二人だけで静かな冬の林道を歩く。由希子が少し強く私の手を握る。私も黙って由希子の手を強く握り返す。

 まもなく湖が見えてくる。

「うわあ、綺麗な湖ですねえ!この湖の絵はもう描かれたんですか?」

「五枚描きました」

「五枚も描かれたんですか!この景色、普通じゃないですよね」

「あんまり人に教えたくない特別な場所なんです」

「じゃあ、私も人には教えません」

「私は何かあなたに不快な思いをさせていませんか?」と由希子に確認する。不意に自分に自信がなくなったのだ。

「いいえ、一緒にいて楽しいです」

「そうですか。なら、良かった」

「繊細な方なんでしょうね。あたし、どっちかって言うとマッチョなタイプだから、大丈夫だろうか。あたし、実はボクシング・ジムにも通ってるんです」

「へええ!そういう人が絵を描いたり、音楽を作るんですか!」

「やっぱり、珍しいですよね。あたし、根っからの格闘技好きなんです。自分の身は自分で護らねばってタイプです。あたし、自立した強い女でありたいんです」

「それなら今度、絵を見せてください。音楽も聴かせてください」

「その辺は自信があるんです」

「言いますね!」

「はい」と由希子が笑顔で返事をする。

 我々は湖の上に飛び出した休憩所のベンチに座る。

「素敵な場所ですね」と由希子が晴れやかな声で言う。

「美しいでしょう?」

「ええ。そうですね」と由希子は対岸の黄色い花が咲き乱れている辺りを見ている。「あたし、明後日にはここを去らなければいけないんです」

「ああ、それじゃあ、電話番号とメルアドを交換しましょう」

「ああ、はい」

 我々は電話番号とメルアドを交換する。

「ここでは毎年出会いがあるんですか?」と由希子が訊く。

「外国の女性との出会いと別れがありました」

「東京には恋人はいなんですか?」

「東京では只管絵を描くばかりですよ」

 由希子が口許を手で隠す。口許を隠しても目は笑っている。

「独身者って、独身が当たり前みたいに生活してますよね」と由希子が笑顔で言う。

「うん。確かにそうなんです。でも、恋人を作るって難しいですよ」

「ええ」と由希子は返事をし、笑った眼で口許を隠す。

「我々は似た者同士かな」

「そうですね」と由希子は真顔で言う。由希子は思い出し笑いをするように吹き出す。「あたしも恋人って、どうしたら出来るのか判らなかったんです」

「いざ出来たら、結婚前提のお付き合いですしね」と私が笑いながら言う。

「遊ぶ必要はありません」

「少しは遊びたいんでしょ?」

 由希子が生真面目な顔で、「いいえ。可能な限り綺麗に生きたいです」と強く否定する。私がその真剣な眼を見つめていると、由希子は視線を湖の方に逸らす。「遊びたいとは願っていませんでした。でも、一生独身は嫌だったんです」

 正直な人だ。

「昼食を食べにいきましょうか!」

「ええ」と由希子がベンチから立ち上がって言う。

「昼もまた果物と飲み物だけですか?」

「お肉料理を少し食べたいです」

「他には?」

「葡萄の生ジュースを一杯戴きます」

「食べたい物飲みたい物がきちっと決まってるんですね」

「心に食欲が増していく隙を与えないようにしてるんです」

 私は思わず吹き出す。

「ええ、何ですか!」と由希子が恥ずかしそうに慌てて言う。

「いやあ、欲望に対して論理的で、その上ダイエットが物凄く命がけで、男性的に感じられたんです」

「あたし、前世は男だったんじゃないかってよく思うんです」

「私は前世が女だったら、自分が成り立ちません。私は完全なる男として存在しています」

「ああ、何か素敵ですね!」と由希子が私の顔に見蕩れるように言う。「あたし、本当に性と心が綺麗に合わさっていなくて」

「私は何でもはっきりとしていたいです」

 由希子の心が酷く動揺しているようなので、私は由希子の唇に口づけする。由希子は眼を輝かせて微笑み、目元を右手の指で拭う。

「ここはスキー客がほとんどです。由希子さんはスキーをしにいらしたんですか?」

「私は単なる気分転換の休養です。父が食べ物が美味しいと言っていたので来ました」

「ここには温泉もあります」

「そうらしいですね。パンフレットに紹介されてました」

「昼食を食べたら、絵のモデルになって戴けませんか?」

「ええ。良いですよ。ヌードですか?」

「ああ、どうしようかな。いいえ。腹を着たままで結構です」

「そうですか」

 本館に入り、二階の食堂に行く。食堂はフランス語や英語やドイツ語で話す外国人達の声で賑わっている。私はトレイを手に持ち、ドリアやビーフ・シチューやポテト・サラダを皿に装い、胡桃の入ったパンや杏のケーキやホット・ココアをトレイに載せる。先を行く由希子さんはカルビの焼肉やソーセージを皿に取り、ピーナッツやカシューナッツやトマトや玉葱やレタスやヴァレンシア・オレンジを混ぜたレモン汁と蜂蜜のドレッシングをかけたサラダと葡萄の生ジュースをトレイに載せる。

 我々は朝食の時と同じ席に向かい合って座る。

「香川さんは小説を書いた事ありますか?」

「書けるとは思いますが、書いた事はないです」

「あたし、職場から帰宅すると毎日PCの前に座って、二時間ぐらい小説を書くんです」

「へええ、完成作はあるんですか?」

「ショート・ショートなら幾つかあります」

「今度読ませてください」

「はい。一寸御感想をお聴きしたいなと思いまして」

「作家志望なんですか?」

「何でも遣り始めると仕事にしたくなります」

「音楽作りは毎日なされるんですか?」

「音楽は時々です。気分が乗らないんです。ピアノも学生の頃に習い事で練習していた時期は毎日弾きましたけど、今は年に三日ぐらいしか弾きません。よく弾くのはアクースティック・ギターです。ピアノの鍵盤を支配したように、アクースティック・ギターのフレットも支配したいんです。でも、普通に弾くギターじゃ話しになりませんね」

「ギターは意外と深いですよ。絵は毎日描くんですか?」

「絵は毎日少しずつ描いて、描き継いでます」

「トレイニング・ジムのインストラクターのお仕事が本業なんでしょうね」

「ええ、それはプロですからね。このサラダ美味しいですね」

「ああ、じゃあ、私も同じサラダ取りに行ってきます」と私は言って、席を立つ。

「ナッツを一杯装うと良いですよ」

「はい。判りました」

 由希子は主婦としてはどうなのだろう。このサラダのボウル、随分沢山カシュー・ナッツが入ってるな。カシュー・ナッツばかり選り好みして装ってもバランスが崩れなさそうだ。

 サラダを持って席に戻る。

「香川さんは運動とか筋トレはされますか?」と由希子がボイルしたソーセージに辛子を付けて食べながら訊く。

「筋トレは風呂上りに腹筋と背筋と腕立てを三十回ずつします。スポーツは余り好きじゃありません。賭け事やゲームも好きじゃありません」

「本当に芸術家なんですね」

「スポーツを一緒にやれるような男性が良いんですか?」

「一緒に遊べる共通点があれば、それで十分です。香川さんとは音楽でしょうね」

「あなたにも恋人だけでなく、友達が必要ですね」

「女友達ばかりですけど、友達は結構いるんです」

「女友達とどんな遊びを楽しむんですか?」

「テニスや登山をする仲間もいますが、他の人とはお喋りをする場さえ確保出来れば、そこそこ楽しめます。眺めの良いレストランですとか、カラオケ・ボックスだとか、お洒落な居酒屋も良いですね」

「ああ、女の人達の楽しそうな顔が浮かびます。私は絵のお客と自分の絵について語るのが息抜きです」

「いっつも主人公なんですか!」

「ええ。そうです。それが好きなんです」


 昼食を終え、自分の貸し別荘のアトリエで由希子をモデルに肖像画を描く。先ずは手早くラフ・スケッチを二、三枚描く。由希子の顔や姿を眺めて絵を描いていると、由希子が堪らなく愛おしく思えてくる。窓辺の強い光の中の由希子の顔に見入っていると、 頭の中に穏やかなピアノのフレイズが浮かんでくる。イーゼルから離れ、ピアノの鍵盤で頭の中に浮かんだフレイズを弾いてみる。

 由希子の肖像画は二時間の二セットで完成する。

「うわあ、これ、あたしですかあ?」

「ええ」

「似てるけど、香川さんの感性が強く入り込んでますね」

「気に入りませんか?」

「いえいえ、凄く良いです」

 由希子は相当この絵が気に入ったようだ。

「宜しければ、この絵を差し上げます」

「ええ!良いんですか!あたし、ちゃんと居間に飾りますよ!」

「喜んで戴けて嬉しいです」

「あのう、ここ、温泉があるんですよね?」

「ええ」

「温泉に入りませんか?」

「ええ。良いですよ」

 また頭の中にピアノのフレイズが浮かぶ。鍵盤を弾きながら、先程のフレイズとどう繋がるのかを探る。譜面を手早く書くと、頭の中にフレイズを再生しながら、スマートフォンのペイジズに歌詞の断片をメモする。使えない歌詞だと判り、書いて直ぐに削除する。ピアノの椅子に腕を組んで座り、目を閉じて頭の中の音楽に集中する。音楽が上手く纏まらず、思わず唸る。由紀子が笑いながら、「考え込んでますね」とふざけた口調で言い、「さあ!気分転換に温泉に行きましょう!」と急き立てる。

「ああ、はい。そうします。これじゃあ、切りがない」

 私は由希子と手を繋いで家を出る。

「ここ、テニス・コートもあるんですね」

「テニスは得意なんですか?」

「全然経験ないんですけど、興味はあります」

「へええ、何でも物事に積極的ですね」

「テニスはやりたくありませんか?」

「あんまり興味ないですね。時間が勿体ないです。その分、絵を描くか、音楽に時間を費やしたいです」

「ああ、なるほど。時間が勿体ないか」

 スポーツや肉体労働の人生にはどうも価値を見出せない。人生は自分が最高の価値を認める物事に費やすべきだろう。由希子の生活はバランスが良い。人生は貪欲に色んな事に挑戦した方が良いのか。物事を中途半端にやりかけて、解脱に失敗したとしても、自分に欠けた面を補うべく新しい事に挑戦する事には意義がある。人間的な欠陥を残したまま神や仏になる筈もない。

 私は漆黒の木造平屋の建物を指差し、「そこの小屋みたいなのが温泉の建物ですよ」と由希子に言う。

「へええ、ムードがありますね」

「私が描いたここの温泉の絵が中に飾られてますよ」

「ああ、じゃあ、ここの貸し別荘地帯全体が香川さんの絵の展示場なんですね」

「そうです」

 我々は温泉の建物の中に入る。木造の建物の細い通路を通り、ジュースや煙草の販売機や木製のベンチやテーブルが置かれた小さな空間に出ると、男風呂と女風呂に振り分けられる。由希子は女風呂の暖簾を指差し、「それじゃあ、私はこっちに」と言う。

「ああ、はい」

 由希子は女風呂の引き戸を開けて、中に入る。私は男風呂の暖簾を潜って、引き戸を開ける。

 暖房の効いた脱衣所のロッカーに脱いだ服を入れ、ガラスの引き戸を開けて大浴場に入る。体に湯をかけ、大事なところだけちゃっちゃっと洗うと、早速湯船に浸かる。

「由希子さん!こっちは私一人ですよ!」と壁越しに女風呂の由希子に声をかける。

「ああ、こっちも私一人です!」と由希子の高く澄んだ声が言葉を返す。「脱衣所に香川さんの絵がありました!湯気の中の裸の背中美人の絵でした!」

「ああ、あの絵ですか!」

「美的な裸婦像で、私は結構好きです!」

「ああ、そうですか!」

 愛する女性と自分の住む世界が分かたれたなら、こんな男風呂と女風呂とで壁越しに話しをするような世界が想像される。由希子とはどんな縁があるのだろう。由希子は何人の生まれ変わりだろう。何だか酷く目が疲れ、湯船の中で目を閉じる。

「香川さん、まだいらっしゃいますか?」

 一瞬眠り込んでいた。

「ええ!いますよ!眠り込んでました!」

「あたし、お風呂の中で寝た事ありません!」

「湯船に浸かって眠ると気持ちが良いですよ!」

「じゃあ、一寸やってみます!」

 由希子の声が聴こえなくなる。湯船に湯が流れ込む音だけが聴こえる。私も再び目を閉じる。


 懐かしい女性の事が薄っすらと思い出される。その女性の名前も顔も思い出せない。その人の事を思い出せずにいる事が後々大変な人生の損失になる。寝室のベッドに横たわっているのに温かい湯に浸かっているようだ。その温もりと大切な女性の体温が繋がっている。セックスとは全身で相手と自分の体温を交流させる行為だ。懐かしい女性の事は自分の心の奥に記憶されている。自分の体温だと思って、体温を独占するから英知の記憶回路が閉ざされるのだ。海のように奥深い女神の英知は恋人達の愛の交流により浜辺の潮の満ち引きのように表われては宇宙創造の記憶までをも蘇らせる。そこにはオームの音楽が絶え間なく鳴り響いている。恋人達のセックスは女神と共に奏でる音楽を意味する。砂浜に横たわりながら、浜辺の砂の温もりは本来海水の温度と別々に存在しているのではない事に気づく。女性と男性が心の宇宙を融合させれば、恋人達は奥深い英知に目覚める。セックスは体液や神経に到る全てのものを潮の満ち引きのように通い合わせる。

「香川さん!もう上がりましょう!」

「ああ、はい!」

 ここには人間に必要な物の全てがある。女風呂と男風呂の湯は異なる源泉から流れ出ているのではない。女風呂にいる由希子の心に湧き上がる音楽と私の中から呼応する音楽を融合させたい。我々は魂の交流を果たさねばならない。

 我々は元々一つだった。一つの源泉から二つの肉体が生まれ出たのだ。

 湯船から出て、脱衣所に入る。濡れた体をタオルで拭き、服を着る。脱衣所から外に出ると、丁度由希子も脱衣所から出てくる。由希子の白い肌が薄っすらと桃色に火照っている。

「一寸、暫く絵を描きたいんですが、由希子さんはどうなされますか?」

「ああ、じゃあ、あたしは自分の別荘に一度戻ります」

「戻って何をされるんですか?」

「PCに小説の続きを書きます」

「そうですか。後でお互いの頭の中のフレイズを持ち寄り、音楽を合奏しましょう」

「ああ、良いですね。絵の構想が浮かぶんですか?」

「ええ。物凄く沢山。浮かんでくる絵の構想を映画のように終わりまで見届けたいんです」

「あたしも今、小説の構想が浮かんでます。香川さんの眼に浮かんでいるのは雪景色ですか?」

「いいえ、海の神話です。由希子さんは雪景色が浮かぶんですか?」

「ええ。とても美しく悲しい神話です」

「はあ。なるほど。私の心象風景とは違いますね」

 由希子は私の女神となる相手とは違うのか。

 私は自分の別荘に帰り、アトリエに入る。

 真新しいキャンヴァスの前に立ち、深海の絵の下書きを描いて、宇宙空間の絵とオーヴァーラップさせる。そこにオームを絵で表現し、中心に第三の目を描く。そこで別のキャンヴァスに取り替え、二枚目の絵の下書きを描く。


 スケッチブックに一〇枚の下書きを描き終える。窓の外には夕焼け空が輝いている。時計を見るともう夕の五時を過ぎている。アトリエのソファーに腰を下ろし、瞼を閉じて、目を休める。由希子もずっと小説を書いているのか。そろそろ夕飯時だ。由希子に電話をかけて、本館の食堂に行こう。

『はい、もしもし、谷村です』

「由希子さん、そろそろ夕飯時ですけど、どうなされますか?」

『ああ、どうしようかな』

「ずっと小説を書き続けてらっしゃるんですか?」

『ええ。そうなんです。でも、一人で夕御飯食べるのも嫌なので、食堂でお待ちしてます』

「判りました。それでは食堂でお会いしましょう」

『香川さんは絵を描き終えたんですか?』

「十二枚下絵を描きました」

『凄い!』

「いえいえ」

『一挙に描かれるんですね。物凄いパワーですよ』

「私はこれでも一様画家なんで、絵を描く事は私の専門です」

『まあ、それはそうですね』

「それでは食堂で!」

『はい。判りました』

 私は電話を切り、別荘を出る。雪がぽつりぽつりと降ってきた。遠くの山の方を見ると、山の頂が白くなっている。大地に雪が落ちると、雪の白がすうっと消えていく。もっと沢山降らねば、当分雪は積もらない。段々と雪の白が消えるまでに次の雪が大地に落ちてくるようになる。この勢いならば雪も積もるだろう。

 由希子と心の音楽を融合させたい。

 本館に入り、二階の食堂へと階段を上がる。

「香川さん」と背後から女性の声が呼び止める。由希子が後ろから笑顔で階段を上ってくる。私は階段途中で立ち止まり、由希子が追いつくと左手を差し出す。由希子は私と手を繋ぐ。

「由希子さんの集中力もかなりのものですね」

「忘れない裡に一挙に書けるところまで書いてたんです」

「僕もそうです。何食べるんですか?」

「あたし、グラタンと鶏の唐揚げを食べたいんですけど、グラタンと鶏の唐揚げって合いませんよね?」

「バイキングですからね。美味しい物を取り合わせて食べるのが普通ですよ」

「そうですね」

 私はトレイに皿を二枚載せると、エビフライを二本取り、たるたるソースをかける。それにペペロンチーノとグラタンとフランクフルト二本と洋梨のケーキとキリマンジャロ・コーヒーと冷水を取る。

 いつもの席に座り、食事に合掌すると、心の中で戴きますと言う。由希子さんも向かいの席に座る。由希子さんはグラタンと鶏の唐揚げとカレー・ピラフとメロンとアイス・ティーである。由希子さんは随分と小食だ。

「バイキングの食事って良いですね」と由希子は言うと、鶏の唐揚げを齧る。「この唐揚げ美味しい!」

「鶏の唐揚げの特性ダレがあったでしょ?」

「ええ!そうなんですか!タレかけてきます!」と由希子は言って、再びトレイを持って席を立つ。

 由希子は席に戻ってくると、はしゃいだように明るい声で、「タレかけてきました!」と言う。由希子は早速タレをかけた鶏の唐揚げを食べる。「ああ、甘辛の味ですね。美味しい!ニンニクもよく効いてます」

 私はエビフライを齧る。

「外人さん達は女性も沢山装って食べてますね」と由希子が言う。

「食べる楽しみは存分に味わうべきですよ」

「油断したら太ります。後々みっともない体に悩むのは自分です」

「まあ、そうですね。トレイニング・ジムのトレーナーらしい」

「その通り!私はダイエットの専門家です」

 由希子は私のお腹の脂肪をどう思っているのだろう。

「香川さんはお料理はなされますか?」と由希子がグラタンを食べながら訊く。

「しますよ。独身ですからね」

「お得意なのは洋食ですか?」と由希子が口許を隠して訊く。

「炒飯、カレー・ライス、クリーム・シチュー、味噌汁、焼肉、お好み焼き、蕎麦、うどん、パスタ、ぐらいかな」

「あたし、料理は母に任せてます。自分で出来る料理は香川さんと似た感じです」と由希子が心配そうな顔で言う。

「それプラス、カツ丼、とんかつ、生姜焼き、茄子の煮浸し、肉じゃが、天ぷら、鶏の唐揚げ、グラタン辺りが出来れば、まあ、満足ですよ」

「ああ、じゃあ、その辺は練習しておきます」と由希子が口許をキリッと締めて言う。

 私もグラタンを食べる。

 何で結婚すると女性が食事の料理を担当するのだろう。

「そのカレー・ピラフ、美味しいですか?」

「まあまあです」と由希子は言って、にっこりと笑顔を見せる。

「冷凍食品ですかね?」

「どうですかね」と由希子は言って、首を傾げる。「今、惣菜屋さんやスーパーに独身者用に色んな料理が売ってますよね?」

「ええ。私もよくその辺りを利用します。でも、買ってきた惣菜ではお腹一杯にならないんです。やっぱり、愛情の籠もった手料理の方が良いのかなあ」

「愛情って、味に出るんですか?」と由希子が冷たい視線を向けて訊く。

「食べ物にエネルギーが加わるんじゃないですかね」

 由希子は明らかに主婦の役割りに疑問を抱いている。私も大体女性はそんなものだろうと思っている。由希子が料理をしない妻となる気配を感じたら、一瞬にして由希子の魅力が色褪せる。男は自分の愛に疑問を抱くべきなのか。主婦業に疑問を抱きながらも、結婚したら、主婦業を受け入れる女性も多い。女性も一生独身を貫くなら、主婦業など担わずに自由に生きられる。これからの女性は更に突き詰めて結婚を考えるだろう。女性は今や自由の身だ。女性は出産や子育てや苗字が変わる事や墓守に関しても自分の考えを煮詰めねばならない。男が家族を養う義務感を古風だと指摘する女性はいない。一部の男は専業主婦の人生を望むようになっている。それを叶えられる結婚も実現している。古風な考え方は人格的な基礎や土台を築く何らかの基準に通じているのか。新しい考え方とは本当に新しいのか。古き時代の生き方に疑問を抱く人々は昔からある問題を改善していくのか。果たしてそれは正しいのか。

「愛のためには頑張れるって気持ちはありますか?」

「ああ、それはあります」と由希子が疲れたような笑みを浮かべて言う。由希子はグラタンを平らげ、カレー・ピラフを食べる。

 私はペペロンチーノを食べ、フランクフルトを食べる。

「この飽食の時代に食べ物に飢えた人達が存在しますよね?」

「ええ」と由希子が眼を輝かせて返事をする。

「そういう人達を救うような行動に人生を費やしたいですか?」

「ううん、お金を寄付するぐらいかな」

「それで十分だと思います。気持ちよりお金を寄付する事の方が現実的な問題解決には役立ちます」

「私はお金を貧しい人達一人一人に配りに行くような事はしないと思います。世界中から十分な寄付金が届いているのに、神様に見捨てられたように救われない人達が存在するのを知っても、今の仕事を投げ出してまで貧しい人達に直接お金を手渡しに行くような正義感は絶対起きないと思います」

「私も同じですよ」

「でも、それじゃあいけないなと思うんです」

 私は二本目のフランクフルトを食べる。

「確かに良心は愛に欠けた態度を咎めます」

「信仰に生きたい気持ちもありますけど、何の取り柄もない人間の奉仕って、現実的にはどれだけ役立つんだろうかと疑問に思うんです。私はトレイニング・ジムのトレーナーとして自分の役割りを果たしています」

「はい。そうだと思います。僕も絵を描く事で自分の役割りを果たしてます」

「音楽を作ったり、小説を書く行為も世界の発展のためにはとても重要な事だと思います」

「実際、そうですよ。文学や芸術創作をする者なく、皆が農業のための雨乞いをするような世界ではこれ程楽しい世界は存在しません」

「ああ、でも、農業に関しては皆がやるべきだと思ってるんです」

「なるほど。私は農業に自分の大切な時間を費やしたいとは思いません」

「私だって農業をやる時間があるなら、他の事にその時間を費やしたいですよ。そういう次元じゃない責任の話をしてるんです」

「農業って、人間が行う普通の仕事の一つですよ。自給自足の話をしたいんですか?」

「ええ、まあ、そうです」と由希子が口許を右手で隠して鶏の唐揚げを食べながら、返事をする。

「この世界は人間一人一人の積極的な分業で成り立っているんです。だから、誰もが自分の仕事に誇りを持つべきなんです。完全なる自給自足の生活を理想とするなら、全ての社会的な役割りを全部一人て背負わなければなりません。農業を専門に行う人間は農業を行わない人間達から収穫物とその売り上げを独占しているんです。その収入の一部を税金として国に納め、農業で得た収入で自分達が欲しい物を手に入れて生活しているんです」

「確かに」と由希子が顔を強張らせて言う。

 素直な女性だ。我々の愛の問題においてはこちらの気配りの方が足りないくらいだ。

「自給自足なんて単なる自己満足ですよ。自分一人の能力が成立するだけです。社会の一員として自分の役割りを果たす方がもっと豊かな世界を構築出来るんです」

「確かに自給自足は小さな自己満足ですね。自分の至らなさを感じ過ぎたんですかね」

「自分一人の力でこの世界がある訳じゃないと謙虚な気持ちになれば良いんじゃないですか」

「ええ」

「しかし、私は世界の存続のために絵を描いてるんです」

「ええ!何かそれって違くありませんか!」と由希子は叫んで笑う。

「まあ、冗談ではないんですけどね」

「ええ!」と由希子はまた叫んで笑う。

 可愛い人だ。私自身は特別面白い人間ではない。由希子はその私をとても魅力ある人物であるかのように思わせてくれる。恋愛にはこの錯覚が必ずある。二人して人の悪口を言っては自分達の魅力を堪能するカップル達もいる。何でもない二人が二人の世界にあっては特別なカップルのように感じられ、お互いの悪趣味で意地の悪い心の醜さまでも美化し合って、恰も伝説のカップルであるかのように振舞うのだ。

 由希子は明日東京に帰る。私は四月までここで絵を描く。四月までまだ二ヶ月はある。

「私の別荘で音楽をやりませんか?録音機材は持ってきてるんです」

「ああ、良いですね。あたしがアコギで良いですか?」

「良いですよ。じゃあ、私はピアノで」

「はい!」

「歌詞はどっちので歌いますか?」

「香川さんの歌詞を見せてください。香川さんの歌詞が私の好みなら、香川さんの歌詞でメロディー考えます」

「はい。判りました」

 私は音楽家が一番恵まれた理想的な職業だと思っている。そう言う人間が何故画家と言う職業を選んだのか。画家には楽になれる自信があったのだ。音楽作りの方が画業より億劫なのだ。

 夕食を終え、私の別荘へと由希子と手を繋いで歩く。由希子は何か考え事をして黙り込んでいる。小説が気になっているのか。

「あたし、小説家になりたいな」

「ああ、なら、頑張って目指すと良いですよ。今の仕事を辞めて、当分食べていけるんですか?」

「ジムのトレーナーを辞めるって事ですか?」

「ええ」

「いやあ、今の仕事を辞めるのはデビュー後で良いです」

「器用な人だな」

「香川さんは画家として食べていけるまでは他の仕事をしていたんですか?」

「引越屋を三日に一日ぐらいやってました。早くこの辛い下積み時代に勝負を懸けないといけないと焦っていました」

「コンクールに作品を出してたんですか?」

「そうです」

「入選したんですね」

「ええ」

「作家になるのにどれくらい時間がかかるのかしら・・・・」

「夢を実現するにはなるべく余計な事をしない事が重要なんじゃないですか。小説家は小説家として世界を見ている訳だし、画家は画家として世界を見ている訳です。つまり、色んな職業経験が作品作りに活きるっていうのは、経験はないよりある方が良いみたいな感じなんじゃないですかね。実際に小説に労働を描く場合には経験より取材を選ぶような人が多いだろうし」

「ああ、はい。何か判ります」

 由希子は再び考え込む。足取りも遅くなり、私の後から着いてくる。

「音楽、頭の中にありますか?」

「先、食事中に浮かんでいたフレイズをギターでアレンジしようかなと思ってます」

 我々は私の別荘に入る。アトリエに入り、由希子にアクースティック・ギターを手渡す。ピアノの椅子に座り、ソファーに座った由希子を振り返ると、由希子はギターをチューニングしている。由希子は楽器を手にした途端に頭が音楽に切り替わるのか。

 私はドラムを入れない音楽に関心を持っている。私は頭の中に思い浮かんだ幾つかのフレイズをピアノで再現する。三つのアルペジオを両手で同時に弾き、海流の泡立つ音を表現する。

「このアルペジオをギターでデコレイトしてもらえませんか?」

「ああ、はい」

 私は三つのアルペジオのフレイズを繰り返しピアノで弾く。由希子はアコースティック・ギターでコードを掻き鳴らしながら、私のフレイズにギターのサウンドを絡める。由希子の感性は素晴らしい。由希子の小説や鉛筆画も観てみたい。私はリモコンで我々の演奏を録音する。続いて私が由希子のギターのフレイズとヴォーカルにピアノで絡む。由希子はピアノの音をもっと厳選して欲しいと言う。私はその通りに音を厳選する。由希子は丸々一曲分のギターを完成させ、ヴォーカルの声合わせをする。私はその由希子の曲を録音する。

「香川さんは作業が早いですね。物凄く効率が良いです」

「私は録音環境を整えてから画業に入るんです。絵を描いていると音楽が頭に浮かび、音楽をやっていると絵画のアイデアが浮かぶんです」

「あたしは一日中引っ切り無しに頭の中に即興歌が流れてます。あたしも良い録音環境が欲しいです」

「ああ、なら、今度、私が録音環境を整えてあげますよ」

「ええ!嬉しい!」

「今夜は家に泊まりますか?明日、東京に帰るんですよね?」

「あのう、申し訳ないんですが、今夜は自分の別荘で小説を書きたいんです」

「ああ、遠慮しないでください。東京に帰れば、また会えますから」

「それじゃあ、今晩はこれで失礼させて戴きます。お休みなさい」

「お休みなさい。明日の朝食はどうなされますか?」

「レストランに着いて、香川さんがいらっしゃらなければ、私からお電話させて戴きます」

「はい。判りました。それでは!」と玄関先で由希子に口づけをする。由希子が眩暈を起こしてよろける。「大丈夫ですか?」

「ああ、はい。大丈夫です。それではお休みなさい」

 由希子は暗い林道を独りで歩いていく。由希子は二ヶ月以上私に会えない事を何とも思っていないのか。余程気になる小説を書いているのだろう。

 私はアクースティック・ギターで歌を作曲し、眠くなったところでベッドに入る。もう十一時を過ぎている。


 夜中に目を覚ますと、アトリエの方からピアノの音が聴こえてくる。私は金縛りで動けない。ピアノの音が不安を呼び起こすフレーズを反復している。不器用に掻き鳴らすような調弦の狂ったギターの音がピアノのフレーズに絡む。ピアノの反復が表現しているものを知りたくない。ピアノのフレーズの反復が執拗に繰り返される。もうピアノのフレーズが表現しようとしている蒼白いものが意識に上っている。私は既に天井を見つめる自分の顔の右側に誰かの顔がある事に気づいている。私は恐ろしさに震えながら、固く眼を瞑る。

 不意に胸から飛び出してしまいそうな勢いで現われた魂がふと胸の中に納まる。私は目を醒ます。視界は真っ暗だ。額にびっしょりと汗を搔いている。締め切った厚手のカーテンの裾から朝日が射し込んでいる。私はベッドから下りて、カーテンを開ける。外は一面真っ白な雪景色に変わっている。窓を開け、換気をする。

 今日は由希子が東京に帰る日だ。由希子は何時まで小説を書いていたのだろう。居間の換気をし、今朝もソファーに座って、ティー・パックのレモン・ティーを飲む。昨夜の由希子とのセッションを思い出す。由希子の音楽的な感性は興味深い。東京に帰ったら、是非とも由希子の小説や絵画を観てみたい。電話がかかってくる。

「はい、もしもし、香川です」

「ああ、香川さん、おはようございます。谷村です」

「ああ、由希子さん、おはようございます」

「そろそろ食堂に向かおうかと思っているんですが、香川さんのお準備は如何でしょう?」

「今、レモン・ティーを飲んでました。起きがけにレモン・ティーを飲むのが毎朝の楽しみでしてね」

「あたしは起きたら先ず冷水を飲みます。その後に冷たい牛乳を飲みます」

「ここの水道水は美味しいですよ」

「先、私も水道水を飲んでみました。確かにカルキの渋みがなくて、とても美味しかったです」

「そうでしょう!直ぐに着替えをして食堂に向かいます」

「それでは食堂でお待ちしております」

 黒い牛革のレザー・パンツを穿き、赤い襟付きシャツを着ると、茶色の牛革のボア・ジャケットを羽織る。玄関先には足跡のない綺麗な雪が降り積もっている。降り積もった白い雪を踏み締め、本館の食堂に向かう。

 本館の食堂への階段を上り、食堂の入口から食堂を見回す。由希子は桃色の毛のオーバーを着て、いつもの窓際のテーブル席に座っている。由希子のいるテーブル席に近寄り、「おはようございます」と声をかけると、由希子が笑顔で私を見上げ、「おはようございます」と明るい声で言う。由希子はまだ食事を取りに行っていない。由希子は席から立ち上がり、「今日でお別れですね。昨晩はどうしても小説を書きたくて一緒にいられませんでした。済みません」と謝る。私は由希子にトレイを手渡し、バイキングの人の列の最後尾に並ぶ。

「文学や芸術を恋より大切にする事は人間として好ましい事です」

「あたしもそう思います。でも、香川さんを失いたくはないです」

「そう言ってもらえると安心します。私はもう二ヶ月ここに滞在して絵を描くんです。ここで浮気などしたら、私だって婚期を逃します」

「婚期って、男性にもあるんですかね?」

「まあ、男は九〇になっても、種さえあれば、子供は作れますけどね」

「お金持ちのお爺さんと結婚したい若い女性もいますよね」

「男も子供のいる離婚経験者なら、若いばかりが女性の取り柄ではないと思うんです。でも、子供のいない男は子孫を残す事を考えるでしょ?」

「女性もその男性の思いに応えたいんです。でも、そうなると結婚する女は若くあるべきでしょう?」

「女性も簡単に結婚年齢期を考えてるんですね」

「そりゃ、そうですよ」

「アトリエに籠もりっ切りじゃ恋人は出来ませんよね」

「ええ。私も恋人探しは苦手です」

「ここは食堂が格好の出会いの場なんです」

「あたしもここで香川さんに声をかけましたね」

「私は毎年、ここで恋を経験します」

「結婚には至らないんですか?」

「女性達の単なるアヴァンチュールなんですよ。真剣な恋ではないんです。大概外国の女性と良い関係になるんです。絶対に若い日本人女性の恋の相手には選ばれません。私も年ですから、由希子さんとの恋が最後のチャンスなんです」

「判りませんよおお!」と由希子が両手の指を顔の横で蠢かしながら、おどけた口調で言う。

「いやあ、期待するだけ無駄です」

 由希子に対し、私も年ですからは良くないと自分の発言を反省する。私は鶏の照り焼とカルビーの焼肉とカレー・ピラフとチーズ・ケーキとアイス・コーヒーとよく冷えた牛乳をトレイに載せる。由希子はマンゴーとヴァレンシア・オレンジ・ジュースをトレイに載せる。

 テーブル席に着くと、「何時にここを出るんですか?」と由希子に訊く。

「食事を終えたら、直ぐに出ます」

「ああ、じゃあ、駅まで車で送ります」

「いえいえ、そんな!別荘の送迎バスに乗りますから大丈夫です」

「私が少しでも長く由希子さんと一緒にいたいんですよ」

「ああ、それなら宜しくお願いします」と由希子は言い、固く目を閉じる。「あたし、自分の事しか考えてない。香川さんの正直な御言葉の一つ一つに心が癒されます」

「ああ、それは良かった。私も恰好付けてはいませんよ。真っ直ぐなラヴ・コールを投げた方が良い相手だと思って喋ってるんです」

「ここに来る前にジムのオーナーの奥さんが言ってたんですが、自分が抱く理想の男性像は実際に自分が付き合う男性が体現する理想的な男性像とは違うものだって言ってました」

「へええ」

「あなたの理想の男性像はどんな人って、奥さんが訊いたので、わたし、身長一八〇センチ以上で、容姿が整っていて、六大学を卒業した、年収二千万円以上の芸術家って答えたんです」

「へええ!凄い理想の男性像だなあ!私なんてとても敵わない」

「いえいえ、そんな!」と由希子は慌てて自分の発言を撤回すると、「奥さんは私が想い描く理想の男性像は理想でも何でもないって言うんです。理想の男性像って言うのはもっと相手の実像に見合った人間らしい温かい面だって言うんです」

「へええ」

「それから奥さんが私に、あなた、処女?って訊いたんです。あたし、そう訊かれて物凄く恥ずかしくなっちゃって・・・・」と由希子は言って、涙を流す。「奥さんが仰った事は全部本当の事でした」と由希子は顔を上げて、眼を輝かせて言うと、ハンカチーフで涙を拭う。

 私は由希子の話を聴いて、心が安らぐ。由希子は私にとっては随分と若い女性であるから、女性的な気難しさに対する身構えで気疲れしていた。漸く肩の荷が下り、気持ちが楽になった。私は碌に話もせず、黙々とカレー・ピラフを食べ、鶏の照り焼を食べる。

「よく食べる男性の姿って、逞しくて良いですね」

「由希子さんがもっと食べる事に積極的なら、私も食べ甲斐があって、もっと食事を楽しめますよ。自分がよく食べる事が醜い事に思えます」

「ごめんなさい!この何でも主義に凝り固まるのは処女の名残りなんです!」

「いやあ、謝るような事ではありません」

「でも、言ってくださらないと判りませんよ。男性と食事を楽しむって、女性的には控え目にお淑やかにする事じゃないですか?」

「ええ、そうですね。済みません。由希子さんがスタイルの良い体を保つ努力は男の私とっても決して悪い事ではありません。ただ私は由希子さんがもっと食べたい物を食べたいだけ食べて、少しふっくらとするのも良いなと思ってるんです」

「えええ、それって、物凄い誘惑ですね。私、一様トレイニング・ジムのインストラクターなので、引き締まった体を維持するのは仕事でもあるんです」

「文学や芸術創作に専念したくはありませんか?」

「ああ、なるほど。でも、引き締まった体を維持する事で沢山自信を得ています」

「見た目から離れて、もっと実のある事に精を出しませんか?私との夜より小説の執筆を優先させたように」

 由希子が言葉を選び、または心の中に表われる反論を慎み、言葉に詰まっている様子を見る。

「何だか性格の可愛いお淑やかな女性がモテる理由がよく判ります。あたしが香川さんに主張しようとする事は全て自分の主義ばかりです」

 由希子はまた言葉に詰まる。

 我々は朝食を終えると、私の別荘に行き、由希子の肖像画を後部座席に入れて、車に乗り込む。私は車で由希子を別荘に送ると、由希子の別荘の前で由希子の支度を待つ。

 由希子は変わろうとしている。女性としての美しさに磨きをかけようとしている。男の都合の良い女になろうとしているのではない。愛する者に相応しい自分で在りたいのだろう。

 由希子がスーツ・ケースを一つ抱えて、別荘から出てくる。由希子の荷物を車の後部座席に入れ、事務所に向かう。

 事務所の前に着くと、私は車の中で待機し、由希子は別荘の鍵を事務所に返しにいく。

 私は車を運転しながら、先程言葉に詰まっていた由希子の顔を思い出す。私は会話もなく車を運転し、由希子はスマートフォンをチェックしている。

 駅に着くと、後部座席から由希子のスーツ・ケースと由希子の肖像画を出し、駅の改札口で待つ由希子に、「はい」と言って、温かい缶コーヒーを一つ手渡す。「ああ、ありがとうございます」と由希子は缶コーヒーの礼を言う。私は自分の分の缶コーヒーを飲む。

「ああ、コーヒーはブラックでしたか?」

「ああ、いえ、戴きます」と由希子は言って、微糖の缶コーヒーの蓋を開け、ゆっくりと味わう。「ああ、久しぶりに甘いコーヒー飲みます」

「缶コーヒーはどんどん美味しくなりますね」

「あたし、本当に甘い缶コーヒーを飲むのが久しぶりで、ずっと我慢していたんです」

「プロの誇りとして禁欲的な生活をしているんですね」

「ええ。でも、本音は違うところにあります。誰だって好きなだけ飲み食いしたいですよ。香川さんだって、トレイニング・ジムに通うような体つきではありませんが、すっきりとした良いスタイルを保っていらっしゃるじゃないですか?」

「見た目なんて関係ないって言ったつもりはありません」

 私も由希子と同じように自分の主義を主張する事を慎む。

「あたし、トレイニング・ジムの仕事をしながら、ちゃんと作家を目指します。念願の作家になったら、インストラクターの仕事は辞めます」

 私はキャンヴァスの上の出来事のように自由に人を変えようとしている。それは危険な支配欲の表われではないか。相手の気持ちを全く考えていない。自分より自由に活動出来る由希子を自分の小さく狭い世界に押し込めようとしている。

「由希子さんのしたいようにすれば良い。私は由希子さんの由希子さんらしい面が好きです」

「はい」と由希子さんが明るい笑顔で返事をする。

 間もなく電車が来る。由希子は改札口を通り、こちらを振り返って手を振ると、電車に乗り込む。電車の自動扉が閉まり、電車が発進する。

 私は車に乗り込み、別荘へと車を走らせる。カー・ステレオのCDから河村隆一の『静かな夜は二人でいよう』が流れる。私はCDの中の河村隆一と一緒に愛を絶叫しながら、お姫様に恋を告白する騎士のような気持ちで由希子の前に跪く自分を想像する。

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