二章
第13話 闇に潜むものたち
午前二時。
いつしか
そんな中、月の明かりも届かぬ雑居ビルに挟まれた路地の片隅で、闇に紛れた少女がひとり佇んでいる。
年の頃は、十五、六だろうか。まだあどけない顔立ちの少女だ。
肩口で揃えた栗色の髪をさらりと夜風になびかせ、抑揚のない無機質な瞳は、暗闇の中ただ一点だけを捉えていた。
視線を向ける先に、数台の放置された自転車、ゴミの溢れるポリバケツが散乱したコンクリートの一面──また、背を屈め『何か』を無心にむさぼりつく『影』が
周囲に錆びつく鉄に似た臭気が漂う中、少女は、その影に向かって今ゆっくりと足を前に踏み出す。
パサリ。
そのとき少女が踏んだ紙切れから微かに音が鳴り、影の動きがピタリと静止した。
ビチャ、と少女がいた地面には、何かが潰れた不快な音が鳴る。少女は足元にへばりつく赤黒い塊を一瞥。すぐさま顔を上げ、黒い影と対峙した。ビルと路地の隙間から車のヘッドライトが横切り、未だ少女と向き合う影の姿が一瞬、眩い光に照らされる。
細身の若い男。
恐らく『あの少年』とさほど変らぬ年頃。今の若者たちに置き換えるのなら、いけめん、という種族に当てはまるのだろう、と少女は思った。だが今も尚、少女を見据える獣のようなギラギラとしたその
──刹那、少女の頬に鋭利なものがかすめ、栗色の髪の毛数本と共に赤い鮮血が宙に広がり、かわす背後のコンクリートの壁には、今まさに一本の鉄パイプが突き刺さる。
間を置かず少女は、ショートブーツの靴底をきしめかせ、無理やり向かい壁に退いたその瞬間、ヒュン、と風きり音と共に男の顔が少女の眼前に浮かぶ。
「へへっ」
男は少女の顔を覗き込むと、真っ赤な歯を剥き出し、
少女の頬が微かに強張る。それも一瞬、僅かに開く男の股下をくぐり抜け、その背後へと周る。体制を整えるや否や、突如虚空に具現した長刀を構え、すぐさま抜刀──男に向かって跳躍する。
持つ刃が男の肩を貫こうとする、まさにその瞬間、少女は突き出した右手を後に流し、突先の軌道を修正。そのまま身をひねり、地面へと着地。片膝をつき男を見上げる。
「ぐぅうるるるるるぅうううっ!」
そこには胸を押さえもがき苦しむ男の姿があった。身につけるワイシャツの隙間からは、翠色の淡い光が漏れるよう浮び上がっている。
そのとき光が四方に散った。
瞬時に少女は真後ろに跳ぶ。いた地面には男から飛び散ったと思しき液体がこびり付き、煙を上げ、アスファルトを焦がした。
ピキッ──
直後、男の身体からガラスのひび割れのような音が軋み、上半身の衣服が裂け、その剥き出しとなった肌が膨張し、
「ぐっ!」
苦痛に歪む男の顔が少女を見据えた。
その見開かれた瞳からは、まるで涙のよう赤い血が滴っている。
「──、」
対し、少女は。
「──時すでに遅し」
ポツリと呟く。
ただ、その時彼に向けられた彼女の瞳は、どこか冷たくも儚げで──その鋭く黒がかった双眸は、徐々に
少女は腰を低く落とし、細く鋭利な刃の切っ先を前方へ伸ばした左掌に掲げ、右手に握る柄を後方に引く。刀身は、かってヒトだったものの首元に定め構える。
「ぐぉぉおおおおおおああああああっ!」
男が宙を仰ぎ咆哮──と同時、少女に突進。この時すでに少女の全身を囲うかのよう無数の光の尾が舞い、構える刃からは轟炎が渦巻き、闇の中、蒼い火花を灯す。
そして青白く点した髪を陽炎になびかせ、少女は囁く。
「──私の名は、
貴方を断罪します──」
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