2.思ってたのと違う

 気が付くと俺は白い部屋に立っていた。


 静かな部屋だ。

 正面の壁には貼り紙が何枚も貼られている。

 左右は真っ白な壁だ。窓やドアなどは一切ない。

 振り返ってみると、背後には自動販売機のような機械が一面に置かれている。


 なぜか俺は部屋の中央にいた。見回しても貼り紙と自動販売機っぽいもの以外には何もない。真っ白な空間だ。部屋のサイズは高校の教室くらいだった。


 しばらく何が起こったのか理解できず、棒立ちになる。俺はどこにいるんだっけ? 何をしていたんだっけ?


 頭を整理して考えようとしたとき、モーター音が響く。天井の一部が開いて、大きなモニターが下りてきた。俺の視線の高さで停止すると、画面が映し出される。


『こんにちは。私は女神

です』


 そんな文字が表示された。マンガやアニメをよく観ていた俺は状況も把握できていないのに「これってもしかして異世界に行く流れか?」とぼんやり考える。答え合わせをするように画面が切り替わった。


『これからあなたは異世

界に転移することにな

ります』


 予想がどうやら当たったようだ。こんな訳の分からない事態なのに「改行くらいもう少しきちんとしてくれよ」というツッコミが脳裏をよぎる。


『制限時間は十分間で

す。貼り紙をよく読ん

でください』


 画面がタイマーに切り替わり、十分からカウントダウンを始める。





 混乱したまま呆然と九分半まで数字の推移を眺めていた俺は我に返った。


「ちょ、ちょっとストップ、ストーーップ!」


 唐突過ぎる! ついていけないぞ。


 本当に何が起きてるのかわからない。夢なのか現実なのかもわからないし、異世界に転移するのが真実か嘘かもわからない。当然カウントダウンも止まらない。


 ちゃんと考えよう。まだ時間は9分以上ある。大丈夫だ。



 まず俺はなぜここにいるのか。


 さっきまで何をしてたか思い出すんだ。ヒントになるものは……。


 服だ。俺は自分の着ている服を見る。部屋着にしている黒地に白のラインが入ったジャージ姿、それに厚手のグレーソックスを履いている。それを見て思い出す。


 そうだ、俺は自分の部屋にいた。

 しかも数日前に仕事を辞めたんだった。することもなくなった俺は、アパートでコーヒーを飲みながらだらだらしていた。


 それからどうしたっけ?


 だんだん記憶が鮮明になってくる。確か急に頭痛がしてきたんだ。視界が歪むほど猛烈に頭が痛くなって意識が遠のいた。それで気付いたらここにいたんだ。


 ああ、勢いとはいえ、なんで仕事辞めてしまったのだろう。大卒で入社して4年間頑張ってきたのに。別にそんな酷い職場でもなかったのに。仕事はできなかったし、後輩にも成績抜かれてたけど、悪くない環境だった。


 にもかかわらずくだらないことで上司と言い合いになって。


 いつもなら自分が正しくともとりあえず謝ってやり過ごしていたのに、あのときはどういうわけかめっちゃ上司と戦う気になってしまった。その結果、売り言葉に買い言葉で退職。あのくらいで辞めるのは勿体なかった。


 ダメだ。余計なことを思い出している場合じゃない。あと九分切っちゃったじゃねえか。とにかく急に頭が痛くなってここに来たってことだ。


 で、次だ。これは俺が見ている夢かもしれない。これは簡単、自分をビンタすればいいだけだ。一応念のため強めに叩くか。


「痛っ!」


 俺、なんで強めに叩いたんだろ。とにかく夢でもなく現実ってことも確定だ。


 次だ。異世界転移が本当かどうか。

 結論からいうと判断しようがない。けれど今の状況で確かめる術はなさそうだから、真実だと思って動いた方がよさそうだ。そうなると異世界へ行くつもりで行動しないとな。


 しかし異世界かあ。正直な話、異世界に憧れていたからちょっと楽しみではある。正直に言えば今までいた世界への未練もそれほどない。

 仕事をするようになってから友人とも疎遠になったし、彼女もいないし、仕事も辞めちゃったし。家族のことは気にかかるけど、俺は一人暮らしだからそこまで頻繁に連絡を取ってなかった。心残りはそれくらいだ。


 それよりも楽しみな気持ちが勝ってる。


 女神様から無敵のチート能力をもらったり、異世界の住人を現代の知識で助けたり、たくさんの女性に囲まれてハーレムを作ったり、魔王を倒して世界を救ったり。


 テンションブチアゲだ!


 あとやっぱり魔王を倒しに行くときは、俺以外みんな女性のパーティーがいいなー。清楚な回復係の王女様とセクシーな剣士のおねえちゃんが俺を取り合ったり、無口な魔法使いが普段はツンなのに急にデレてきたり。

「今夜は私の隣で寝ましょう勇者様」

「あたしと寝るに決まってんだろうが」

「たまには、私と寝るのが、いいと思う」とか言ってきたりして。

 やれやれ、みんなしょうがねえなあ。




 いやいや、しょうがねえのは俺だろ。妄想なんかしている場合じゃない。あと8分だ。


 ここからは今起きていることがすべて真実だと考えて行動しよう。慌ててもいけないが、のんびりしてもいられない。この状況に適応しろ、俺。


 まずこの下手くそなプレゼンみたいなメッセージは女神様が書いたものってことにする。マンガやアニメだとこの部屋に女神様がいるはずなんだけど、姿は見えない。


「おーい、女神様ー」


 叫んでみたものの、反応はなさそうだ。女神様を拝んでみたかったのに残念だ。とはいえ、時間制限もあるため今回は諦めるしかない。そもそもこういう女神様のいるところで時間制限があるというのも思ってたのと違う。今考えても仕方ないので、次へいこう。


 確か、異世界に十分で転移するから、貼り紙をよく読んでねってことだったはずだ。


 俺は正面の貼り紙に目を向ける。貼り紙は複数枚あり、すべて手書きされている。あまりきれいな字ではないが、これを女神様が書いたかと思うと感慨深いものがある。


 近寄って貼り紙を左上から確認する。


『私は女神です。あなたは十分後に異世界へ転移します』


 スクリーンと同じことが書いてある。この貼り紙は意味ないだろ。


『私は女神。あなたに私の姿をお見せしたかったのですが、訳あってお会いすることができません』


 この情報もいらないな。


『私は美しき女神。異世界に転移するにあたり、文字や言語は自分の使う言葉に置き換えられる力を与えます』

『私は麗しき女神。異世界に転移するにあたり、ほんの少しだけ身体強化された肉体を与えます』


 若干出だしが気になるが、この内容はありがたい。要するに異世界の文字や会話がまるで日本語のように見えたり聞こえたりするということか。さらに身体強化。もし魔物と戦うなら、強くなれる要素は何でもほしいところだもんな。ほんの少しがどの程度かにもよるけど。


『私は賢き女神。あなたにもうひとつだけ女神の加護を授けたいと思います。後ろの自販機からひとつだけ選んでください』


 なぜかイライラするが、有益な情報が書かれている。


 後ろの自販機から加護とかいうものを選ぶ方式か。加護というのは恐らくスキルとかいう特殊な能力のはずだ。それにしても加護ってボタン押してゲットするもんなの? これもイメージと違うな。あと女神様が、女神様なのに、自動販売機を自販機と略すことに違和感を感じるけどまあいいか。


 振り返るとタイマーが五分二十秒を刻んだところだった。ヤバい、もう半分近く経過している。急がないと。貼り紙はまだ他にも残っているが、すべて「私は成績優秀な女神」とか「私は頭脳明晰な女神」とか頭の悪いことが出だしに書かれていたので読む気が失せた。後回しだ。


 俺は女神の加護を手に入れるため、後ろに向かった。自販機を見ると納得だ。ドリンクの模型が置かれている部分に加護の名前と説明が書かれている。下のボタンを押せば加護がもらえるって感じだが……ちょっと待て!


 値段の部分が『寿命』になってる!


 しかも売り切れが多い!


 なんだこれ!


 例えば『炎マスター』には『炎を自在に操る魔力を持つ』と書いてあって、その下に『寿命10年』との表記。しかも売り切れ。『鋼鉄の鳥』という変わったものだと『常に自分の上空を旋回し、戦闘時自動で敵を攻撃する』とあり、寿命は『15年』。これも売り切れ。『大賢者』は『魔気を大量にストックし、すべての魔法を扱える』という凄そうなものになっているが、値段は『寿命150年』。異世界着いたら即死だろ。売り切れてないけどさすがに選べない。


 慌てて貼り紙の場所に戻り、確認する。あった。


『私は偏差値1000の女神。与える加護には限界があるので、寿命と引き換えにします。また、売り切れの際はご容赦ください』


 偏差値1000にはツッコまないからな。それより寿命と引き換えって。寿命を削った代わりに能力を得られるってことだよな。これが女神のやること?


「ほぼ死神じゃん」


 思わず口に出しながら自販機の方を見る。手前のタイマーがちょうど四分を示していた。


 時間がない。とにかく急いでよさげな加護をもらうしかない。しかもなるべく取られる寿命が少なくて、使えそうなやつがいい。大丈夫、ラノベ、マンガ、アニメで鍛えてきた俺ならできる!


 再度、自動販売機の前へ向かう。女神の加護を手に入れるために。


 しかし、自動販売機と女神の加護って変な組み合わせだよなあ。




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TIPS

 主人公は何もしていませんが、女神の部屋ではすべてのものを破壊することはできません。貼り紙を剥がすことも、タイマーを壊すことも不可能となっています。


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