逃げは身を助ける~異世界ブチサゲ転移録~

エス

1.人は生きるのが第一だろうが!

「右ーーっ! 大型の魔物だあーー!」


 馬車に揺られてうとうとしている最中に高齢の御者の叫び声で目を覚ました。ひとりの冒険者が素早くカーテンを開けて外に顔を向けながら呟く。


「狼に蛇に虎の頭。キマイラウルフかよ、初めて見たぜ」


 最悪だ。


 大きく、獰猛で匂いに敏感、しかも食欲旺盛な魔物である。そして何より速く強い。熟練の冒険者数名ががりでやっと倒せるかどうかみたいなやつで、森の奥深くにいることが多いはず。このような平原に出現するような魔物ではない。


 本当に最悪だ。


 俺の他に三人の冒険者が乗っている。御者を入れて五名だが、勝てる見込みはほぼない。



 なぜなら御者はもちろん、俺も全く戦力にならないからだ。



「何でこんな場所に。しょうがねえな、生きてたら酒奢れよ」


 もうひとりの冒険者がチャキ、と音を立てて剣を抜く。


 チャキ、じゃねえよ。

 勝てないって。お前ら冒険者っていっても駆け出し、ってさっき会話してたじゃん。大体実力ある冒険者なら金持ってるんだから魔動車に乗るわ。お前らは金ないから相乗り馬車使ってんだろうが。


 あと酒奢れよ、って台詞はこれから死ぬ奴の言葉だからやめとけ。


「俺、故郷に帰ったら結婚するんだ。生きて帰るぜ」

「俺はこの戦いが終わったら、禁煙でもするかな」

 続々と繰り出される死亡フラグ。やめてくれよもう。お前らヤバい魔物に出会って五秒で死を覚悟するとか死生観極まりすぎだろ。


 人は生きるのが第一だろうが!


「御者、一旦止めてくれ。ここで迎え撃……」

「うるせええ!! 馬を止めんじゃねえ! 全力で逃げろーーっ!!」


 三人目の冒険者が御者に向かって話しかけた言葉を遮って俺は怒鳴った。かなりのスピードでこちらに駆けてくるキマイラウルフ。

 でかすぎ。

 いくら馬車が全力で走っていたとしても、追いつかれるのは時間の問題だ。


 俺はすぐにリュックから煙幕を取り出し、馬車の中から外に放り投げる。すぐに大量の煙が発生し、俺たちと魔物の視界を遮る。


「ハクヤとか言ったな、お前なんでそんなもん持ってんだよ」

「いちいち気にすんな! スピードを上げろ!」


 同乗者の台詞を無視して再度叫ぶ。御者はちゃんと聞き入れてくれているようだ。馬車は走り続ける。


 だが敵も諦めてはいない。


 姿は見えないが、あのバケモノが右後方から追跡してきているのが足音でわかる。


 さらに煙幕を二つほど馬車の後ろに投げる。魔物がより追ってき辛いようにするためだ。


 そして塊肉と血の入ったビン。


 あの魔物は血の匂いを優先する習性があったはず。瓶のふたを開け、肉と一緒に道の左側に五つ、六つと投げ込む。肉は大事な食糧だったが仕方ない。


 馬車の後方から見守る。


 煙の中から飛び出してきた巨大な魔物だったが、血の匂いに誘われたようだ。俺たちを追ってこようとはせず、血と肉の方へ向かっていった。


「逃げ切ったの、か?」

「命拾いしたのか。おいお前、やるじゃないか」

「さすがにあいつと戦って生き残れる気はしなかったぜ」


 冒険者たちが後方を見ている俺に声をかけてくる。そして視界の端にあるものを捉えた。


「御者あああ!! いつまでも走らせてんじゃねえ! 止めろーー!」


 ドン引いた表情の冒険者たち。


 いやわかるよ、走らせろって言ったの俺だし。でも今猛烈にテンパってるんだよ。口調が荒くなるのは許してほしい。ホントゴメン。


 馬車が止まると後方の池を指差して伝える。


「そこの池の近くに、巨大ガエルがいた。誰か始末してきて」


「はあ?」


 ポカンとする冒険者たち。そうだよね、急に何言ってるんだコイツってなるよね。協力してもらうにはちゃんと説明しなきゃだよね。時間がないけど仕方ない、と腹を括る。


「あのバケモノ、また追ってくる」顔を青くする冒険者たち「理由は簡単。あの肉5,6個程度じゃ腹は膨れないから。俺たちが豆5個食べて満足できるかって言ったらできないよな。だからもう少し腹を満たしてやる必要がある。で、そこの池に巨大ガエルがいたから、始末して血を道路まで繋げてほしい。バケモノが肉にありつけるように。巨大ガエルなら腹も一杯になるだろ」


 めっちゃ早口で喋ってしまった。でもしっかり説明したぞ。


「そういうことか。理解した。なら何でお前が行かないんだ? 巨大ガエルなんて警戒心も薄いし、正面に立たなければ怖くない。冒険者なら誰でも狩れるだろ。話している暇があったらお前が行った方が早いんじゃな……」


「黙れえええ!! 俺はカエルにも勝てねえんだよおおお!! つべこべ言わず行けえええ!!」


 俺の剣幕に二人がさっと向かっていった。でもニヤけてたよな、あいつら。残ったひとりも笑いを堪えている。


 今、バケモノに食われる緊迫した場面なんだぞ。わかってんのか?





 程なくして二人が戻って来た。約束通り巨大ガエルを始末して、道路まで血の跡を付けてくれたようだ。それを見て俺は赤の信号弾を打ち上げた。古い手法らしいが、ここに危険があることは知られるだろう。あとはさっさとこの場所から離れることだ。


「おい御者あ! 何のんびりしていやがる! さっさと走らせろーーっ!!」


 御者が驚いて馬を出発させる。


「お前、理不尽すぎるだろ」

「一番の被害者は御者だな」

「キレた御者のじいさんにも負けそう」


「うるせー」


 テンション下がるなあ。





 それからしばらく経っても魔物が追ってくる気配はない。

 どうやら逃げ切ったようだ。御者を含め全員がリラックスした雰囲気になってきたところで、ひとりの冒険者が俺に話しかけてきた。


「なあハクヤ、あんたって転移者だよな。転移者ってなんかやたら強いとか、特別な能力を持ってるとか、俺たちの知らない技術を持ってるとかするのに、あんたは何も使ってなかったな。何か訳があるのか?」


「訳なんてないよ。単純にそういう役立つ能力を持ってないってだけ」


「そんなことありえるのかよ。俺の知ってる転移者はみんな凄かったぜ」

「どうしてお前だけそんな弱いんだよ」

「まだ道中は長いんだし、話してくれよ。転移者の話興味あるわ」


「他の転移者に頼めよ」


「頼めねえよ。他の転移者って強そうだし」

「お前が弱いから頼みやすいんじゃねえか」

「ぶたれたくなかったら聞かせてくれよ、どうやってこの世界に来たんだ?」


 頼み方どうにかならないか。


 だが、時間もあるし、当時の不満もぶち撒けたいと思い直して、話すことに決めた。折角なら御者にも聞いてもらおう。俺たちと御者との間にある仕切りを取り外す。


「よかったら御者の爺さんも聞いてくれ」


 しばらく愚痴に付き合ってもらおうか。俺は話し始めた。



「気が付くと俺は白い部屋に立っていた」


 


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TIPS

 キマイラウルフは体長八メートル、高さ三メートルにもなります。普段は森の奥深くに生息していますが、食料が少なくなるとまれに森を出てくることもあります。人間を襲うというよりは、食欲を満たそうとする傾向が強い魔物です。


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