第2話
1ヶ月ほど前の朝。
通勤電車に乗るために、改札を
駅の構内にある売店が、ふと視界に入る。
今朝は何も買わないけれど、日によっては眠気覚ましのガムや野菜ジュースなどを買う場合もあり、そんな習慣が頭に浮かんだせいだろうか。私は無意識のうちに、財布に手を伸ばしていた。
財布はコートのポケットに入っているはずなので、要するにポケットに手を突っ込んだわけだが……。
そこに財布がないどころか、ポケットの底に触れる手応えも感じられない。
一瞬「いつのまにか穴が
不思議に思いながら、さらに深く手を押し込んでみる。長さ的にはコートからはみ出るはずの位置まで進めても、なぜかポケット内の空間が続いていた。ただし、そこまで手を伸ばしても財布には行き当たらず、代わりに別の物体が私の指先に触れる。
ちょうど人肌くらいの生あたたかさで、やわらかい表面だけれど、中にはしっかりと硬い芯が
こちらと接触した途端、その物体も動きを示した。ビクッと驚いたみたいな様子の
その瞬間、私は理解する。これは人間の手なのだ、と。なぜか私のポケットに生きた人間の手が入っているのだ、と。
「ひっ!」
小さく悲鳴を上げながら、私はその場に立ち止まってしまう。
迷惑そうにこちらを睨みながら、周りの客たちが私の横を通り過ぎて行く。大きな駅ではないけれど、朝の構内はそれなりに混雑していた。
「すいません……」
誰に言うとでもなく小声で呟いて、軽く頭も下げてから、再び歩き出す。
ホームへ向かう階段を降りながら、コートのポケットに改めて手を突っ込んでみると……。
そこに『手』はなかった。きちんと財布が入っているし、ポケットの中の広さもいつも通りだ。
では、あれは白昼夢の
そう思いながら、通勤電車に乗り込んだのだが……。
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