逃避行
勝負は一瞬で決まる。少しでもミスったら、俺の負けだ。
「どこ国の騎士様だか分からないけど、可哀想にな……上司に騙されて、見知らぬ土地で犬死するんだから」
まずは挑発して、姉ちゃんから遠ざける。
「な、なにを言っている。バイゼル様が私を裏切る訳がない」
純真というか単純と言うか……上司の名前を喋っちゃったよ。
「ばーか。大事な部下をこんなやばい件に関わらせるかよ。多分、お前は除籍扱いになってるぜ。お前は騎士じゃなくて、野盗として死ぬんだよ。他国の村を襲った騎士を生かしておくと思うか?なあ、蜥蜴の尻尾さん」
餓鬼に正論を言われて、騎士のプライドはズタズタだと思う。そして俺の口を塞ごうと、躍起になる筈。
「だ、黙れ……黙れ。僕は騎士だー。ジュエルエンブレムが使えなくても、クラック帝国の立派な騎士なんだ」
(クラック帝国?確かブリーゼさんが嫁いだ国だよな)
相手の地雷を踏んでしまったかもしれない。騎士は剣を振りかざして、俺に向かってくる。
「餓鬼相手に本気になって、何が騎士だよ!……懐中電灯っ!」
こいつの役割は逃げてきた村人を始末する事。その為に、闇に目を慣らしていたんだと思う。だから、騎士はこの暗がりで俺に向かって来れたんだ。
「目、目が」
そこに懐中電灯の光を浴びせられたら、まぶしさで目が眩む。
「トール……なにがあったの!?早くお姉ちゃんの所に来なさい」
我に帰った姉ちゃんが俺を呼ぶ……この状況で逃げずに、
「こいつを片付けたらね……乾燥っ、そしてストーンクリエイト!」
騎士の周囲にある空気を乾燥せる。
そして頭の中でL字の筒をイメージして、創り上げていく。俺が再現しようとしているのは、簡易性のロケットストーブ。
幅は男の身体ギリギリで壁の厚さは三cm位。煙突の部分は、出来るだけ高くする。
「私を閉じ込めたからって、何が出来るんですか?」
そう、俺は男を覆う様にして、ロケットストーブを造り上げたのだ。
「それだけ狭いとまともに身体を動かせないだろ?枝を敷き詰めて、乾燥……そして着火と」
枝も火種もいくらでもある。次々に枝をくべて行くと、火の勢いはどんどんと上がっていく。
「こんな即席の道具で私を倒せると?私は火属性の防具を身に付けているんですよ……」
俺は完璧なロケットストーブを再現する気なんてない。そして、こいつを焼死させる気もないのだ。
「お前が耐性を持っているのは、火属性魔法だろ?リアルな熱には耐えられないんじゃないか?」
人は熱い空気を吸えば、喉が焼けて死ぬ……これで俺は殺人犯、村を襲った連中と同じ穴のムジナだ。
そう思ったら、途端に体の力が抜けてきた。
「トール、大丈夫?貴方どこであんな魔法を?」
姉ちゃんが俺に駆け寄って、ギュっと抱きしめてくれる。優しい暖かさが俺を包む……どうやって言い訳しよう。
「そ、それより父さん達の所へ戻ろう!まだ敵が潜んでいる危険性が……マジ!」
ストーンクリエイトを解除して出て来たのは、騎士の死体ではなく魔物の死体だった。
◇
まじか……戻って見ると、村は火の海と化していた。
(なんて数の敵兵だ……このままじゃ、父さん達が危ない)
父さん達は二十人近い兵と戦っていた。健闘しているが、多勢に無勢。
このままでは、確実に負けてしまう。
「……もう、やめてー!」
姉ちゃんが叫んだとの同時に炎の渦が敵兵を飲み込んでいく。その威力は凄まじく、村が灰塵と化していく。
(このままだと、父さん達も危ない)
もし父さんを殺してしまったら、姉ちゃんは一生自分を許さないと思う。
「ストーンクリエイト!高さ2m厚さ5cmの壁!」
敵兵の足元に壁を造り上げる。俺の目論見通り、敵兵は壁に弾き飛ばされた。
「レイラ、トール……お前達いつの間にジュエルエンブレムを……」
唖然とした顔で俺達を見つめる父さん……姉ちゃんのは純粋なジュエルエンブレムだけど、俺のはなんて説明しよう。
「それより早く逃げよう……あれ?」
体中の力が抜けて、立つ事さえおぼつかなくなる。踏ん張ろうとするが、そのまま地面に座り込んでしまった。
「魔力の使い過ぎだ。ライラ、レイラを頼んだぞ」
父さんはそう言うと、俺を抱き上げた……と思ったら、一気に走り出した。
それが尋常じゃない速度なのだ。
「ちょっ……父さん速いって、母さん達ついて来れ……てるね」
嘘だろ?マラソン選手顔負けの速さなんだぞ。
「これがジュエルエンブレムの力よ……トールもレイラもネームド級のジュエルエンブレムだから」
いや、姉ちゃんのはそうかも知れないけど、俺のは怪しい魔導士に移植されたバッタもんなんですけど。
「トール、舌を噛むと危ないからお喋りは終わりだぞっ!」
父さんはそう言うと、崖を一気に飛び降りた……身体能力が幾ら向上しても、これは出来ません。
◇
父さんは夜通し爆走して、夜中のうちに隣町へ着いた……歩いたら半日以上かかる距離なんですが。
「凄い騒ぎ、なにかあったのかな?」
姉ちゃんの言う通り、隣町は蜂の巣を突いたかの様な大騒ぎになっていた。
(村の人と既知の兵士もいるからな……村が夜襲に遭ったなんて聞いたら、パニックになるだろ)
村と町は同じ人が治めている。そこが襲われたとなると、兵士にとっても一大事なのだ。
「これからどうなるのかな?」
皆着の身着のままで逃げて来ている。うちはいくらかの金を持って来れたけど、それもない人もいるだろう。
住む所に仕事、生活必需品……全員無事に逃げれたけど、目の前は真っ暗だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます