悪役令嬢の弟に転生しました リーマンの乙女ゲー攻略日誌

くま太郎

モブ顔のまま、乙女ゲーに転生するのは罰ゲームだと思います

 眠い、家に帰りたい。定時はとっくに過ぎている。でもまだ帰れないんだ。


赤石あかし、やっと原稿が来たぞ。チェックを頼む」

 上司がモニター越しに声を掛けて来た。俺の名前は赤石徹あかしとおる、三十五歳独身。彼女は……もう何年いないだろう。数えるのも面倒だ。


「なんでもう少し早く原稿を上げてくれないんですかねー。これじゃ泊り確定ですよ」

 俺は出版社で校正の仕事をしている。いくら定時で出社しても、肝心のお仕事げんこうがないと話にならない。

 ちなみに締め切りまで後三日。レイアウト担当や印刷所の皆様が首を長くして待っているのだ。


「そう言うな。ライターの連中も必死なんだぞ。“カヤブールの乙女”は人気が凄いからな。ほんの些細な間違いでも、クレームが殺到するんだぞ」

 カヤブールの乙女は、今大人気の乙女ゲームだ。その人気は凄まじく、ゲームは売れまくり、アニメは高視聴率。グッズにはプレミアがつくし、コラボしたお菓子は入荷と同時に売り切れたらしい。


「庶民生まれの主人公が、貴族の子弟が多く通う王立高校へ進学。そこで様々なイケメンと恋をしていくってゲームですよね」

 各種イケメンが揃っており、必ずヒットするキャラがいるらしい。資料を見たら、中ボスも攻略出来るそうだ。


「ああ、声優も豪華だし、キャラも立っている。何より舞台になるイルクージョン王国の設定がきちんとしているんだ。男でも楽しめる乙女ゲーって人気だぞ」

 ちなみにカヤブールは宝石に加工する前の原石の事らしい。

 貴方は、まだ宝石しあわせになれるか決まっていない原石しょうじょ。高校での様々な出会いや経験で、貴方はどんな宝石レディになれるのか?

 確かキャッチコピーは、こんな感じだった。


「ネットの記事でスフェールがスフエールになっていただけでも大炎上したんですよね」

 乙女ゲーだけあり、カヤブールの乙女に出て来るキャラは美男美女ばかりだ。

 今回出すファンブックは、公式タイアップで様々な特典がつく。もう特典のおまけに本がついて来るってレベルである。

 当然買うのはガチ勢の方々で事前予約だけでも凄い数になっている。誤字脱字は絶対に見逃してはならない。

 俺が担当するのはキャラ紹介ページ。紹介ページといっても人数が多く、プロフィールの内容も細かい。


「だからしっかり頼むぞ……それと泊りは禁止な。働き方改革とかで人事がうるさいんだよ」

 壁掛け時計を確認する……ぎりぎりまで粘るしかないか。


 ◇

 公式から送られてきたキャラの設定集と見比べながら、原稿をチェックしていく。


「どうやってもこの“レイラ・ルベール”ってキャラは不幸になるんだな」

 レイラ・ルベールは伯爵家の令嬢で、王子であるリヒト・スフェールの婚約者。見た目は良いが性格は悪い。プライドが高く、見栄っ張りで我儘。事ある毎に主人公に嫌がらせをしてくる……いわゆる悪役令嬢ってやつだ。


 レイラ・ルベールの悪行

 その一、初めて会った主人公にビンタする。その後も水を掛けたり、足を引っかけたり様々な嫌がらせをする。


 その二、攻略対象キャラの兄に誹謗中傷を繰り返し、家出するまで追い詰める。ちなみに、そのキャラは敵に寝返る。


 その三、自分の過去を消す為、生まれ故郷の村を焼き討ち。多数の死者をだす。


 その四、派手な生活を繰り返し、家計を圧迫。その為。民に多額の税を課していた。


(これで一通りチェック終わりと……一回ライターさんに戻して、後日再確認だな)

 今ならまだ終電に間に合う。明日始発で来れば、充分間に合う筈。

(設定集を家で見直すか)

 設定集を鞄にしまってオフィスを後にする。会社を出たらダッシュで駅へと向かう。

 終電間近という事もあり、酔っ払っている人が多い。君子リーマン危うきに近寄らず。適度な距離をとりつつホームへと向かう。

 電車に揺られながら設定集を読みこんでいく。

(爽やかで明るい青春か……もう戻れない時代だよな)

 リア充とは程遠い青春だったけど、それなりに楽しい青春だった。

 電車に揺られながら過ぎ去った青春時代を思い出すと、初夏を思い出させるような清々しい風が吹いて行った。


 ◇

 俺の爽やかさを返してくれ。心の中だけは高校時代に戻っていたんだぞ。


「ねえねえ、これから時間ある?おじさんと遊ばない?」

 駅から出たと同時に下卑た声が聞こえて来た。高校もうそうの教室から接待げんじつのキャバクラにワープした感じだ。

 ちょい悪親父というやつだろうか。俺と同い年位のおっさんが、若い女の子を口説いている。


「すいません。今は時間がなくて……」

 女の子は見た感じ高校生位だと思う。男の行為は褒められたものじゃないが、あのバイタリティーは羨ましい。俺は若い子に話し掛けるどころか、近付くのも無理だぞ。


「そんな冷たい事言わないでさー、寂しいおじさんを助けると思って」

 奇跡的にお前が助けられても、世の中の小父さん像が悪くなるんだぞ。

 こうやって大人って恰好悪いってなるんだろうんな……まあ、女の子を助けられない俺も十分恰好悪い大人なんだけど。


「おい、おっさん。そいつから離れろ」

 爽やかなイケメンボイスが闇夜に響く。現れたのは女の子と同い年位の少年。少年漫画に出て来そうな熱血漢イケメンだ。


「大丈夫?怖くなかった?」

 次に現れたのは髪の長い少年。中性的で容姿が整っており、こちらもかなりのイケメン。

 当然周囲はざわつく。少年達はギャラリーを無視して女の子に話し掛けている。


(あのおっさん大丈夫かな?……いない。逃げ足が早いな)

 これに懲りて馬鹿な事は止めればいいんだけど。


「おい、どいつがお前に絡んできたんだ?」

 熱血漢少年が女の子に問いただす。犯人ちょいわるおやじがここにいれば、証言位は協力しよう。

 ……なぜか周囲が静まり返り、皆が俺を見ている。敵意丸出しの視線もあり、その先にいたのは俺を指差す少女と怒り心頭の少年達。


「貴方ね、毎日この子に痴漢しているっていうおっさんは……覚悟は出来ているんだろうな!」

 冤罪が追加されました。そして否定せず頷く少女。


(話は通じそうにない……三十六計逃げるに如かず!)

 なりふり構っていられない。乙女ゲーのファンブックを作っている最中にセクハラ容疑で逮捕なんて笑えない話にもならないぞ。

 しかし、俺は永年のデスクワークの所為で万年運動不足。向こうは現役バリバリの十代。なにより足の長さが違うから、距離はどんどん縮まっていく。

(信号が変わりかけている。いくらあいつ等でも赤信号を無視してでも追ってこないだろ……あれ?)

 横断歩道目掛けてダッシュしたら、なぜか地面がなくなっていた。


「嘘だろっ!マンホールの蓋がずれている」

 俺は真っ逆さまに落下しながら、意識を失った。


 ◇

 どれ位気を失っていたんだろうか?気付くと俺は石の床で寝ていた。

(下水道の脇道か?それにしては水の音が聞こえないな)

 とんでもない目にあったけど、命があっただけラッキーと思おう。


「いえ、貴方は死にましたよ。エロおじさんの冤罪を掛けられた上に、偶然開いていたマンホールの穴に落ちて死亡。巻き込まれ体質、ここに極まれりですね」

 そこにいたのは、真っ赤なスーツを着た外国人。ハリウッド俳優ばりのイケメンで頬から顎へと伸びるカイゼル髭が嫌味な位に似合っている。


「いや、いやちゃんと足もついていますし。心臓も……動いていない!?」

 胸に手を当てて見るも、心臓の鼓動が感じられない。脈も全く触れないのだ。

 まじで俺は死んだのか?子供どころか結婚もぜず、挙句の果てにこんな死に方をするなんて親不孝以外のなんでもないぞ。


「だから、さっき言ったじゃないですか……申し遅れました。私の名前はロッキ、魔導士です。ここ時の狭間で転生の研究をしております。アカシさん、選択の時間ですよ。転生しますか?それとも不名誉な死を選びますか?もし転生してくれるのなら、さっきのトラブルを解消してあげますよ」

 どっちにしろ死は免れないと……妻子なしの俺が死んで困る人はいない。

 ……泣くのは家族やダチ位だ。でもストーカー疑惑のまま死んでしまったら、違う意味で泣かれると思う。


「転生でお願いします。あの質問なんですけど、場所や時代は選べるんですか?出来れば日本が良いんですけど」

 選べるのなら、昭和後期の日本が良いです。それと今度はイケメンに生まれ変わりたい。


「何を言っているんですか。日本人を日本に転生させても、面白くないでしょ。分かりやすく言えば、ゲームやラノベに出て来る中世ヨーロッパ風なファンタジーの世界と思って下さい」

 つまりはゲームやラノベみたいな世界と……ラノベで転生と言ったらハーレムだ。日本ではもてない男でも、転生したらイケメンになってモテモテになるらしい。


「ちなみにゲームで言うと、何が一番近いんですか?」

 出来ればギャルゲーか開拓系のゲームが良いな。平和な世界で、女の子といちゃいちゃしたいです。


「それは貴方が一番望んでいる世界ですよ。丁度、このゲームと似た世界に転生してくれる魂を探していたんですよ」

 ゲーム?俺はここ数年ゲームなんてしていないぞ……ロッキさんの手に見覚えのある物(

《しりょうしゅう》を持っていた。


「それは仕事で関わっただけなんですって!と、特典はあるんですよね?チートスキルとか」

 ロッキさんが手に持っていたのはカヤブールの乙女の資料集。魔物がいるし、後半には戦争も起きるんだぞ。チートスキルがないと絶対にやばい。


「安心して下さい。今の知識を持ったまま転生出来ますよ。しかも、おまけとして設定集を、頭にインストールしてあげます。どうです?私って太っ腹でしょ?……ただ、その為には、今と見た目を同じにしなくてはいけませんが」

 マジか……あんな美男美女ばかりの世界だと、このフツメンは浮きまくりだぞ。

 俺には特別な能力や知識はない。それでは特典にはなりません。


「あの転生はなしで!クーリングオフして下さい」

 あの子達も死者にむち打つ様な事はしない筈。

 なにより俺が持っていたのは、キャラ設定集。趣味や好物は書いてあるけど、攻略に役立つ内容は載っていない。


「残念ですが、もう転生は始まっています。安心して下さい。危なくなったら、きちんとアフターフォローに行きますので……それでは危険と波乱に満ちた転生ライフをお楽しみください」

 やっぱりやめますと言おうとしたら、なぜか目が眩んだ。一呼吸おいて周囲を見てみると、真っ赤な光が俺を包んでいる。


「せめて主人公とは無縁な人間にして下さいよ」

 贅沢は言いません。イルクージョン王国以外の国が良いです。そして大商人の家に生まれて、左団扇のハーレムライフを送りたいです。

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