翠明湖

「おはよう」


 赤のダックスの到着だ。今日は西へのツーリング。そう山麓バイパスを使って西に走る。国道百七十五号をひたすら北上して西脇まで行くのだけど、あったあった、


「馬事公苑の方ね」


 バイパスを下りて最初の橋を渡りしばらく走ると、


「あそこみたい」


 お目当ての喫茶店だ。なんのためにってか、そりゃモーニングを食べるためだよ。


「美味しそうだったもの」


 チサさんが見つけたツーリング動画にあったのだけど、ボクも食べたくなったんだ。店は落ち着いた雰囲気で広々してるのが良いかな。ここのモーニングのメニューはこれか、


「厚切り一枚、アーモンドで」


 半分なら飲み物代だけだけど一枚なら五十円アップになる。


「それでも茹で卵とサラダが付いてるからお得だよ」


 バターやジャムもあるけどアーモンドバターが美味しそうだったんだ。


「これ美味しいよ」


 予想以上だ。野菜サラダの他にポテサラまで付いてるけどこっちも絶妙じゃないか。


「アタリだね」


 話題はあの夜のバーの続きに。ああやって聞かされると高校時代のボクはかなりの変人だった。そんな変人にいくら困ってると言っても、よく頼みごとをしようなんて思ったものだ。


「ああそれ。ミサに相談したんだ」


 ミサって白滝ミサか。小学校から高校まで同じだったから覚えてるぞ。そう言えば白滝さんも物理が苦手で、


「助けたんでしょ。ミサもチサが苦境を脱するにはコウキに頼れってアドバイスしてくれたのよ」


 白滝さんも変わった子だったな。なんか霊感が強いとか、霊が見えるとか。そうだそうだ、休み時間にタロット占いをよくしてたはず。


「あのね、ミサのことをそれだけ覚えてるのなら、チサのことも忘れないでよね」


 ゴメン、ゴメン。それにしても、


「それぐらい切羽詰まってたもの。親に相談するのも考えたけど、そんなことをすれば今度は成績だけで落第させるじゃないの」


 イワケンの罠はそこまで張り巡らされていたのか。ところで白滝さんはどうしてるの。


「ああ、星辰教の教祖様だよ」


 それってあの星辰教。


「あのも、このも星辰教だよ。儲かってるみたい」


 新興宗教になるのだろうけど神道系だよな。だって根拠地というか本殿みたいなところは、どう見たって神社建築だもの。そこで政財界のお偉いさんみたいな連中を相手に高い料金を取って予言をやってるって話をどこかで読んだことがある。


 白滝さんなら黒マントの魔女風でもはまりそうだけど、神道系だから白小袖に緋袴の巫女さん風だろうな。それも似合いそうだけど教祖様だから、えべっさんの福娘みたいに舞衣とか頭にも飾りを付けてるかも。それで榊とか、鈴を持って・・・


「どうしてミサのことになると熱心になるのよ」


 そういうつもりじゃないって。白滝さんとはとにかく長かったから仕方がないだろ。ところでだけど高二の時のエピソードだけど、聞いてる限りボクは親身になって助けたというより、


「これ以上はないぐらいの塩対応だった」


 ちゃんと助けてるじゃないか。


「それは感謝してるって言ってるじゃない、忘れられてたのはショックだったけど」


 でもそれって、印象は最悪じゃないか。それなのによくコメダで声をかけたものだ。


「そりゃ、かけるわよ。これこそ神のお導きと思ったもの。それにしてもコウキも大人になったね」


 いくつだと思ってるも何も同い年だけど。それにしてもこのアーモンドバターは病みつきになりそうな味だ。


「売ってるから買って帰ろうよ」


 今日のとりあえずの目的地は翠明湖。この喫茶店から二十分ぐらいのところだけど、


「これは綺麗な湖じゃない」


 湖畔をバイクで周回できるけど、この道もなかなかだ。湖の真ん中ぐらいに橋が架かっていて、


「もう紅葉の季節だねぇ」


 湖面に紅葉が映えてるのが良い感じ。チサさんと再会したのは夏の終わりぐらいだったけど、もう秋になってるものな。月日の流れるのがホントに早くなってる。


「悲しいけどそうね。子どもの頃なんて一年なんて途轍もなく長かったし、夏休みだって永遠かと思うぐらいあったけど、今となったらあっという間だもの」


 同じ時間のはずなのに全然違うよな。それが歳を取るって事だろうし、気づいたら棺桶に入ってるとか。


「そうなるかもしれないけど、まだ終わってないと思うの」


 それって残されてる夢の実現とか、


「当然よ。今だって夢のために走ってるじゃない」


 ダックスでか。


「自分の足でもね」


 ボクの夢ってなんだろう。ところで今日の予定だけど播州三大ラーメンを制覇するには時刻が早すぎるんだ。まだ開店までかなり時間があるもの。だから次のツーリングの下見を兼ねて明石に向かうけどそれで良いよね。


「どこまででもお供させて頂きます」


 翠明湖から国道百七十五号まで戻り、後は明石に向かってひたすら南下だ。国道一七五号の最後は国道二号に出会うからそこを左折する。明石の中心街を走ることになるけどこの信号を右折だ。


「ここって」


 チサさんなら知ってるはず。この突き当りにかつてはフェリー乗り場があったんだ。でも今日確認したいのは、


「こんなところにジェノバラインの乗り場があるのか」


 なるほどこっちがバイクの乗り場であっちが人みたいだ。なになにバイクで乗船したい人は三十分前に来いってなってるぞ。これだけわかれば十分だから、


「こんなところに駐輪場があるのね」


 ボクも見つけてビックリしたもの。一時間以内なら無料で、六時間でも二百円なら良いじゃない。やっぱり路駐はマナーとして良くないし、


「悪戯されてもやだものね」


 目指したのは魚の棚商店街だ。魚の棚と言っても鮮魚を買いに来たのじゃなくて、


「玉子焼きだ♪」


 明石に来たら食べたいもの。目指すはたこ磯だけどもう行列が出来てるじゃないか。


「たこ磯なら当たり前」


 チサさんのリクエストだよ。やっと順番が来て、


「ミックス焼き」


 この店の玉子焼きの特徴としてタコだけじゃなくてアナゴも使うことかな。ミックス焼きは一個の中にタコもアナゴも入ってるデラックス版だ。たこ磯の玉子焼きを堪能してから魚の棚商店街をぶらぶらと。魚でも買うのかと思ってたのだけど、


「積むとこがないよ」


 そうだった。


「ところでどうやって帰るの、まさかの浜国道とか」


 それは避けたいからオーソドックスに帰るよ。国道一七五号に引き返し、ここを右折だ。


「西神ニュータウンってなってる」


 この道をひたすら進むと、


「へぇ、西神中央駅に出てくるのか」


 後は山麓バイパス目指してGOだ。これが一番早いはず。

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