本編

第1話:水無月龍彦

とある町。

それほど栄えているとは言えないが田舎と言うほどでもないその町には『水無月』の名を抱える道場があった。


そこは代々剣道を指南して来た剣道場で、少しだけ歴史のある一族の家だった。

しかし、その名はあまり有名ではなく評判も門下生もそこそこ。

その理由は隣町にある『柊家』にあった。


その家は剣道の名門とされる一族が道場を開いており、その血筋の者だけでなく指導を受けた門下生が全国規模で成績を残している。

その為、道場は常に賑わっており、入門する者も後を立たないと言う。

それと比べて水無月家は、簡単に言えば『普通』。

地域の人に愛されているからこそなんとかやっていけているような道場だった。


その水無月家には跡取りの少年がいた。

『水無月龍彦』。

今年高校生になった少年だった。

これといって取り柄もないが、剣道が好きで正義感の強い優しい男の子だった。


毎朝制服に手を通し、最寄りの高校『碧明高校』まで徒歩で通う。

その日も、登校し、普通に授業を受けて部活に向かう。

もちろん彼が所属するのは剣道部。

だが、彼は練習を伴う家業を手伝う必要があるため、あくまで助っ人的なメンバーだった。


「おー、水無月。きたか。」


道場の中で部員が集まっており、物珍しそうな表情を浮かべる龍彦。

そこへ彼に気づいた部長が呼びかける。


「こんな早くに集合なんて何かあったんですか?」


「いやな。今度の総合大会で、あの柊しぐれの妹の柊まふゆが出場するらしくてな」


柊家には天才と呼ばれる姉妹がいた姉のしぐれと妹のまふゆ。

異次元とも呼ばれる実力を持つ人物。


しかし、龍彦は顔は知らないながらもそのまふゆたる人物が同学年と知っていた為、それがおかしな事だとは思わなかった。


「いや、そうじゃなくてな。まふゆがいるのがどうやら紫峰学園らしいんだよ。で姉が名東高校だろ?姉妹対決が見れるかもってちょっと盛り上がってたんだよ」


「紫峰に?うわあ。それに名東ってどっちも名門じゃないですか。これは当日面白いものが見れそうですね!」


部長の話を聞いて、関心を持った龍彦。

それから少しして、その日の練習が始まった。


それから、数週間後。

ついにその総合大会の当日になった。

目を覚ました龍彦。

目覚まし時計は止まっており、現在時刻をみて彼は青ざめた。


「や、やばい遅刻だ…!」


その日、彼は寝坊してしまった。

急いで着替えて、家を飛び出した龍彦。


「いまからぶっ飛ばせばギリギリ間に合う…はず!!!」


そう言いながら後先考えず彼は走り出した。

大会は少し離れた会場で行われており、そこは最寄り駅もバス停もないアクセスにやや不便な体育館だった。

強豪校は専用のバスなどがあるようだが、碧明高校にはそんなものはなく、自分の足で通うしかない。

幸い、部員が自転車を最寄りの駅まで運んでくれた為、龍彦はその駅までは楽ができた。

その最寄り駅というのが『紫峰学園前』。

紫峰学園とは、主に有名人の子供や有権者の子供が通う、小〜大学部まで存在する所謂『お金持ちの通う学校』。

一足駅を出ると、高い壁に覆われた莫大な敷地があたり一面に広がり、住む世界の違いを感じさせていた。


龍彦はその光景に

「やっぱり凄いな…」

と言葉を漏らすも、すぐに駅の自転車置き場に向かい、自分の自転車に跨ると再び走り出した。

それから数十分。

やや、車通りが少なくなってきたあたりで、彼は道端で座り込む少女を見つけた。

距離が埋まり、視界に映ったのは小学生高学年から中学生くらいの背丈をした少女。

しかし、高校生の大会への道のりで剣道の道具を抱えていることから、おそらくは高校生なのだろうと龍彦は判断した。


自転車を停めて彼女の元に駆け寄ると、少女は鋭い目つきで彼を睨みつけた。


「…何?」


「君、大丈夫かい?こんなところに座り込んでどこか体調でも…」


彼女の姿を見ると、ボサボサの赤みのかかった長い黒髪、そして靴も履いていないなど不自然な状況が目に映った。

そして


「君、足首が腫れてるじゃないか!挫いたのか?」


龍彦の目に映ったのは痛々しく腫れ上がった右脚。

彼はカバンの中からドリンクを冷やすために持ち込んでいた保冷剤を取り出し、少女の足にそっと当てる。


「…放っておいて…」


「できるわけないよ。とりあえず病院に行こう?折れてたら一大事だ。」


「…嫌。この大会…私はいかなきゃいけないの。貴方もこのままでは遅刻。早く行って。」


ぶっきらぼうに話す少女。

行かなければならないと口では言うが座り込んだその状態と彼女の表情は下手をすれば一歩も歩けない状況だ。


「…わかった。大会に行きたいんだね。」


声をかけた以上見捨てられない。

そう思った龍彦は少女を荷物ごと持ち上げて、自転車の後部に乗せた。


「な、何をする気!?」


「僕がこのまま君を連れていく。ギリギリだけど僕も君も間に合って、ハッピーエンドだ!でも顧問の先生にちゃんと話してすぐ病院にいくんだよ!?」


「えっ、ええ?」


龍彦は更に重量を増したことで、重くなったペダルに体重を乗せて、目的地まで全力で自転車を動かした…。





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