第3話 君のことがわからない。

「……早く帰れよ」


「りょ、う……?」


後ろから聞きなれた、あの落ち着く声がして振り返ると、そこにいたのは涼だった。

そこにいるのが信じられなくて、私は何度か瞬きをする。

でも、消えない。

それが、これが現実なのだということを意味していた。


「な、んで……」


あの日、会話を交わした時から、確実に会うことを避けていたはず、なのに。

それで私も落ち込んだはず、なのに。


さっき、友達と、話していたはずの彼が、なぜか今、ここにいる。

それも、昔にさかのぼったと錯覚させるような、心配した姿で。


私のかすれる声に、ピクリと肩を揺らすのがわかった。


「もう、下校時刻すぎるから、早く帰れって」


思わず、といった感じで彼がそうまくしたてる。

もう、さっきまでの昔の姿はなくなって、彼も私の横を通って、帰ろうとする。



「……嘘つき」



「は……?」


私がそっとつぶやいた言葉に彼が大きく目を見開いて私を見る。

嘘つき。

まだ、下校時刻まで30分もあるのに、そんなことを言うなんて。


「ねえ、何で話しかけてくれたの?……もう幼馴染じゃないなんて言ったのに」


私の問いに、彼が見るからに動揺する。


「なんでっ……」


なんか言ってよ。

そうしないと、私のために話しかけてくれたんだって、期待しちゃうから。

心配してくれたんだなって、思っちゃうから。


――よけいに辛くなっちゃうから。


目がじわっと潤んだ。

そこから伝染するようにして、涙が、あふれた。

それを見た彼が、一瞬だけ表情をゆがませて、それで帰ろうとする。


「待って、よ………」

「……」


この時間を終わらせたくない。

その一心で、私は彼を呼び止める。


「私っ……涼のこと、わからなくなっちゃった」

「……」

「だからっ……。もう一回、幼馴染としてはなそう……?」


私が、目にあふれた涙をぬぐいながらそう言うと、彼が考えるようなしぐさをして。


私とすれ違いざまに、「分かった」と一言言って、通り過ぎた。


「え…………」


まさか、そう言ってくれるとは思わなかったから、思わず目を見開く。


「あのっ……明日の昼休み、屋上に来てね……?」


私がそう言ったら、彼がわたしに背中を向けたまま、「ん」と返事をし、今度こそ帰った。




ねえ、君のことがわからないよ。

もう幼馴染じゃないって言ったじゃん。


なのに、私が大好きなあの目で心配そうに見てくるんだから、もう、分からないよ。



――その君の心に、触れてもいいですか……?










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