人相

@ku-ro-usagi

読み切り

数年前。

時間潰しにたまたま通りかかった場所で、占いをやってたから入ってみた。

人相占いらしくて、占い師は妙に気弱そうな地味な女だった。

「えと、何を、知りたいですか?」

と聞かれて、

「結婚したいんですけど、いつ頃できます?」

と聞いたら、

女は、しばらく私の顔を見たあとに、すごく言いにくそうにもじもじしてるから、

「何?はっきり言ってください」

と詰めよったら、

「あなたは、その、無意識下で、他人を見下しているので……結婚は難しいかもです……」

「それが、その……えと……顔に、出ているので……」

と、くぐもった声でもごもご言われた。

何か他にも言われた気がしたけど、もうすでに頭に血が上ってたし、その悪い意味でのインパクトで全く覚えてない。

私はもうその場で暴れてやろうかと思う程に腹が立ち、

「意地でも結婚してやる」

強い決意をして、金を投げつけるように払ってから、早足に雑踏を抜けながら、頭の中であの地味顔インチキ占い師を罵倒していた。


それから、会社でも友人にも、親の伝も全てを辿って、紹介や見合いをセッティングしてもらったりした。

でも現実はなかなかそう簡単に事は運ばず、あの占い師に、交通事故の様にぶち当たった日から2年くらい経ってた。

周りの紹介も尽き、諦める気持ちがないわけではなかった。

それでも、やはり結婚出来なければ、あの占い師の言うことが本当だってことになる。

ただそれを認めたくなくて、私は必死だった。


それで、そう。

あの日は、翌日は遠い親戚のつてで組んでもらったお見合いなのに、友人とだいぶ飲んでしまった日。

酔っ払った勢いで、道端で小さくお店を広げてた占い師に懲りずに占ってもらった。

前みたいな、あの陰気臭い女じゃなくておじさんだったけどね。

おじさんは、手相やら人相やら色々見てから、

「あぁ、結婚はできるよ」

って言ってくれた。

一瞬、

「どういう意味?」

と思ったけど、私は強かに酔っていたし、

「結婚」

「できる」

って言葉に大はしゃぎした。

それで見事に、次の日の見合い相手と意気投合して結婚できたの。

大当たりじゃない。

占いも馬鹿にできないわ。


それから、更に二年と一ヶ月後。

結婚生活はたった二年で終わって、離婚してから一ヶ月経った頃、

ふと周辺が落ち着いた頃に、あのおじさん占い師の言葉を思い出した。


私は、

「確かに、結婚はできたな」

と思った。


ついでに思い出したくもないけど、あの地味女の言葉も思い出す。

「離婚したい」

と言ってきた夫の、

「君のその相手を見下すような視線が僕には耐えられないんだ」

って言葉。

知らないわよ。

そんなの。

なんなの。

私が悪いの?

ねぇ。


出先で、占いを生業にしている人間と、占いの看板を見掛けだけでも、無意識に睨み付けるようになってから、何年経っていただろう。

最近、仕事場で私が、

「あの人でも、一度は結婚していた事実があるらしい」

と噂されていることを知った。

本当になんなの?

馬鹿にするのもいい加減にして欲しい。

上司との面談でも、

「もう少し、ものの言い方をマイルドに……してもらえたらなと」

なんて言われた。

正しいことを言って何が悪いの。

そしてその日に、久しぶりに弟から連絡があった。

喜んだのも束の間、

『正月のことなんだけどさ、姉さんが帰ってくると、嫁がすげー萎縮しちゃって、姉さん帰った後に体調崩すんだよ。こっち来るなら、悪いけど母さんたちと外で食事とか済ませてくれない?日帰りがキツいなら近くに宿でも取ってさ、宿代は負担するから、ほら、うちにもう姉さんの部屋もないだろ?あれ、伝えてなかったけ?実家リフォームしたんだ。

だから、ずっとリビングに居座られると、その、こっちも色々気を遣うし』

『○○?少し久しぶりね、母さんは元気よ。……うん、悪いんだけど、ほら、みんながあなたみたいに強くないのよ、お正月は移動費もかかるし。また、その、次のね、機会にでも来てくれればいいから……』

電話口の向こうから、聞こえないと思ったのか、

「なんであんなキッツいババアになっちゃったかね……」

父親のため息混じりの言葉に。

「……はぁ……はぁ……っ……?」

気づいたら大袈裟でなく、部屋は、台風が過ぎ去った様に滅茶苦茶になっていた。

「○○さーん?○○さーん?」

隣か上下の住人から通報されたらしく、警察がドアをノックしていた。

喉が痛い。

掠れた声で受け答えするほど、私は大声でわめき散らしていたらしい。

どうしてこうなったのか。

何がいけなかったのか。

両手には搔き毟った髪の毛が大量に絡まり、爪には頭皮と血がみっちり詰まり、床にもボタボタと落ちていた。

血生臭い味が、口に広がり、食い縛り過ぎて割れた奥歯が、少し、痛い。


「姉さん、なんか別人みたいに大人しいな」

「やめなさい、意識ちゃんとあるし起きてるんだから」

私は、どこかの施設に放り込まれた。

こんな場所、別世界だと思ってたし、そもそも普通の人間がそんな簡単に入れる場所じゃないと思うでしょ。

案外、簡単だった。

私はとても大人しいので二人部屋。

制限もない。

隣は小さな老人。

私が身体を起こすと、母親と弟は少しビクッとしたけれど、よそよそしく微笑む。

ひきつった笑み。

会社でもよく見た。

家族なのにとても遠い。

身体は起こしているのに、水面下から地上を眺めている様な感覚。

手を伸ばしても誰も気付かない、通りすぎていくだけ。

「そのうちまた来るよ」

「何か欲しいものある?」

送るわよ、の言葉に、まだ少しばかり残っている感情が疼く。


初めは、

「欲しいものあれば送るわよ」

と面会すら躊躇う母親だったけれど、

「これ、好きだったわよね」

デパ地下のクッキー缶やらを差し入れてくれるようにまでなったのは、そこでは私がとても優等生だったから。

外科や内科と違うため、私は周りの「患者」ではなく「お客様」が困っていたら助け、話を聞き、施設の人間にも、

「○○さんがいてくれて本当に助かります」

と感謝してもらえるようになっていた。

隣のベッドの老人はとうに別の施設に移り、若い子が来たり、また老人が来た頃。

私に、

「退院」

の単語が見え始めた。

日々気分はいいし、両親も、弟も、こんな私ならば、しばらく家に居ればいいと言ってくれた。

一度見舞いに来てくれた弟のお嫁さんも賛同してくれた。

隣の老人のもとに、見舞い客が来た。

普段、私は昼間はベッドではなく、晴れていれば庭だったり、雨の日は歓談室にいることが多く、昼間にベッドにいることは稀な事だった。

どうしてその日だけ部屋にいたのか、多分、ただ眠かったのだと思う。

そんな程度だ。

だから、今となってはもう。

どうでもいいことで。

「あの、ごめんね、来るの、遅くなって……」

ぼそぼそと聞こえる少し気弱そうな声で、ふと目が覚めた。

隣の老婆は、ほぼ言葉を話さず、いつでもニコニコしているだけの人間だった。

「はい」か「いいえ」を首を少し縦横に振って、答えの必要な問いには答えない。

「あのね、今ね、急いでね、家の、リフォーム、進めてるから……」

そう、隣の老婆は、話せないことは問題でなく、単純に足腰が弱り、普段も車椅子移動なのだが、他の病院のベッドの空きがなく、こちらに回されてきた、本当にただの臨時の「お客様」だ。

私は、ただ薄いカーテン越しの隣に他人がいたら話しもしにくいだろうと、軽く挨拶だけして、部屋から出ていこうかとベッドから降りた時。


『えと、何を、知りたいですか……』


声が聞こえた。

自分の記憶の中から。

なぜ、今。

こんなことを。

『あなたは、その、無意識下で、他人を見下しているので……結婚は難しいかもです……』

忘れもしない、その声。

『それが、その……えと……顔に、出ているので……』

(あ……)

記憶が甦った理由は簡単で単純。

こいつだ。

カーテン越しにいる、女。

気弱そうな、地味な女。

声が、声が、声が。

あの時だ、あの日から、私の全てはおかしくなった。

 「……」

動悸が激しくなった。

こんな奇跡。

奇跡が、起こり得る。

でも。

大丈夫、でも大丈夫。

もう、私は大丈夫。

「こんにちは」

私は自分の窓際のテリトリーから出て、顔を覗かせる。

「あっ、こんにちはっ……あの、おばあちゃんが、ご迷惑を、お掛けしてませんか?」

丸椅子に座り、こちらを見上げてきた女。

あぁ、やっぱりこの女だ。

若干老けてはいるけれど、気弱そうなところも、地味な容姿も何も変わらない。

「いいえ全然、夜も静かで」

私は足を踏み出し女の前に立つ。

「……?」

女は当然戸惑ったように小首を傾げた後、私の顔を見て、微かにその小さな目を見開いた。

人相学をやっていただけあり、人の顔は覚えているらしい。

(そこだけは優秀じゃない)

私は、唇の両端をしっかり引き上げると、女の細くもない長くもない首に両手を伸ばした。

「えっ……?何、……や……何です?……あぐっ!!」

状況を理解していない鈍い女が、ただ戸惑うように身を引き、丸椅子から転がった。

女の首に手を回す私も当然、硬い床に強く膝を付いたけれど、転がってくれた方が両腕に両手に力を入れやすい。

「……っ…うげっ……!」

女が汚い嗚咽を漏らしながら、苦しがって私の手の甲を抉るように爪で引っ掻くが構わない。

暴れても暴れても、私は女の腹に股がっているため、ただ利しかない。

女がバタバタ激しく足踏みをし、膨らむ顔、飛び出そうな目ん玉、見たこともないおかしな顔色、とんだ喜劇に笑ってしまいそうになる。

まぁ、唾液が掛かるのは少し不快だけれども。

開いた病室のドアから、たまたまバタバタと暴れる音と足先を見掛けた看護師が、事に気付いて大きな悲鳴を上げた。

でも大丈夫。

女性看護師一人、他の看護師が来るまでには、こいつを息の根を止めるのは、ギリギリ出来そうだ。

ううん違う、別に死ななくてもいい。

大きな後遺症が残れば、それでいい。

そうだ、生き地獄の方が、より。

そうしようそうしようと、私が力を抜いた瞬間、私は数人がかりで女から引き剥がされ、何か薬を打たれでもしたか、嗅がされでもしたか。

呆気なく、落ちていく。


私がその時、意識を失う直前。

思ってたのは、

「どうしてあの老婆は、孫のためにナースコールを鳴らさなかったのだろう」

だった。

事を起こしてから、看護師が駆け込んでくるまで、スピーカーからの、

『はーい、どうなさいました?』

は一度もなかった。

返事がなければないで看護師はやってくるはずなのに。

答えは一つしかない。

気弱そうな地味な女が、祖母にすら嫌われていた、死んでも構わないと思われるほど嫌われていたのだ。

そうか。

あの女を死んでもいい程に思っていたのは、私だけではなかった。

私だけではなかった。

私は、間違っていなかった。

私は、正しかった。

何もかも。

あぁ、あぁ。

そうなのだ。

それに気付けば、全てが報われるし、全てを許そうと思える。


次に目を覚ました時、私の世界は、きっと晴れやかに開けていく。













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