終章 女神の奸計

終章 女神の奸計(1)

 冒険者、ソルリアム兵、獣人兵、エルフ兵の混成軍が乱入し、さらに獣魔将が討ち取られたことでヴォスキエロ軍は総崩れとなり、生き残った兵の半数は北西の森まで退却した。首都から来る残りの増援を待って再起を図るつもりのようだ。さらに残り半数の魔族兵は投降してシュベート城の地下牢に収容された。


 二日が経った昼前、獣魔将の側近である女魔族は捕虜の代表として呼び出された。格子のはまった小さな窓が一つだけある小部屋で待っていると、白髪の男と金髪の男が入ってきた。


 白髪の男は女魔族が座る椅子の正面に置かれた椅子に腰をおろし、その後ろに金髪の男が立った。


「尋問したければ、俺を呼べ、と言ったらしいな」


 白髪の男は複雑な笑みを浮かべて言った。その顔には覚えがあったが、記憶の中の容姿より少しばかり若く見え、女魔族は首をかしげた。


「お前がディノンか?」


 そうだ、とディノンは頷く。


「俺を指名した理由はなんだ?」


 女魔族は金髪の男をちらっと見た。


「その男と対決する直前、将軍から命じられた。たとえ虜囚になっても、ディノン以外の尋問には応じるな、と。それが、将軍の遺言になってしまったが……」


 混成軍が乱入してきたとき、これはディノンの策だと獣魔将は気づいた。そしてヴォスキエロ軍とレヴァロスは、これに敗れると悟ったらしい。


 女魔族は、わずかにうつむく。


「将軍は、どこに……」


 金髪の男――カシオが答えた。


「地下に安置している。けっして疎かには扱っていないから、安心してくれ」


 そうか、と女魔族は小さく息をついた。そして、ディノンに視線を戻した。


「将軍は、お前をいたく買っておられた。ゆえに、お前の尋問には応じてもよい、ということなのだろう」


 ディノンとカシオは軽く視線を交わした。そして、ディノンは身を乗り出すように女魔族に近づくと、彼女を拘束していた手枷を外してしまった。


「これはもう必要ねぇだろ」


 女魔族は黙ってディノンを見つめていた。


「聞きたいのは二つだ。一つは魔王について。俺たちは魔王の名前、種族、年齢、性別など、奴の一切を知らない。ヴォスキエロを治め、魔界の魔族を束ねる王、そのくらいの認識しかない」


 女魔族は難しい表情をした。


「答えられない」


 二人の表情がやや険しくなるのを見て、女魔族は言葉を添えた。


「勘違いしないでほしいのだが『答えられない』というのは、『答えたくない』という意味ではない。知らないのだ。魔王様について」

「知らない?」


 女魔族は首肯した。


「私たちも、魔王様の一切を知らない。どのようなお姿なのかも分からない。そもそも私は、魔王様に拝謁できるほどの身分ではない」

「獣魔将は? さすがに奴なら魔王を知ってるだろ? なにか聞いてないのか?」


 女魔族は首を振った。


「呆れた話に聞こえるだろうが、将軍をはじめ、おそらく誰も、魔王様のお姿を見ていないと思う。お会いできたとしても、それは玉座の上の御簾越しでのことだから、やはりそのお姿を見た者はいないと思う。見た、という話も聞かない」

「そんなことがあるのか?」

「もちろん、ありえないことだ。誰かしら身の回りの世話をする者はいるだろうし、直接お会いする者もいるだろう。しかし、それは秘されている。魔王様の素性が知られないよう、知る者たちが口裏を合わせている。そういうことなのだと思う」


 ディノンとカシオは頷くが、どこか納得しがたい様子だった。そんな二人に、女魔族は言った。


「将軍は魔王様の印象について、次元が違う、生きる世界が違う、とおっしゃっていた」

「それは?」

「私もよくは分からない。将軍も説明に困っているご様子だった。力になれなくて申し訳ないな」


 女魔族は軽く顔をしかめた。ディノンは首を振った。


「知らないんじゃ仕方ねぇ。じゃあ、もう一つの質問だ。あんたらは、これからどうする?」


 質問の意味が分からず、女魔族は軽く首をかしげた。


「捕らえた魔族兵は三千ほどになる。正直、これらを養う余裕はこっちにはねぇ。だから、森に駐屯してる連中とともに退いてくれるんなら開放してもいいだろう、と軍団長らと話し合った」


 女魔族はため息をついて、難しいな、と呟き、うつむいた。


「私たちは二度もお前たちに負けた。将軍に加え、有能な将を三人も失った。戻れば厳しい叱責があるだろう。私はいい。軍人だから罰則を受け入れる覚悟はある。だが、徴用した民は違う。彼らは軍人ではないし、国の命令で無理やり戦場に駆り立てられた者たちだ」

「そいつらのほとんどは、最初の戦闘で逃げ出したらしいな。敵前逃亡はヴォスキエロ軍ではどんな扱いになるんだ?」


 女魔族は一瞬詰まった。


「軍人であれば死罪だ。徴兵の場合は死罪にはならないが、それなりの罰則は受けることになる。家族や友人を人質にされてるから、逃げることもできないだろう」

「酷い話しだな」


 女魔族は黙した。ディノンは小さく息をついた。


「なら別の条件で、お前らを開放する」


 女魔族は怪訝そうな表情をする。ディノンは目に強い光を湛えながら薄笑いを浮かべた。

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