五章 罪業を司る女神(6)
翌朝、ディノンたちは食事をすませ、帰り支度を整えた。カシオたちは幼児の姿になったディノンをはじめて見て驚いた。
「すごぉーい。ちっちゃいディノンさん、かわいいですね」
屈むようにして頭をなでるジュリの手を鬱陶しそうに払いのけ、ディノンは着崩れたぶかぶかな子供服を正した。
「本当に不思議な現象だ。ディノン、一日で赤ん坊から老人になって、次の日にまた赤ん坊に戻るというのは、どういった感覚なんだい?」
カシオの問いに、ディノンは幼い顔に難しい表情を作る。
「いろいろ、へんなかんかくだ。とにかく、あたまでかんがえたうごきと、からだがついてこねぇのが、なんぎだ。さいきんは、ちょっとずつ、なれてきたが。――ただ、ふしぎなのは、あかんぼうでいるときの、きおくがねぇことだ」
かなり舌足らずな喋り方で答えると、大人の姿のメイアが微苦笑を浮かべた。
「明け方に赤ん坊に戻ってから一時間は、君はずっと眠ったままだからね。大声で呼んでも、ゆすっても、まったく起きてくれない。泣き声一つ上げないんだ。原因は不明だが、おそらく赤ん坊でいるときは、脳がまだ覚醒していないのだろう。だから、身体も眠ったままになる」
「よるは、いつのまにか、ねむっちまうもんな。からだが、かってに、そういうふうになっちまうんかな?」
「おそらくね」
坑道の入り口まで来て、ディノンたちは見送りに出てきた蛇竜を振り返った。
「お礼申し上げます」
シェリアが深く頭を下げ、ディノンたちもこれに倣った。彼女の腕には、ひと抱ほどの包みがあった。中には薄青い水が入った瓶がおさまっている。その水は氷の精霊の涙らしく、蛇竜が懲らしめた際、泣き叫ぶ氷の精霊の涙を五女が瓶に入れて保管していたらしい。その水を岩にかければ、封印が補強されると蛇竜は説明した。
「またくるぜ」
帰り際、蛇竜にそう告げると、彼女はほんのわずかに表情を和らげたが、すぐにもとの暗さに戻った。
「嘘。どうせ、君も、テフィと同じで、来ない」
「ちゃんと、くるって。あんたのいもうとに、すいぎんについて、ききたいから」
「で、でも、君が来る前に、妹、また旅に出ちゃうかも」
「だったら、あんたがかわりに、きいといてくれよ。おれがまた、ここにきたときに、きかせてくれればいい」
蛇竜の目がわずかに揺らぎ、なにかを思い出したように瞬いた。
「ちょっと、待ってて」
そう言った蛇竜は坑道の中へ駆けていき、すぐにひと振りの太刀を抱えて戻ってきた。鞘も柄も光沢が無いほど漆黒の剣。
「これ。持ってって」
「なんだこれ?」
と、太刀に触れたとたん、蛇竜がにやりと笑った。
「触ったね。これで君は、私との約束を破ることができなくなった」
蛇竜は太刀を放し、ディノンはその重みに身体がふらついた。メイアがディノンの背を支えながら、太刀を鞘から抜いて見た。優美にそれた刀身も漆黒で、鎬には複雑な曲線で構成された文字が刻まれていた。
「上古以前の魔法使いの文字――魔剣か」
蛇竜は頷いた。
「五女の話だと、ある魔法使いが自分の杖を打って鍛えた魔剣らしいよ。杖には魔法使いの魔力が込められていて、かなり頑丈で鋭くできてるんだって」
「盟約の呪いがかかっているようだが?」
「は?」
と、ディノンは蛇竜を見上げた。彼女は薄笑いを浮かべていた。
「君が約束を破らないようにね。これで君は、また私に会いにこないといけなくなった」
「おまえ、これ、かみがさだめたるーるに、いはんするんじゃねぇのか?」
「私はただ、君にそれを渡しただけだから問題ない」
「ず、ずるい……」
「待ってるからね」
と、蛇竜は笑みを深くした。
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