四章 エルフの罪(6)
燃え盛る炎の熱気がゆらゆらと揺らめく中、ディノンは獣人の男と激しい打ち合いを繰り広げていた。急所を狙った本気の斬り合いをする二人は、しかし、かすかに笑みを浮かべていた。
特に男の笑みは深い。なにを考えているのか、ディノンの刃が身体をかすり、鮮血が散るたびに彼の笑みは深くなっていった。
「狂ってんな、あんた」
間合いを取ってひとつ息をついたところで、ディノンは苦笑気味に言った。男は鼻を鳴らす。
「お前もたいがいだ。普通、俺みたいな狂人を前にしたら恐れるものだが、お前は恐れるどころか俺の狂気を己の剣技で凌駕しようとしてくる。あの女以外に、俺とここまで打ち合える奴ははじめてだ」
「あの女?」
怪訝そうにたずねたディノンだが、男は答えなかった。大太刀を構え直し、再び斬りかかろうとした矢先、あちこちから甲高い笛の音が響いた。それを聞いて男は舌打ちして苦々しげに息をついた。
「いいところで……」
男は構えを解き、背負っていた鞘に大太刀をおさめた。
「なんだ?」
「勝負はお預けだ。どうやら終わったらしい」
「終わった? おい、まさか」
ディノンは神殿のほうを振り返った。戦いに夢中で気づかなかったが、いつのまにか門前から離れた場所にディノンたちはいた。
「悪いが俺も引き上げさせてもらう」
「逃がすわけねぇだろ」
太刀を構えた瞬間、首すじに悪寒が走って、ディノンはとっさに身をひねった。振り上げた太刀の刃が背後から斬りかかった娘の武器をはじいた。横に飛び跳ねて、娘を認めて目を見開いた。
十七、八くらいのその娘には見覚えがあった。しかし、紫の髪、湾曲した角、細長い尻尾、赤褐色の肌、赤と緑のオッドアイをした彼女は、どう見ても魔族だった。
「お前……」
魔族娘は不審そうに眉を寄せた。
「会ったことあったかしら?」
「ソルリアムで下っ端どもを倒したガキだ」
「は?」
男の言に魔族娘はさらに不審そうにする。
「ちょっと見ない間に、ずいぶん大きくなったのね。もしかして、人間族ってみんな成長が速いのかしら」
「なにか事情があるらしい」
「そう。どうでもいいわ。それより引き上げるわよ。例のものは手に入ったみたいだから」
「おい、待て!」
叫ぶディノンに、魔族娘は顔をしかめる。ちらっと視線を向けながら左手に持った錐状の短剣を払った。瞬間、短剣の切っ先から光の矢が放たれた。
空を貫いた光の矢は、しかし、ディノンの太刀で斬り裂かれた。それを見て魔族娘は軽く目を細めた。さらに連続で四発、光の矢を放つが、ディノンは後退しながら三矢を避け、最後の一矢を剣で斬り払った。
「なにあれ。私の魔法を斬った?」
男は軽く笑った。
「あいつを甘く見んことだ。噛みつこうとした瞬間、逆に横から引っかかれるぞ」
魔族娘の顔に狂気じみた笑みが浮かんだ。
「面白いじゃない。ちょっとだけ興味がわいたわ」
「気持ちは分かるが、いまは引くぞ。これ以上はこちらにも被害が出る」
男に首根っこを掴まれた魔族娘は、そのまま担がれた。
「ちょ、なにするのよ、下ろして!」
男は彼女の声を無視して、ディノンのほうを向いた。顔を覆っていたフードを背に下ろした。現れたのは無骨な男の顔と灰色の髪、そして狼の耳。
「俺は、もと犬人氏族師将軍リバルという」
ディノンは怪訝そうにリバルと名乗った狼人の男を見た。
「お前の名は?」
たずねようとしたところで殺気があった。リバルが振り返ると炎の中からウリが現れ、構えた槍斧で斬りかかった。リバルが躱すと、ウリは続けざまに槍斧を横に払った。後ろに飛んで避けたリバルを認めて、ウリは目を見開いた。
「あ、あなたは……」
「どうやらのんびりしすぎたようだ」
言いながら彼は後退する。待て、と追おうとしたところで燃えていた建物が崩れてそれを遮った。炎の向こうで、リバルはこちらに背を向けて去っていった。
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