四章 エルフの罪(5)

 神殿に侵入した女は、物陰から現れる伏兵を斬り伏せながら奥へ進んだ。やがて開けた場所に出た。そこに十五人ほどの衛兵と一人の貴人が待ち構えていた。


 弓矢を構えた衛兵は、貴人の命令でいっせいに矢を放ったが、女はそれを躱して一気に衛兵たちに詰め寄った。剣を構える前に二人を倒し、浮足立った残りを一気に制圧した。


 最後に残った貴人は、中央に突き出た岩の前に立ち女を睨んだ。


「そこを、どいていただけますか?」


 凛とした声に、レンデインは手にさげた剣を取った。


「あなたを傷つけたくありません。勝てないと、分かっておいででしょう?」

「分かっていても、これは守らねばならぬ。祖先の恥を、また世に放つわけにはいかない。そなたらこそ分かっているのか? これが解き放たれれば、どれだけの災禍が地上に降りかかるか……」


 女はため息をついた。


「勘違いされているようですが、私たちはこの地に眠る神には興味はありません。むしろ、そんなものと関わりたくはない。あなたがおっしゃった通り、それは人の手には余る災いですから」

「では、なにが……」


 と、言いかけてレンデインは軽く息を呑んだ。肩越しに岩に突き刺さった剣を見た。


「そう。私たちが欲しいのは霊剣です。といっても、少しの間、お借りするだけですが。剣を抜いたからといって、すぐに封印が解かれるわけではないようですから」

「そなた、なぜそこまで知っている?」


 その質問に女は答えず、口を引き結んだ次の瞬間、レンデインの懐に入った。意表を突かれたレンデインは、とっさに剣を構えるが、彼女の剣で床に叩き落とされ、間髪入れずに柄頭でみぞおちを殴られた。


 薄れる意識の中、一瞬だけ見えた彼女の顔。堪えるような表情を見て、レンデインは目を細める。


 目的はなんだ……。という疑問は、意識とともに消えていった。


 気絶したレンデインの身体を抱きとめた女は、丁寧な手つきでその場に寝かせた。


「……ごめんさない」


 震えた声で言って彼女は岩を見た。頂に突き刺さった細身の剣――霊剣に近づき、その柄を両手で握った。


 とたん、岩のはるか地下から凶悪な気配が這い上がった。それに一瞬だけ気圧された女は、しかし、歯を噛みしめ柄を握る手に力を込めた。引き抜こうとするも、なにかが抗った。


「お願い。私に力を貸して……」


 呟いたとたん、抵抗が薄れた。女はその一瞬で霊剣を岩から引き抜いてしまった。


 女は深く息を吐いた。霊剣に封じられていた岩――眈鬼は、しかし、その刃から解放されても特に変化はなかった。女は引き抜いた霊剣を布で包み、左手に持って踵を返した。


 神殿を出ると入り口の正面で魔族娘とエルフ娘が戦っていた。女はエルフ娘――シェリアに突進して右手に持った剣を振るった。驚いたシェリアは彼女の剣を受け、後ろに飛んで間合いを取った。


 シェリアは女が左手に持っている細長い包みを見て目をむいた。


「そ、それ、まさか」


 女が視線を交わすと、魔族娘は軽く頷き短剣をシェリアに突きつけた。次の瞬間、錐状の切っ先から光がはじけ、眩い閃光がシェリアの目をくらませた。


 光が止むと、二人はその場から消えていた。階段を見下ろしてもその姿を確認することはできない。


 絶望する中、シェリアは父のことを思い出した。ディノンの話では封印を守っていたようだが。


 シェリアは街のほうに一瞥をくれ、神殿の中に入った。最奥の広間で倒れている衛兵と父の姿を認めて愕然とする。


「父上!」

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