処刑まで、あと5日
「お疲れですか」
アーサーの声で、オスカーは目を覚ます。
「出直しましょうか?」
「構わん。俺も頼みたいことがある」
師匠を気遣うアーサーだったが、オスカーは、ゆっくりと重い体を起こすと、いつものように壁に身を預けた。
「転移魔法で逃げ出しても良いと思いますよ。貴方なら、この程度の拘束、容易に抜け出せるでしょう」
「混乱を招くだろう。得策じゃない」
「では、貴方が大人しく拘束され、黙って死ぬことが得策だと?」
「こうなることも予想していた。勝つことだけ考えていたわけじゃない」
昨日とは異なる『会話』に、アーサーは、この先の未来が確定したことを察した。
「……本当に、死ぬんですね」
アーサーの言葉に、オスカーは頷く。
「人は簡単には変われない。最大の過ちを犯す前に、この舞台から退場するつもりだ」
「ならば、貴方の教えを受けた私も同類。簡単には変われません。連れて行ってください」
「お前は若い。それに未熟だ。俺の洗脳魔法を上回る力を手に入れてから物を言え」
言い返すことができず、黙り込むアーサー。その黄色の瞳が揺らいでいるのを見て、オスカーは話す。
「お前が俺と同類なら、俺の夢をお前が叶えてくれ」
「人間を滅ぼすことですか?」
「おい、過ちを繰り返すな。お前のやり方で、世界を平和に導いてくれよ」
「私のやり方で……」
「そうだ。そのために、お前に魔術を、レオに剣術を、俺は教えたんだ」
師匠の言葉が意味することを察したのか、目を大きく見開くと、
「まさか、始めから我々に託していたと?」
鉄格子に手をかけて、前のめりで問う。それに対し、オスカーは微動だにせずに答える。
「言っただろう。勝つことだけ考えていたわけじゃない。俺の考えは古い。受け入れられないことくらい、わかっていたさ」
「わかっていたのなら、何故、こんなことを」
「それが正しい、と思ったからじゃないか? 争いとは、そうやって起こるものだ。それに」
失った右手を愛おしそうに見つめ、にっこりと笑うと、オスカーは優しい声で話す。
「レオの成長を感じられたことは、大きな収穫だと思わないか?」
弟弟子の成長を喜ぶ師匠に、アーサーは複雑な思いを抱く。「そうですね」と笑えるほどに、アーサーの心の傷は癒えていなかった。ただ、モヤモヤとした感情が胸を締め付ける。
「予想が確信に変わった。お前たちは、互いに間違いを正すことができる。二人なら、きっと俺の夢を叶えられる。俺がいなくても、大丈夫だろう」
アーサーの手が、鉄格子から外れる。ふるふると身を震わせる表情は、レオとよく似ていた。「やはり似た物同士だな」とオスカーは笑う。
「貴方は、どんな未来を見ているんですか」
泣きそうな声で、アーサーは問う。酷く震えている彼に、オスカーは答えようとするが
「……また、明日な」
ゆっくり目を閉ざし、どさりと体を倒した。
「先生!?」
アーサーの呼びかけに、オスカーは何か答えることはなかった。よく見ると、じわりと右腕の傷が赤く染まっている。どうやら、回復魔法が甘かったらしい。それもそのはず。ここの医者はオスカーを『魔王』として見ている。例え勇者であるレオの頼みとはいえ、魔王を完全に回復させる義理はない。
「先生……」
目の前にいるのに、何かしてあげられることはない。そんなやるせなさに、アーサーは奥歯をギリッと噛み締めた。握った拳に、赤い雫が、一つ垂れる。
アーサーの美しい黄色の瞳が、濁り始める。その様子をオスカーが知ることはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます