第2話 スノウドロップ・イヤーワン①

 内戦は6年後だが、その間はずっと平和なままというわけではない。

 ファンタジー小説〈光の継承者〉は全9巻の大長編だ。内戦以前にも様々な事件や悲劇が起きる。

 その全てを未然に阻止するか、被害を最小限に抑えなければならない。

計画を話し合う中で、スノウドロップとフェイトブレーカーはそれぞれ別行動するほうが望ましいと結論付けた。

 

「私は転生能力だけで、戦闘力はないわ。戦いは全てあなたにお願いする事になる」

「構わないわ」

「そう言ってもらえると救われるわ。それ以外は私も頑張るわ」


 戦いはスノウドロップが引き受け、フェイトブレーカーは戦い以外の方法で運命を変える事にした。


「私は首都ロンドンに行くわ。内戦はロベリアが雇った暗殺者が国王を殺した事で発生するけど、根本的な原因は王位継承を争う双子の王子の対立にある。どうにかして二人を和解させる」

 

 フェイトブレーカーが出立した後、スノウドロップはすぐに準備に取り掛かった。

 スノウドロップは体を鍛えなければならない。

 いくら前世のスーパーパワーを引き継いでいるとは言え、体はなんの訓練も受けていない11歳の少女にすぎないのだ。

 

 スノウドロップは自分の髪に触れる。


(少し、髪が邪魔ね)

 

 この世界に生まれてからずっと伸ばし続けていた髪はかなり長くなっている。

 長い髪は危険だ。至近距離での戦いで相手に掴まれてしまうかもしれない。

 スノウドロップは前世から引き継いだスーパーパワーでナイフを生成し、迷いなく自分の髪をバッサリと切り落とした。

 

 ●


 グレートブリテン島でアーサー王が興した円卓王国は、今はシルバーソード家が統治している。

 シルバーソード家の祖先はアーサー王に仕えた円卓の騎士の一人、ベディヴィアだ。

 ベディヴィアはアーサー王の死を看取った騎士であり、王からエクスカリバーを泉の乙女に返還するよう命じた。

 ベティヴィアはエクスカリバーの返還を二度ためらったが、三度目で王の命令を果たした。

 この時、泉の乙女はベディヴィアにこう言った。


「アーサー王のような偉大な人物が再び生まれた時、私はその者の前に現れ、エクスカリバーの継承にふさわしいか見定めます」


 この言葉を聞いたベディヴィアはエクスカリバーの継承者が現れるまで、代理の王として円卓王国を守る事を決意した。

 しかし彼が存命する間に継承者は現れなかった。

 その後、ベディヴィアの子孫達が代理王としてこの国を統治していたが、何百年経っても後継者は現れないまま現在に至る。

 

 シルバーソード家の三男に生まれたランディールはクルーシブル家の令嬢、マリアと婚約している。

 政略結婚だった。ランディールにとっては大人の都合に振り回された形ではあったが、特に不満はなかった。むしろこの縁に感謝している。

 ランディールはマリアに恋をしていた。

 王子であるランディールは子供のうちから大人になる必要があった。だが、温かな包容力を持つマリアと二人きりでいると心が安らぐ。

 厳しい王子教育の数々も、マリアに釣り合う人間になるためだと思えば耐えられた。


 この日、ランディールはクルーシブル家を訪問していた。もちろんマリアと会うためだ。彼女との茶会は今のランディールにとって生きがいだ。

 首都ロンドンからクルーシブル家があるダーリントンまでは、魔力機関鉄道を使っても数時間はかかる。それでもランディールにとっては全く苦ではなかった。


「先日、魔力工学研究所を見学させてもらったが、どの研究もすばらしかった」

「まあ」


 ランディールは目を輝かせながら見聞きしたものをマリアに語っていた。

 今日は天気が良く、暖かな陽気だったので二人は庭園の東屋で茶会をしていた。


「魔力工学革命をもたらしたエヴァンス夫人は本当にすごい。魔法に頼らずとも豊かな生活が成り立つのなら、魔法が使えない無属性魔力の人々だって社会に認められるだろう」


 その時、ニコニコと微笑みながら話を聞いていたマリアが急に真剣な表情をする。


「どうしたんだい?」

「ランディール様は無属性魔力を持つ者を差別しない信じてよろしいでしょうか」


 ランディールの体に緊張が走る。こういう事は王子という仕事をやっているとたまにある。間違った振る舞いが決して許されない瞬間だ。

 もしここで、少しでも思慮に欠けた返答をすれば、おそらくマリアの信頼を永遠に損なう事だろうと直感的に悟った。


 紀元前2万年ほど前、この星の歴史は劇的に変わった。それまで石器で生活していた人類に代わり、魔法を使う新人類が現れたのだ。

 新人類は炎や雷の魔法で氷河期の寒さや外敵から身を守り、土や水の魔法で作物を育てた。そうやって人々は安定した生活を手に入れた。

 それゆえに魔力を持ちながら魔法が使えない無属性の人々は、社会の発展に何ら貢献しない役立たずとして蔑まれてきた。

 無論、人間の価値が魔法の良し悪しのみで判断すべきでないと考える者達もいるが、あくまで少数派にすぎない。


「もちろんだ。神と建国の祖アーサー王に誓って、僕は無属性魔力を持つ者を差別しない」


 この誓いは口約束では決して済まされない。ランディールはそれを承知で誓った。命と引き換えにしてでも守るつもりでした。それが出来ない男はマリアの夫にふさわしくないと理解している。


「ランディール様がその言葉を口にすると信じていました」


 マリアの信頼を勝ち取れた事実にランディールはささやかな達成感を得る。


「少し、散歩をしませんか? 二人きりで」


 ランディールは周囲の者達を下がらせるよう命じた。だが世話係はともかく、護衛は承服しかねる様子だった。


「10分だけだ」

「かしこまりました」


 クルーシブル家の敷地は広大で、邸宅の裏側には小さな森がある。

 森に入って少しすると、小さな離れが見えた。


「あれは先々代のクルーシブル卿が作らせた離れです。今は妹のロベリアが暮らしています」

「クルーシブル卿からは娘は君だけと聞いているけど」

「ロベリアの魔力は無属性なのです」


 ランディールは大方を察した。クルーシブル家に無属性の者がいるとシルバーソード家に知られたら、マリアの婚約が取り消されると恐れたのだろう。


「私は魔力が無属性だからといって、あの子を無視できません。いえ、したくはないのです」

「妹を愛しているんだね」

「はい。血を分けた姉妹ですもの」


 マリアは離れの玄関をドアノッカーで叩く。

 少しして扉が開くと、マリアとよく似た少女が現れた。


「ロ、ロベリア!? その髪、ど、どうしたの!?」


 ランディールはマリアが狼狽するのを初めて見た。


「邪魔になるので切りました」


 ロベリアは無感情に答えた。

 

「邪魔って……女の命を自分から捨ててしまうなんて」


 貴族にとって女性の髪は長いのが好ましいとされる。断髪は社会的な自殺に等しい。

 ロベリアはランディールの姿を見て、上品なお辞儀をする。


「お初にお目にかかります。ロベリア・クルーシブルです」

「君はこれからどうするつもりだ?」

「いつ見捨てられても良いように、いろいろと準備をしようと思います」

「見捨てないわ」


 マリアが断言する。


「私は決してあなたを見捨てない。必ず幸せにしてみせる」

「ありがとうお姉様。その言葉だけでも十分報われました」


 ランディールはポケットから取り出した懐中時計を見る。護衛と約束した時間が終わろうとしていた。

 

「そろそろ戻ろう」

 

 早くしなければ護衛がランディール達を探し出し、ロベリアを見つけてしまうかもしれない。そうなれば望ましくない事態になるだろう。

 戻る時、マリアは心配そうに何度も振り返っていた。


「マリア、君の妹は僕にとっても妹だ。いつか必ずロベリアが幸せになれるよう一緒に頑張ろう」

「はい、ありがとうございます、ランディール様」


 ランディールはマリアとの絆がより一層深まるのを感じた。子供の恋愛のような幼稚な繋がりではない。果たすべき使命を共に胸に宿した高潔な連帯感がそこにあった。

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