第33話 妖刀……いや、陽刀

この裏庭内に於いての状況は、少々変化していた。


まず、2匹の猫と1匹のドラゴン……これは以前より変わっていない。

では大きく変わった部分は何かと言うと、1人の侍……ミヤモトの存在である。

彼はゴンさんから刀を受け取った後もここに残り、俺たちの話に耳を傾けた。


「──なるほど」


ミヤモトは深くうなづくと、腰に携えてある刀を撫でる。

俺の話に終幕が下ろされた後、彼の最初の反応はそれだった。


「──実に、悲しい話だ」


その次に彼は天を仰ぎ見て、一呼吸置く。

……いや、二呼吸……いや、三呼吸……?


気まずい空気が漂う。


何かこの、返答のないミヤモトに対して突っ込んではいけないような。

でもしかしながら、ミヤモトはミヤモトで、突っ込んで欲しそうな。


そんなどっちつかずな空気感が、この場を支配していたのだが……。


「ワリィなボウズっ!」


どこからともなく、聞こえた声。

甲高くて、どこぞの目玉の親父みたいな声。


「ミヤモトはなっ! 『うわっ! 裏切られたっ!』みたいな事が、タイムリーな話題過ぎて参っちまってるんだっ!」


どこか。

遠くはなくて、近くはないところで、ソレは話している。

そう、ちょうどミヤモトの居る辺りで──


「──まさか」


「おうっ! ようやくちゃーんと目が合ったやないかい!」


俺が視線を合わせたのは、ミヤモトが腰に携えている刀。

彼の2本の刀の、外側にある禍々しい方。

正直なところ信じたくはないのだが、現実は残酷である。


その刀は俺に、元気な挨拶を交わす。


「──ほな自己紹介や! ワイは妖刀村正っ! 仲間からはムーちゃんとか、ムラっちとか呼ばれとる! よろしくなっ!」


「……モルトです。普段は人間ですけど、今は古代魔法で猫になって、……ます。……よろしくお願いします」


「……わっ、私はアイリス。元、人間です……以上っ!」


「おけおけっ! モルトとアイリスやなっ! 普段は敵同士やとは思うけど、今日は関係ないっ!」


「よっ、妖刀とは思えないほどに清々しい……」


眩しいっ。

妖刀ってみんな陽キャなのか?

それともコイツが特別なのか?


どちらにせよ、俺からはかけ離れた人種だ。


「なんか、イメージと全然違う」


「……そうね」


アイリスも俺の呟きに同調する。

彼女は村正に対して、落胆と興味の入り混じった視線を注いでいる。


「てかっ! モルトの話、聞かせてもらったで! しかもワイの得意分野ときたっ! ってことやからミヤモトっ!」


とにかく村正は会話の主導権を握る。


「この質問はワイが答えるっ! ええよな!?」


「──好きにしろ」


「よっしゃあ! 腕が鳴るでぇ!」


こうして瞬く間に、相談相手が二転三転して行く。


……もう一本の刀まで、喋り始めたりしないよな?

それで2人で漫才とか始めたり、しないよな?


俺はミヤモトが現れた時とは異なる種類の恐怖を抱くこととなった。


「……こほん。とまぁ、気を取り直して、……ズバリ言うで?」


「……お願いします」


村正の声色に真面目さが加わる。

すると俺もアイリスも不思議と、背中を正して聞き耳をピョコンと立てる。

その後、彼は同じ声色で続けるのだった。


「その喧嘩の正体は、コミュニケーション不足やな」


「……おぉ、マトモだ」


「アホ、ワイはいつでもマトモや。……でまぁ、お嬢さんの方が特に深刻やなぁ。おそらく、碌に親父さんと話しておらんのやろう」


「そう……ですね。おそらく」


俺がミヤモトに話した内容は、確信的な部分を隠した曖昧なモノであったのだが、村正はたったそれだけの内容から、いとも容易く原因を探り当ててしまった。


「じゃあ、どうしたらいいの?」


アイリスは前のめりに尋ねた。

彼女の尻尾はフリフリと、可愛く揺れている。

そして村正は言葉に詰まる事なく、サラリと返答するのだった。


「極論な、話をすればいいんやけど、そういうわけにもいかん」


そう発言する彼の言葉尻にはまだ、希望があった。

案の定、彼は続けた。


「──せやから、ワイはいつも『……みんなワイみたいになってから、喧嘩相手の本音を聞き出したらええねんけどなぁ』って思っとるよ」


「……? つまりどういう事?」


「本音を盗み聞き大作戦や」


「……全く分からないわ」


「そうか? でも、モルトは分かってくれてそうやけどなぁ?」


「──まぁ、言いたい事は分かりました」


つまりは置物になれってことだろ?

そうすれば本人の口から、建前を全て取っ払った本音が聞ける。

コミュニケーションの基本は、その本音を言い合う所から始めるべきだからな。


「な? ええ作戦やろ?」


「えぇ、そう思います。ですが、どうしたらいいかの具体的な作戦は、……まだ」


「そんなんは自分で考えんかいっ! ワイに頼ってばっかりやとっ! ミヤモトみたいになってまうでっ!」


「──どういう意味だ?」


「あっ! ウソウソっ! 前言撤回しますからっ!」


「──素振り」


「いゃゃゃゃぁああ! それだけはっ! それだけはぁぁぁぁっっっ!」


「──帰るか」


などというやり取りを眺めながら、俺は1つの思索に励む。


それはクインの心情について。

彼女の境遇はどこか、生前の俺に似ているような気がするのだ。

そしてそれが今、危うい状況下に置かれているような、そんな気もする。


差し伸べられる手のひら、それを振り払う自分。

何者にも寄りかからず、満身創痍でも前へと歩く姿。

癌細胞のように増える自己嫌悪、宇宙のように広がる被害妄想。




それらの行き着く先を、俺は知っている──




「──ルトっ! モルトっ!」


「……ん? ……あぁ」


気がつけば、ミヤモトもゴンさんもいなくなっていた。

先程までは喧しかったこの裏庭も、今では風の音すら聞こえるようになっている。


そんな中、アイリスは俺の頬っぺたをプニプニしてて……ん?


あれ?


「──あれ?」


「なに? どうしたの?」


アイリスは首を傾げる。

彼女の格好は裸……四足歩行……いや、2本の足と、2本の腕。


「──とりあえず、これ着な」


俺は上着を脱いで、アイリスに手渡した。

上だけでは心許ないかもしれないが、案外、俺と彼女との身長差でなんとかなるもんだ。


がしかし、アイリスは未だに首を傾げる。


「なんで急に服なんか……。……ふ、く?」


あっ……気づいた。

アイリスの顔は、みるみる赤く染まっていく。


「──もぅ……みないで。てか、それも履かせて……」


彼女はそう言いながら、俺のズボンまでもを奪い去ろうとしていた。

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