第32話 まさかの相談相手

太陽は再び顔を出して、クインにとっては皮肉なくらいに清々しい朝を提供する。

俺とアイリスの古代魔法が解けるまであと数時間というところ……。

俺たちは2人で、のらりくらりと街中を散歩していた。


「あの様子だと、放って置いたら事態は悪化するだろうね。……あれ、普通の親子喧嘩を超越してる」


「でも、あんなに怒る?」


「……まぁ、やった事が事だから」


「ふーん」


そうやって話しつつも、俺たちの四つ足はトコトコ進む。

そして、カケダーシの街の噴水前。

昼になれば繁盛するだろうが、今の人通りは少ない。


アイリスは噴水の縁にチョコンと座り、首を傾げる。


「やっぱり、強硬手段しかないんじゃない?」


「たとえば?」


「クインを王様の前まで引っ張って行く……とか?」


「修羅場だな」


「……むー」


アイリスは黙りこくってしまった。

すると忽ち静まり返るこの空間。

噴水から湧き出る水の音が、悠々と闊歩してゆく。


そんな中、水音を切り裂いたのは他でもない、俺だった。


「こういうのは、人生経験が豊富な人に尋ねればいい。ほら、ピッタリな人がこの街にはいるだろ?」


「……誰よ」


「会ってみれば分かる」


俺はそう言った後、アイリスに背を向けて歩き出す。

それを見た彼女も慌ててピョコンと噴水の縁から降りて、訝しげに俺の背中を追った。







「──なるほど、それで我に用があったのか」


そう納得するようにポンと膝?を叩くのはゴンさん……ドラゴンのゴンさん。

ほら、ダンジョンに囚われてて、一緒にキング・オブ・ヘヴィを倒したゴンさん。

そんな彼は胡座をかいて、武器屋の裏庭にて、俺達の話を聞いてくれている。


「はい。ゴンさんなら、人生経験も豊富でしょうし」


「……我、ほとんどダンジョンに居ただけだが、いいのか?」


……ピンク色のエプロンは、彼の黄色の体にミスマッチだ。

でも、武器屋の制服らしく、外すこともできないんだとか。


「それでも、冒険者をやっていたとお聞きしたので」


「──いやぁ、それでも1000年も前の話だ。……今とは比べられんだろう」


ゴンさんの返事は歯切れの悪いものだった。

しかし、俺やアイリス、ましてはフロンさんよりも長生きしているはずなのだ。

藁にもすがる……と言ったら失礼なのだが、そう言うような気持ちである。


「……それでもっ! ……どうかっ!」


「もう、諦めましょ。……ゴンさん、困ってるわよ」


「いやっ! まだっ!」


なんて食い下がっても、結果は見えていた。

ゴンさんは項垂れるような口ぶりで、俺にトドメを刺す。


「……力になれなくてすまない。……武器の話なら、大歓迎だ」


こう言われちゃあ、もう終わりだ。

俺はこうして流れうねる大河に、飲み込まれるのであった。


「……いえ、こちらこそ突然すみませ──」


カコッ、カコッ、カコッ……


その足音は、妙にハッキリと聞こえた。

俺の背後からだ。つまり、武器屋の横の路地を抜けて、この裏庭に誰かが入ってきたという事になる。


アイリスの瞳はギラついていた。

獲物を見るような、それでいて、何か恐れをなしているような瞳だった。


「……突然入り込んですまない。……先日注文した、刀を受け取りに──」


「──ミヤモトっ!?」


この言葉は俺かアイリスか、どちらかが吐いた言葉。

混乱すぎてもはや、単純な事すらも難解に思えてくる。


「くそっ! なんで今なのよっ!」


あぁ、これはアイリスの言葉だ。

彼女は自身の体を呪うように見つめて、足を震わせている。

……でもそれは、俺も同様だった。


「モルトっ! 逃げましょ! 流石に負けるわっ!」


「いや、アイリス落ち着け。アイツはまだ、俺たちの姿をしら──」


グルン……ミヤモトの瞳は、俺の姿をしっかりと捉えた。

たかが猫一匹に、大袈裟なくらいの正確性で……いや、まさかな。


「──ん? ……あぁ。……久方ぶりの再会だな」


腕を組むミヤモトからの、絶望的な一言。

この姿で、魔王軍幹部とやりあえるほど、俺たちに強さはない。


「……うそっ……だよな?」


「……残念ながら、現実よ」


「ははっ」


乾いた笑いは、自然に出た。

そして、目の前が真っ暗になるこの感覚は、中々に久しぶりだった。




「あっ! ミヤモトさん! お待ちしてましたよっ!」


……?


ゴンさんは接客をするような発言と共に、ミヤモトの前へノシノシと歩き、笑顔で対応する。

ミヤモトもミヤモトで、腰に挿している刀を抜こうともしない。


「──刀は」


「えぇもちろん! 寧ろ刀の方から『ミヤモトはマダカ?』って煩いくらいですよっ!」


「──ふふっ、愛いやつめ」


「ではっ、お持ち致しますので少々お待ちくださいっ!」


……?


事もあろうか、ゴンさんは俺たちとミヤモトを残して、武器屋の裏に入って行ってしまった。

だが、こんな絶好のタイミングになっても、ミヤモトは襲ってくるどころか、寧ろ穏やかな雰囲気を纏っている。


「今日は、いい天気だな」


また、ミヤモトと目が合った。

アイツの威圧感に体が一歩引けたが、それでもなぜか、それ以上の恐怖を感じなかった。


「──あぁ、怖がる必要はない。俺は今日、オフだから」


「「へっ? オフ?」」


頓狂な声と、反応。

これらは俺とアイリスから、同時に発せられた。


なんだよ、魔王軍のオフって。

あんな殺伐とした雰囲気の職場のくせして、案外ホワイト企業なのか?


「先程の会話を聞いた限り……何か、相談事があるのだろう?」


さらにさらに、予想外の発言。

「この人、猫語が分かるのか?」などという疑問よりも先走る、「空気読んで入って来なかったのかよ……」という感心。


などと、心の中は乱される。


そんな間にも、ミヤモト側では時間は進んでいる。

彼は恥ずかしそうに俯き、ボソッと呟いた。


「──俺でよければだが、相談に、乗るぞ?」


「……いいやつかよ」


正直、そう言うのが精一杯だった。

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