妖怪のラーメン屋さんにいらっしゃい ~どん底女子と妖店主のときめき同居~

無月弟(無月蒼)

第1話 どん底の私と、妖怪のラーメン屋さん

 寒い……寒い……。


 雪のちらつく冬の、夜の町。

 指先がかじかんで、感覚がなくなるくらい冷えてしまっているけど、同じくらい冷たくなっているのが私の心。


 高村サオリ、24歳。ただいま人生のどん底にいます。

 何があったかっていうと、ちょっと前に彼氏にフラれて、追い討ちを掛けるように本日無職になったのです。


 あー、もう! 思い出しただけでもム・カ・つ・く!

 くる日もくる日も、度を越した残業に休日出勤。

 少しは休みたいと言おうものなら上司から


「甘ったれたこと言ってるとクビにするぞ! お前の代わりなんていくらでもいるんだからな!」


 なんて言われる始末。

 令和の今、こんなハラスメントが許されていいのか!?

 けど逆らうこともできずに。そうしていると先日、彼氏の浮気が発覚。

 問い詰めたところ彼は悪びれる様子もなく


「お前が人のことほったらかして仕事ばっかしてたからだろ。話すことなんてもうねーよ」


 だって。

 ほんと、今思い出しても怒りが……グスン。

 うぇ~ん。怒りより先に涙が出てくるよー!


 そして今日会社に行ったら、さらにとんでもない事態が。

 なんとうちの会社、昨日付けで倒産していて、わずかに残っていたお金は社長が持ってトンズラしたんだとか。

 ちょっとー、私今月のお給料もらってないんですけどー!


 うう~、こんなんで明日から、どうやって生活していけばいいの?

 貯金もほとんど残ってないし、次の仕事も簡単に見つかるとは思えない。

 節約のために今日はお昼は抜いたけど、身も心もボロボロの状態でこれはキツかったかも。

 お、お腹すいた~。


 足がふらふらして電柱にもたれかかるも、行き交う人はそんな私のことなんて気にも止めてない。

 しょうがないか。赤の他人が何をしてようが、知ったこっちゃないってことね……あれ?


 電柱に寄りかかってる私の鼻が、漂ってくるいい香りをキャッチした。

 これは……ラーメンの匂いだ。


 とてもいい匂い。

 ラーメンかあ。今夜はすごく寒いけど、だからこそ食べたくなる。

 そうでなくても、今日はお昼を抜いているんだもの。食欲が刺激されて、お腹がぐ~っと鳴る。


 あう~、盛大に音を立てて恥ずかしい。

 誰も私のことなんて気にしてなくて良かったー。


 そして、それよりもラーメンだ。

 どうやら香りは、一件のお店から漂ってきているようで。

 いつも通勤時に通ってる道のはずなのに、こんな所にラーメン屋があるなんてあったっけ?


 ああ、すごくいい匂い。食べたい!

 けど、無職になって貯金も少ない今、外食なんてしてる余裕はない。

 ここはぐっと我慢して通りすぎて……ああ、ダメだー!

 ラーメンの香りに、体が吸い寄せられていくー!


 そして気づけば私は、ラーメン屋の扉に手をかけていた。

 ううっ、いいもんいいもん。これは沈んだ気持ちを切り替えるために必要なこと。

 今日だけはしっかり食べてやるもん! 決定ー!


 引き戸を開くと、さっきとは比べものにならないくらいの香りが、ぶわっと広がってくる。

 店の小ぢんまりしていて、カウンター席が五つと4人くらいがかけれるテーブルが2つあるだけの、広くはない作り。


 けどお客さんはいっぱいで、空いているのはカウンター席が一つだけ。

 とりあえずそこに座ってみると、すぐに水が出された。


「いらっしゃい。ご注文は何にしましょう?」


 カウンターの奥からそう言ってきたのは……うわぁ、イケメンさーん。

 私と同い年くらいかな。黒髪で背が高く、キリッとした顔立ちの男の人。

 え、この人本当にラーメン屋さん? モデルさんじゃなくて?


「……お客さん、ご注文は?」

「ふえ? あ、ええと、ラーメンを一つ」

「あいよ。ラーメン一丁!」


 復唱する声はイケボ。

 ああ、こんなお店があるって知ってたらもっと早く、無職になる前に来てればよかったなー。

 それからほどなくしてラーメンが出されたけど……お、美味しそうー!


 鼻腔をくすぐる強めの香りは豚骨スープ。

 どんぶりに触れると、かじかんでいた手がじわじわ温かくなっていく。

 ふふ、暖かい。


 レンゲでスープをすくって飲んでみると……なにこれ、こんな美味しいスープ、今まで食べたことない!


 そして麺は、細いちぢれ麺。

 私は猫舌だからふーふー息を吹き掛け、冷ましてから口に運ぶ。

 美味しい、美味しいよー!


 夢中になって麺をすすって、スープを飲んでいく。

 来てよかったー。お財布にはダメージ大きいかもしれないけど、こんなに美味しいラーメンが食べられたのなら、悔いはないよ。


 そして私がラーメンを食べている間、テーブル席の客が出て行ったかと思うとすぐに次が入ってくる。


「大将、ラーメンとチャーハン!」

「こっちは餃子セットで」

「あいよ!」


 さっきのイケメンさんが注文を受けてる。

 大将って言われてるけど、と言うことはあの人が店主さん?

 若いのにすごいなあ。


 ラーメンをすすりながら感心してたけど、ここであることに気がつく。


 あれ?

 注文取るのも奥で料理を作るのもお会計も、全部あのイケメン店主さんが一人でやってるじゃない。

 他に人いないのかなあ? 一人で回すのは、すごく大変そう。

 ブラック企業に勤めていて過酷な労働を強いられていた身としては、気になっちゃう。

 まあだからって、何ができるってわけでもないんだけどね。


 そうして私はどんどんラーメンを食べ進め、スープの一滴も残さずたいらげた。

 あー、美味しかったー。お腹いっぱい……にはちょっと遠いけど、さすがにこれ以上はお財布に厳しいかな。


「すみません、お会計お願いしまーす」


 伝票をもってレジに行くと、対応したのはやっぱりあの店主さん。

 値段は700円で、お財布をダイエットさせちゃったけど、しょうがない。


 私は「ご馳走さまです」って言って、店を後にしようとしたけど……。


「え、あれ?」


 なんで?

 どういうわけか、入ってきたときは確かに開いた、引き戸が開かないの。


 おかしいなあ。立て付けが悪いのかなあ?

 ガタガタ引こうとしていたけど、それに気づいた店主さんがやってくる。


「お客さん、どうしました……あっ!」


 どうしたんだろう?

 店主さん、私を見て目を丸くしたかと思うと、気まずそうに口を開いた。


「おい。アンタもしかして人間か?」

「え? まあ、そうですけど」


 と言うか、人間じゃなかったら何だって言うんだろう?

 だけどその瞬間、店にいた他のお客さんたちも、ザワザワと騒ぎだした。


「おいおい、人間が迷い込んでたのかよ」

「まずいねえ。あの子、ラーメン食べちゃったんじゃないの?」

「あちゃー、大将やっちまったな」


 え、え?

 みんないったい何を言っているんだろう?

 すると店主さんがため息をつきながら、私をじっと見つめてくる。


 な、なんだろう? キレイな顔でそんなに見られると、照れちゃうんだけど……。


「……あんた、やってくれたな。いや、スマン。気づけなかったオレが悪いのか。まずは落ち着いてオレのことを、よーく見ろ」

「え? え?」


 どうしよう、何を言っているのか全然分からない。

 て言うか私を凝視してるイケメンさんを落ち着いて見つめ返すなんて、ハードルが高いんですけど。


 すると彼、何を思ったのか不意にパンッと柏手を打った。

 きゃっ! いきなりなにするんですかー!

 ビックリしたじゃないですかー!


 けど、本当に驚いたのはその後だった。

 だってさっきまで何もなかったはずのイケメン店主さんの頭に、二本の黒い角が生えていたのだから……。


「ひえっ! つ、角!?」

「大きい声を出すな。角くらい生えているさ、鬼なんだからな」

「お、鬼って……」


 やっぱり、妖怪の鬼のこと? でも当然そんなのいるわけないのに、からかっているの?

 けどお客さんたちは店主さんを見ながら、クスクス笑っている。


「コウキくん、それじゃあダメだよ。まずは説明してあげないよ」

「そうじゃそうじゃ。見たところこの娘さん、何も知らない迷い人らしいからのう」

「お嬢ちゃん、アタシらのこともよーく見てみい」


 そう言ってきたのは、お客さんの老夫婦。

 するとお二人の顔がだんだんと変化してきて……え、ええーっ、猫ーっ!


 なんとおじいちゃんとおばあちゃんだった二人の顔が、猫になっちゃったの。

 けど頭以外は人間のまま。まるで漫画やゲームに出てくるキャラクターみたい。


 鬼の次は猫人間って、どういうこと!?

 ううん、それだけじゃない。見れば店の中にいたお客さんたちは、猿だったり河童だったり、中にはゾウリに手足の生えた奇妙な生き物に姿を変えていたの。

 な、ななな、何ここー!?


「よ、妖怪屋敷?」

「おしい、屋敷じゃなくて、ラーメン屋さ」

「そんなのどっちでもいいです!」


 猫のおばあちゃんに思わず突っ込んじゃったけど、『妖怪』って部分は否定していない。

 それじゃあ、まさか本当に……。


「ほらコウキくん、説明してあげなよ」

「ちっ、しょうがねーな」


 コウキくんと呼ばれた鬼のイケメン店主が、仕方なさそうに口を開く。


「ここは妖怪の来るラーメンだ。本来人間はお断りなんだが、アンタ迷い込んだみたいだな」

「ほ、本物の妖怪なんですか!? わ、私は食べても美味しくないですー!」

「それは見りゃわかる。お前みたいな痩せっぽっちで貧相な女、いかにも旨くなさそう……痛っ!」

「こらコウキくん! 女の子に何を言うんだい! ゴメンね、この子口が悪くて。心配しなくても、そもそもアタシたちは人間を取って食べたりはしないから」


 優しく言ってくれる猫のおばあちゃんに、コクコクと頷く。

 猫のおばあちゃん、いい人(いい妖怪?)そうでよかった。

 殴られたコウキって呼ばれたイケメンさんは、好感度がガクンと下がったけど。

 ……痩せっぽっちって。元彼にも言われて、気にしてるのに。


「とにかくだ。オレ達は妖怪で、アンタは人間なわけで。アンタはオレの作ったラーメンを食っちまったわけだが……。なあ、異なる世界に迷い込んだやつは、その世界の物を食べると元の世界に帰れなくなるって話、聞いたことあるか?」

「は、はい……」


 子供のころ、本で読んだことがある。

 例えば死者の世界に行った人が、その世界の食べ物を口にしたら帰れないって話だったけど……って、まさか!


「ひょ、ひょっとして私、ラーメン食べたから帰れなくなっちゃったってことですか!?」

「……すまん。本来は店長のオレが、人間かどうかを見分けて、飯を出さないようにしなきゃいけなかったんだが……普段から人間界に出入りしているとかで、人間に化けてやってくる客も少なくなくてな……」

「こりゃ、言い訳するんじゃないよ。それより、これからこの子どうするんだい? こうなった以上そう簡単には、人間界に帰れないよ」 

「そこなんだよなあ」


 そ、そんなー!


 ああ、ラーメン食べに来ただけなのに、どうしてこんなことに。

 彼氏にフラれて、会社が潰れて、挙げ句のはてに妖怪の世界に迷い込んで帰れなくなるなんて。


 私の人生、どん底すぎませんかー!?



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