転倒先生行状記

一ノ瀬 薫

第1話 プロローグ

 転倒先生は、いつも庭の花を世話している母親に子供の頃からそれらの花の名前を教えらたが一向に覚えられなかった。

 せいぜい梅とツツジくらいしか答えられない。

 しかし、先生の母は何かが咲くたび、これは何の花か知っているかい、と聞く。その日も先生は、いろいろと名前を思いつくままに言ってみるが、母親は仕方ないといった調子で、くちなしだよと言った。

 覚えておきましょう、と言ったが、母親は苦笑したきり庭草の世話を続けた。

 その日は、午前中に本屋から頼んでいた本が入ったと電話があり、出かけた。


 先生は家からバスに乗って、駅に出てそこから電車に乗って二十分くらいの街まで行く。

 まとめて買う時は送ってもらうのだが、そうでないときには出かける。

 たかが一冊を送ってもらうのは気が引けることもあるし、街をぶらぶらする事も必要だと思うからである。

 今回も本当はまとまった注文だったのだが、どこの出版社も売れない本はすぐに刷らないので、絶版になっていたのだ。

 先生は古書で探すしかないなと、すぐになじみの猪飼書房にたのんだ。

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