第16話 はげ山の一夜。

 研修所は、人里離れた山の上。

 逃走防止だとか。


「皆さんお疲れ様です。本日から三日間楽しく過ごしましょう。私は、経済学の助教で河瀨 嘉かわせ このむと申します」

 そう言って、若そうな先生がお辞儀をしてくる。


 経済学部自体は、定員で二百五十人程度居るが、履修の関係で適当に分けられ五チームに大別。


 その五十人を、今から十人ごとに分けるそうだ。


 他のチームは、交流と称してキャンプや、体育館で交流バレーボール大会とか、カヌー体験とか色々したらしい。


 そしてうちは……

「さて、経済。経済とは何でしょうか?」

 その質問に、俺以外がノリノリで手が上がる。


 ヒト族の宿命。

 異性の気を引くなら、目だたねばならない。

 特に、周りは十八歳の者達。受験勉強をして大学に入学し、我慢をしていた色々なものを膨らませている春。


 特に今回の研修、交流を通じて仲良くなれと言う、大学の用意した婚活パーティーのようなもの。

 この流れには、人として乗らねばならねええぇ。そんな奴らが多数。


 気のせいか、女の子達も品定めの最中のようだ。

 指をさし、肉付きがどうだとか、身長が顔がと、お友達と査定中で、何かもじもじしている。


 そして当てられた学生。

「人間の生活に必要な物を生産、分配、消費する行為について関わる社会的関係。主として、金銭の流れです」

 そんな、面接の模範解答が出される。


「そうだね。経済とは社会生活すべての流れと言っていい。特に現在において、大きな存在は通貨だ。これは貨幣もバーチャルも含めてね。そこでいくつかの体験を通して、学生に交流をさせなさいと言われているので、いくつかの職業体験と、物々交換の不便さを、自身で身をもって知ってほしい」


 その後、土器造りや、木工、漁と言いながら、あめごのつかみ獲り、料理、ラフティング。

 ラフティングは流通だそうだ。


「どうだ、現物が無いときに物々交換は不便であり、それの代わりに出来たのが、約束手形や素材そのものに価値のある物品貨幣や実物貨幣と呼ばれるものだ。それまでは、貯蓄した食料や家畜が労働の対価に払われたりした。これが権力者の出現だな」

 ちょこちょこ先生の講義が入る。


「ご飯をくだせえ」

「何を出すんだ?」

「あっしに払えるのは、この魚と体でございます」

「ちっ野郎の体には今は需要がねえ、古墳建設時には声をかけよう」

 この寸劇は、先生の指示。

 脳の活性化だそうだ。


 特に、とっさに軽口の言えないような、堅い頭は研究には向かないとか?

「高校までは、無駄口を叩かず言われたとおりにしろ。皆そう言われていたと思うが、あれは、工場での大量生産。その工員向けの教育だ」


 先生に言わせるとその様だ。戦後の高度成長期、企業が欲しがったのは寡黙なロボット。

 文句や疑問を考えず。ただ作業をする。


 大学に入った者達は、初めてそれらを使うための教育を受けるのだそうだ。


 考えるな。ただ従え、から、考えろ。ただ漫然と生きるな。へと一気にかわる。


 まあそれが出来ないから、凡例というか事例というか昔の手本から逃れられないのだろう。誰も責任は取りたくない。


 そんな楽しい一日目が終わり、この前浄化をしたのに生き残りが抜け出し、集まってサバトを開いていたようだ。


「なぜか、広がっていた輪が消えてしまった。貴様らには力を再度与える」

 奴が、初期に力を与えたものは、この前綺麗に浄化できて居なかった様だ。


 山の頂上にある公園。

 そこに集まり、くねくねと絡み合う男女。

 中には、男同士や女同士も居るようだが、悪魔の世界もジェンダーフリーなのだろうな。ああいや、昔から禁忌されていたから良いのか。


 とにかく偉そうに言っている、翼を生やした男に向けて収束をした浄化の光を浴びせる。


 一瞬、シールドらしき表面で光が散らされたが、すぐに突き破る。

 音もなく静かに、上半身が消滅し、そこから黒い煙が上がり逃げようとする。

 むろん逃がしはしない。


 シールドを奴の周りに張り、その中に聖なる光を充満させて、一片たりとも残さない。


 そして、その状態でも、まぐわって居る奴ら。

 体の中に分身を感じるので、包んで浄化をしてみる。


 すると、一瞬血管が黒く染まったようだが、すぐにまともな色に戻っていく。

 バタバタと倒れる、若い体たち。


 こけた拍子に、抜けたものから何かが吹き上がる。

 ああ、悪魔は関係が無い。

 生理現象だな。


 そして、俺の電話から直接だとめんどそうだから、神崎さん経由で連絡をしてもらい。俺は逃げることにした。


 遠いから大丈夫だろうが、あの警官がどうもトラウマになっている。


 そして、宿泊所から遠見の力で状況を覗いていると、あの警官が居た。

 後で聞くと、春からこちらへ移動になっていたらしい。

 俺の危険察知能力が、仕事をしたようだ。


 にまにまと、ベッドの上で笑っていると、ひょこっと顔が目の前に出てくる。誰かが来たのは分かっていたが、殺意とかは感じなかったし安心をしていた。


 同じ班の、女の子。

 永礼 十六夜ながれ いざよい

 そんな、すこし変わった名前の子。

 十六夜はいざよい。ためらうという意味を持つ。


 その言葉の通りか、背は低く。百五十程度、かなり細めで、黒髪、顎先に合わせたショートボブ。

 奥二重で少し薄く茶色の瞳。少し垂れ目で左の目尻に、泣きぼくろ。かわいいのだが、少しだけ悲しそうに見える顔。


 顔が正面に来て驚いていると、いきなり聞かれる。

「助けてくれる?」

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