第二十話 ルールその3

「遅いっ!!」


「…………」


「な、なによ。敬太郎が悪いのよ、バイトに強制参加させておいて勝手にどっか行くんだから」


「……赦免花って好きな人いる?」


「はあ?いないけどなに。まさか私に淡い恋心を!?駄目よ私たちは兄弟子と妹弟子、禁断の恋愛なんて……ああどうしましょう!!」


「春だからかなあ」


 みんな頭真っピンクだ。


「いいか。強さっていうのは何も魔法の巧拙で決まるものじゃない。じゃあ他者を簡単に蹴落とせる性格の悪さが強さかと言えばそうでもない。魔法使いのルールその三、」


 「すみません」はきはきした口調で説教が途切れる。赦免花はほっとした顔で私より先に声を掛けた。彼女と同世代らしき少女――空色髪の凛とした魔法使い。


「奨学金の申請をしたいんですけど。書類はこれで」


「かしこまりました」


 ファイルから出された数枚の上質紙。印字された細かい枠組みに綺麗なボールペン字が滲み、紙の上に何枚も魔法保険証や魔法飛行許可証のコピーが貼られている。志望動機の欄もびっちり。


 赦免花は捲りながら書き漏れ書き損じを探し、


「ここ。印鑑押し忘れてます」


「あっ、持ってます」


 焦りの表情が晴れて、指差された箇所を押し直す。


「後は問題ありません。受理いたします。承認され次第追ってご連絡します。ご連絡は一週間程度後になります」


「ありがとうございます。あの、六碌さんよね。ここで働いてるんだ、知らなかった」


「横の兄弟子に連れてこられただけで、普段からいるわけでは。というか、どこかでお会いしましたかしら」


「六碌さん有名人だから」


「へえ」


 冷めた態度。有名の意味が前とは違うから。


「学校大丈夫?良かったら何か手伝えたらと思ったんだけど」


「大丈夫に見えます?世間知らずがたたって全て思うようにいかないのに。いじめられて、嫌がらせされて、あなたに何ができるって言うの?同情なら要らない。今の私に返せるものはないもの」


 赦免花は目線を逸らし、拒絶した。


「心配してる気持ちに返事なんかいらないよ。六碌さんはすごい魔法使いって知ってるから私に何かできるとは思わないけど、相談なら乗れるから」


 少女は鞄に手を突っ込み、探し物がないと悟ると書類の一枚、端に数字の羅列を加筆する。


「これ電話番号。いつでも連絡して」


 落書きをされた書類と少女の顔を交互に見て、


「……この書類書き直してくださいね」


「あっ!」


 恥ずかしそうに頬を掻き、残りの書類をファイルに戻した。


「あと、もう六碌亭じゃないから赦免花って呼んで」


「わかった!赦免花ちゃん!」


 書類の提出というものはとても面倒で、再提出になろうものなら舌打ちして足音立てて帰っていってもおかしくないのに、空色髪の少女は白い歯の見える爽やか笑顔で手を大きく振り、帰っていった。


 僅かに上気した頬、口を半開きにさせて連絡先の載る紙を見つめる。潤んだ瞳はソーダみたい。


「良かったな」


「な、何がかしら!?」


 「いやぁ別にぃ?」笑みを浮かべる私に不機嫌になる赦免花。


「そんなことより!あの子に話遮られたでしょう。なにを言いたかったのかしら!」


「大したことじゃないよ。もうルール三をクリアしたから」


 魔法使いのルールその三、『お友達を作りましょう』。


「修行に来て良かっただろ」


 「……あなたのおかげじゃないじゃない」彼女の耳は少し赤い。

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