第1話 オージィと義娘、そして13年後

 ああ、面倒だ。

 なぜ俺が養子など取らなければならない。

 伯爵の地位がある俺には妻となる女がいなかった。


 別にもてないわけではない……とは思う。

 小さい鏡に映る俺の顔は中の上だろう、茶色の髪に38歳という年齢よりも少し幼い顔。ふむ……少しヒゲでも生やして見るか。

 

 俺は結婚をしたくないわけじゃない……したい女がいないのだ。

 アレから寄ってくる女はどれもこれも俺の財産目当て。

 俺が持っている鉱山の権利を何故与えなければならないのだ? そういう女を断ると最後には、オージィ伯爵は女に興味ない変人である。と、誰も寄って来なくなる。


 寄って来なくなるのは好都合、そう考えていたら最近では男が寄ってくる始末だ。



 まったく、王め。

 何が、『オージィ伯爵には世話になっているし、王家のクラリス第二王女はまだ26でな婚姻など……』だと? 王よ、そのクラリス第二王女は女でありながら騎士であり結婚など考えていなさそうだぞ? それに俺と王を背後からにらんでいる。俺とてそんな男のような女と一緒にはいたくない。


 屋敷とは俺がゆっくりとくつろげる所だぞ?

 少し強引であるが仕方がない。

 考えを中断して小さいノックの音に反応する。



「入れ」




 失礼します。というと少女が部屋に入ってきた。

 赤い髪であり、大きな目、身長は小ぶりであり胸もまだない。

 精一杯のおしゃれだろう、肩から小さいカバンを下げており、そのカバンは穴を塞いだ後が見えた。



「お、オージィはくしゃく様。は、はじめ。はじめまして! あの、ええっと……エリカと、あのエリカは両親もいなくっ」



 しかし頭の悪そうな女だ。

 年齢は確か16歳だったな……俺の半分以下しか生きていないのか。

 俺が16歳の時はもう少し落ち着きが、いや今はその考えは捨て置こう。



「今日から俺がお前の義父になる…………と言っても形だけだ、伯爵呼びは不要。安心しろ面倒が無いように親無しのお前を孤児院から購入した。必要な物は召使いを付けるからそれに言え、食事は好きに食え、必要以上に俺にかまうな以上だ」

「えっ? ええっとですね」

「なんだ? まだ用があるのか?」



 俺は義娘を見ると、義娘は何も言わなくなり首を横に振る。



「無いです……」



 失礼しました。と言っては部屋から出ていく。



「ふー……今日からアレと一緒にか? これであれば魔導書インチキでも読んでいたほうがまだ面白いな」



 扉の前に何か落ちている。

 光っているので宝石かと思ったがガラスのようにも見えた。



「精霊石……? 少し違うか、では最近噂にある魔石か? 魔石はまだ解明に時間がかかると聞いたが、そもそもあんな小娘が持っているわけないな、ただの半透明な石だろう‥‥っ!?」



 石を思わず床に投げ捨て手のひらを見る、指先から小さいが血が出ていたからだ。



「角に当たったか……石の色が変わったか? いや気のせいか」



 拾い上げた石を見ると一瞬色が変わったような気がしたが半透明のままだ。まぁいい、あの小娘が落とした、と言うわけか。捨ててもいいが……仕方がない大事な物であれば後で気づくだろう、引き出しに入れておくか。

 さてと、廊下に出ると執事が小走りに走ってきた。



「夜分失礼します、オージィ様」

「要件」

「はっ! 先日の鉱山の……」

「事故に見せかけて埋めろ」



 俺が短く言うと執事の男の口がパクパクと動いた。

 ここ数日鉱山夫達が魔物が出るからと言って採掘を拒否しだした。別に俺とて無理に採掘しろとは言っていない。

 採掘しないくせに言われた予定よりも少ない分量も掘らず、さらには普段の2倍の給金を要求してきたのだ。


 嫌であれば別の領地にいけばいい、それをしないくせに給金の倍増なぞ俺は許さん。



 ――

 ――――



 義娘を迎え入れてから十数年たった。

 俺が見つけた鉱山からは金の代わりに魔石が出始め、さらに莫大な富を得る事になった。


 趣味の魔導書の数も中々になってきたな、自慢のヒゲを触りつつその数に満足する。


 人間の魔力は基本少ないが魔石を使う事により一時的に魔力を上げれる事が判明した。これを利用すれば少ない魔力で魔法を使う事が出来るのだ。


 俺が魔導書の解読を始めると耳にノックの音が聞こえてくる、俺が書庫にいる時は緊急時以外は誰も来させないようにしているというのに。魔導書を読みながら顔を向けずに「入れ」と返事だけ言う。


 俺が解読を試みているのは不死の禁呪だ。

 なんでも長命なエルフ様とやらは、寿命が短い他の家畜を長命にしようとした事があったらしい。

 忌々しいエルフめ、解読できないように暗号で書いている、解読されたくなければ本になどしなければいいだろうに。


 しかしだ。このエルフがいなければ俺の求めている事も出来ない、俺が求めているのはなどだ。

 不死の禁呪に何か手掛かりがあるかもしれない。

 

 絵には耳が長いエルフが魔物から魔石を取り出している絵が書かれていた。



「失礼します、オージィ義父様、エリカです」

「要件」



 いちいち顔を上げるのも面倒だ。

 案の定声は義娘か、それよりもこの魔導書に乗っている絵は……魔力の色は赤よりも強い青、その青よりも透き通った透明な魔力を使うみたいだな。



「オージィ義父様……その机の上にある魔石は……」

「なんだ。普段は魔物を無暗に殺すな。と口うるさいくせに珍しい色の魔石には興味あるのか?」



 珍しい事もあるものだ、と顔を上げる。

 義娘の言う通り俺の机には両手より大きい青い魔石がある、魔石にはいくつかの種類があり魔物から取れる物、地中に埋まっている物などだ。



「魔石鉱山に巣をつくった魔物の魔石だ、小粒の赤ではなく透き通った青。これ一つでどれほどの魔力をとれるのか……欲しいなら、まだ魔物がいるかもしれんな勝手に魔石鉱山へ取りに行け。俺の義娘だ、魔石鉱山の奥に行く事、それぐらいは許可しよう」

「そう……ですね……オージィ義父様。あの……魔石鉱山は手放す事は、あの……オージィお父様は最近では魔術に狂った悪役伯爵と」



 またその話か。

 何が悪役伯爵だ、自分の領地で何をしようか勝手だろう。

 魔術にかんしても、研究が進めば一部の人間にしか使えない魔法が全員が使えるようになるんだぞ? もっとも、誰も彼も使えてはまずいので貴族中心になるがな。


 俺が領民に配布した魔石がはめ込んだ杖だって火をつけるのに役に立っているだろうに。



「無い。周りが何と言おうか、アレがあるから俺は伯爵の地位を得た。お前もその伯爵が買い取った娘と言う事を忘れてないわけじゃあるまい? お前が口にしてきた肉やパンは無料ではあるまい?」



 俺が一言いうと、義娘は黙りだす。

 さて、解読を続けるか。

 俺がもう少し若ければ、自分で旅をしエルフを捕まえ解読を手伝わせるのに、人買いゲイナーめ、何がエルフであればすぐ捕まえてきます。だ。

 頼んでから何年たったと思っているんだ。



「そうですよね……」



 突然に視界がぼやけてきた。

 疲れ目かと思い、眉間に指をあてるが読んでいる文字が読めなくなってくる。



「なんだ……」

「あっよかった! ちゃんと効いてきた!」



 義娘が突然に明るい声を出すので驚いてそちらを見る、十数年一緒にいたが聞いた事のないような嬉しそうな声だったからだ。



「なんだ?」

「オージィ義父様、いいえオージィ悪役伯爵様にもわかるように説明しますね。先ほど食べた朝食に毒を入れました、オージィお義父だけに聞くように何年も前に研究したのですよ」

「な……ぜっだ!」



 人として認識は出来るが顔の輪郭がぼやけている。

 心臓が苦しく、立ち上がった表紙に本棚に肩をぶつけた、集めた貴重な本が床に落ちていくのが音でわかる。



「なぜって…………あれほど民の話にも、悪意のない魔物にも向き合って。と、お願いしました。それに無理に魔物から魔石を取らないで下さい。とお願いしました。知ってますか? 全部の魔物が魔石を持っているわけじゃないですよ? 鉱山から掘れる魔石でもいいじゃないですか、なぜに魔物からも取るのです? それに人体実験も」



 知らないわけではない、同じ種類でも魔石を所有していない魔物もいた。それにだ、地中から取れるのと魔物から取れるのでは質がちが……。

 …………はぁはぁ……人体実験だって……無実の奴には……領地で犯罪……。



「だ、な……のだ」

「だから何なのだ? ですか? その義父様が自慢している魔石、魔石鉱山に現れた竜ですよね……友達だったんですよ?」



 だからなんだ。

 魔物と友達? 何を言っているんだ……口の中が錆びたような感じだ。血を吐いたのだろう。



「安心してください。屋敷には火をつけますのでどうぞ大事な宝物ウソばっかりのほんと一緒に消えてください」



 部屋から人の気配が消えた。

 代わりに床に散らばった本からは炎と煙が見え始めた。

 俺は薄暗くなった部屋で胸をおさえいる、口から血を吐き窓から出ようか考える。


 4階から落ちて助かるのか? まず無理だろう。

 机の引き出しを乱暴に開けた、何か薬でもないだろうか……カーテンでも使えば、俺の指先に何か硬い物が当たる。

 その表面に俺の顔が映った、口から血を流す初老の顔をみて思わず噴き出した。



「ぶは……ぶざまだな……何が……何の……」



 血のついた手のひらでを握ると、俺の体から痛みが一気に消え始めた。


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