君と涙を流したい
@gerbele
第1話 ~平凡な毎日の終わり~
このお話の主人公である僕こと雨森宏斗は埼玉県で生まれ、地元で小中高に通い、大学は東京の中堅大学へ。四年できっちり卒業し、真面目に就職活動を頑張った結果、大手の銀行に就職した。
僕の母が大手企業で働いていたこともあり比較的裕福な家庭で育ったので大きな苦労をすることなく生きてきた。また、学校ではシャイな性格の僕でも優しく接してくれる人が多く、今でも定期的に遊ぶ仲でもある新藤悠作は当時特に僕のことを気にかけてくれていた。悠作とは高校の野球部で知り合い、また3年間同じクラスで、親友である。今日も悠作と居酒屋で待ち合わせをし、一緒に酒を飲んだ。
「ごめん、待った?」
仕事の関係で待ち合わせに少し遅れた悠作は申し訳なさそうに走ってきた。
「いいよ全然...お疲れ様!」
今日は僕こと雨森宏斗の誕生日ということで、悠作と二人で居酒屋で飲もうと決めていた。明日が休日ということもあり、二人は飲みまくろうと意気込んでいた。
「ていうか、27歳の誕生日おめでとう!」
思い出したかのように悠作は言い、それに合わせて僕が答えた。
「ありがと!だけど、もう27歳か、だいぶ年取ったよな。」
「まだ30歳にもなってないのに年取ったとか言ってるんじゃないよ。」
砕けた表情で悠作は話した。
仕事終わりによく行く居酒屋に入り、店員に「いつもの!」というと早速、生ビールとおつまみが出てきた。二人は豪快に酒を飲みほしながら大好きな野球について語った。
「〇〇、また負けたじゃん(〇〇とはあるプロ野球球団である)」
「悠作の好きな△△も負けてるやん(△△もまた一つのプロ野球球団である)」
互いの好きなチーム、選手の話をしながら店に備え付けてあるテレビで野球中継を見ていた。
「そういや〇〇はまた外国人補強してたな、金持ち球団やな。」
「うるさいよ、勝てばいいんだよ、勝てば。」
僕はたわいもないこの時間がとても好きだった。
そして、悠作は大学の頃からの彼女(美緒)と最近別れてしまい、時折泣きながら話をした。
「最近さ、美緒から連絡が来たんだよね...やばくね?」
「えっ、美緒ちゃんに浮気されたんだよね?」
「まあね、美緒はさ、三股かけてたじゃん。それなのに三か月経ってまた連絡来てさ、うんざりなんだよ...」
少し不機嫌そうに悠作は語りだす。
「あいつ三股してたくせにもう一度やり直したいって連絡来てさ、一昨日は家まで来やがった。さすがにやばいよね、加奈ちゃん...」
悠作は店員さんを巻き込んで話をし始めた。加奈ちゃんは店長の娘で、三歳年下である。僕はひそかに彼女のことが好きになっている状況で、悠作もそのことは知っているのでたまに彼女に絡んで僕たちをくっつけようとする。
「家まで来るのは大変ですね、ご愁傷さまです。そういえば今日は宏斗さんの誕生日ですよね?おめでとうございます!」
「誕生日覚えてくれてたの?ありがとう!」
「当然です。常連さんですもん!」
僕は加奈ちゃんのその言葉に少し肩を落としながら話をつづけた。
「それで美緒ちゃんは何がしたいんだろうね?」
「美緒はさ、今カレに浮気がばれて周りからも見放されたらしい、自業自得だよね。」
悠作はあきれたような表情で続けて話した。
「せっかく社長の娘なのに人望失って、ほんとあいつ馬鹿だわ。宏斗もああいうやつに引っかかるんじゃねえぞ!」
その後も店が閉まるギリギリまで話し続けた。
この日は浴びるほどの酒を飲み、少し足元がおぼつかないままそれぞれ帰路に就いた。もともと埼玉の地元で二人とも就職したため、歩いて10分程度で家に到着する。普段の日常とさほど変わらないささやかな誕生日だった。
帰路の途中、河川敷に立ち寄り、酔いを醒まそうと橋にあるベンチに腰掛けた。
「はぁ、飲みすぎた~。ていうか今日、加奈ちゃんと話せてよかったな。」
「お前のおかげでだいぶ仲良くなれたよ!ありがとう」
「普通、親友の恋路を応援するのが当然だろ!告白はまだ?」
にやにやしながら悠作は話す。きっと僕をからかっているんだろう。
「ちょっとまだ告白する決心はついてないかな...」
加奈ちゃんに対する僕の気持ちは明白だったが、いざ告白するとなると不安な気持ちに襲われるのだった。さらに、加奈ちゃんは僕に気があるのかが微妙な感じで、一層不安を増した。
「告白したらうまくいくかな?」
「宏斗ならうまくいくさ!良いやつだもんお前。バラでも買って告白してこい!」
「バラは恥ずかしいよ...」
いくら何でも告白でバラを渡すのは恥ずかしいと思うのは僕だけだろうか...
少しの間をおいて悠作は険しい顔をしながら話し始めた。
「宏斗さ、やっぱりまだ記憶戻らないのか?」
僕は苦笑いを浮かべながら、その質問に答える。
「うん、いまだに思い出せないな...」
今から10年くらい前、高校1年生だった僕は交通事故にあったらしい。気が付いた時には高校生になってから事故後に目覚めるまでの記憶が無くなっていた。
悠作とは記憶喪失の後、部活でも学校でも仲良くしてくれて、何をするにしても二人で過ごしていた。
「記憶はさ、思いだしたいって思わない?」
「うーん、どっちでも良いかな?みんな話したがらないし。」
僕の記憶のない時の話は、母も友達も誰も話したがらない。僕は正直その点に関して気になってはいた。
「帰ろうか...」
悠作がそういうと、少し気まずい雰囲気の中、僕たちはそれぞれの家に帰った。
― 11年前 ―
僕こと雨森宏斗は高校生になった。桜がもうすでに散っている並木通りを歩いて学校へ向かう。入学式では学校長の長い話を聞き、ふと周りを見渡して、まだ知り合ってもない同級生とのこれからを想像して高校生になったことを実感した。
「雨森宏斗です。よろしくお願いします!」
入学式が終わってすぐのホームルームでいきなり自己紹介をした。
みんなの名前と声を聴き、今後が楽しみになってきていた。すると隣に座る加藤孝太が僕に話しかけてきた。
「雨森君だよね。よろしく!」
僕が感じた彼への第一印象は「きりっとした良い人だな」だった。
「よろしく!」
それからの毎日は僕にとって地獄だった...
― 現代 ―
悠作と酒を飲んだ次の日の仕事中、僕にとって信じられないことが起きた。
母が死んだ。
もともと父と母は離婚していて、母子家庭で育った。女手一つで育児と仕事を両立しながら僕を育ててくれた母に僕は感謝していた。そんな母が突然亡くなり言葉も出なかった。
仕事中に母が死んだことを電話で告げられ、すぐに病院に向かった。
母のいる病室に着くと、看護師と警察のほかに誰もいなかった。
「母さん...」
母の肌は冷たく、痛々しい傷が何か事故にでもあったのだろうかと連想させる。
僕は母が死んだことを受け入れられなかった。そして、僕はその場にいた警察に母がどうしてなくなってしまったのかを聞いた。
「おそらく雨森恭子さんは、午後3時に自転車で道路を走っている際、後ろからやってきた自動車にはねられ、亡くなってしまったと思われます...」
警察は神妙な面持ちで話し続けた。
「実は、恭子さんを轢いた運転手はまだ見つかってないんです。防犯カメラを使い捜索を続けていますが、事故現場付近にはカメラがなくてなかなか見つからないんです。」
僕の心には怒りが湧き、「母はなぜ死ななければならなかったのか」とまだ見つかっていない犯人への復讐心が込み上げてきた。
母の死から10日が経ち、今日は久々に会社に出勤した。この10日で葬儀やら何やらを終わらせていた。しかし、犯人はまだ見つかっていなかった。
この日は仕事を終え、僕の誕生日以来にあの居酒屋で悠作に会った。
「宏斗、お疲れ様!大丈夫だったか?」
悠作は心配そうな目で僕に話してきた。
「大丈夫だよ、安心して!」
大丈夫?と聞かれたら大丈夫としか言いようがない。胸の中では母の死に対し、まだ整理のついていない状況だった。
「宏斗さん、悠作さんから詳細は聞きました。大変でしたね...今日はゆっくりしていってください。」
「ありがとう...」
加奈ちゃんは優しく気遣ってくれていたが、この時の僕には心に穴が開いているような気分で、その気遣いを素直に受け取ることができなかった。
「犯人見つかってないんだよね...」
悠作が唐突に聞いてきた。
「見つかってないよ、母さんを殺した犯人...」
「そっか...」
悠作はグラスに入ったビールをぐっと一杯飲み、その後大量の涙を流した。僕は悠作の涙を見て母が死んでから始めて涙を流した。
この日を境に、僕は母を殺した犯人を見つけ出し、復讐することを心に決めた。
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