第6話 澤田 瞬---side3
「ありがとう」
「怪我?」
「靭帯やった」
「そっか」
「練習試合で同時キックやってこのザマ。最悪」
初めて話す相手に言うことじゃない。
でも、今は誰かと話したかった。
「同時キックって?」
月島がオレの隣に座った。
「ひとつのボールを、争ってる相手と同時に蹴った」
「全治までどのくらい?」
「6週間」
「6週間で治るんだね?」
「それでも、怪我する前に戻るにはそれ以上の時間が必要になる」
「でも、治るんだよね?」
「まぁ」
「怪我は治るし、元に戻るのに一生かかるわけでもない。あきらめないんでしょ?」
「当然」
「じゃあ、またレギュラーを奪い返して」
「あ……うん」
そんなふうに言われるとは思ってもいなかった。
『またレギュラーになれるよ』みたいな、どこか他人まかせな言葉じゃなくて、『またレギュラーを奪い返して』は、自分の力で何とかできることだ、って言われたようだった。
「文学部の月島だよな?」
「教育学部の澤田くんだよね」
名前と学部を覚えられていたことが単純に嬉しかった。同時に、言葉にできない何かを感じた。
「靭帯は、わたしも経験あるからわかる。治った後も、またやるんじゃないかって怖いよね」
「月島って何かやってる?」
「ずっと前にテニスをしてた」
「今は?」
「今はやってない。いろいろあって」
「ごめん」
「何?」
「嫌なこと思い出させたかと」
「嫌なことばっかりじゃないよ」
月島がこっちを向いて笑いかけた。
こんなふうに、笑うんだ……
ショッピングモールで見た時、月島をきれいだとは思ったけど、笑うと、かわいい……
「何?」
しまった。こういうの何て言うんだっけ?
そうだ……見惚れてた……って言えるわけない。
「ちょっと、ぼんやりしてた」
「そうだよね、頭から離れないよね」
「何が?」
「え? 怪我」
「ああ、うん。そうなんだ。気になって」
月島が、気になって……
「月島って、下の名前何て言うの?」
「美雪」
「漢字は?」
「『美しい』に、『雪』」
「なぁ、また話せる?」
「今話してるけど?」
ここ以外のとこでも話したい。
「そうじゃなくて……連絡先教えて」
咄嗟に言葉が出ていた。
月島の反応は?
顔を見ようと横を向くと、月島は真っ直ぐに誰かを見ていた。
月島の視線の先には、ショッピングモールで見た時のように和服姿の母親が立っていた。
「美雪さん、お知り合い?」
どこか、他人行儀な話し方。それでいて、不安そうな?
「同じ大学の澤田くん。彼は、わたしと同じ学部の伊藤さんの付き合ってる人だから」
もしかして、そう思ってて、オレのことを知ってた?
紗香はただの幼馴染で何でもない! それ、誤解だから!
それで口を開きかけたところで、いつの間にか真正面に立っていた月島の口の動きに気がついた。
「あ わ せ て」
そう言っていた。
それだけ言うと、月島は母親の方に向いた。
「映画に行った日、澤田くんも彼女と来てたみたいで、こんなとこでまた会ったから、偶然だね、って話してたんです」
「そう……です。彼女といる時、買い物されてるの見かけました。仲良い母娘だね、って彼女と話してました」
『彼女』という言葉を2度も強調した。
「そうだったの。ごめんなさい、私ったら。美雪さん、お車来たから、帰りましょう」
「はい」
月島は小さく手を振ってくれた。
母親の方は、さっきとはうって変わって、にこやかな笑みを浮かべて、オレの方に頭を軽く下げると、月島と行ってしまった。
親が厳しいんだ……
2人が去って行って、スマホが振動していることに気がついて慌てて出ると、母親が怒っていた。
「何やってんのよ! さっさと電話でなさいよ!」
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