第5話 澤田 瞬---side2

病院の1階にある長椅子に座った。

座る時に少し苦労したから、立つ時も大変なんだろうな。

でももう座ってしまった。


病院の天井を見ながら、今、自分がここにいることは悪夢でしかないと思った。

小学生の時からサッカーをやってきて、初めての大きな怪我だった。


足関節捻挫による靭帯損傷。


せめてもの救いは、切れたのが靭帯の一部だったこと。もし完全に切れていたら、復帰まで数カ月かかるところだった。

それでも、6週間はギプスで固定する。その間、当然練習はできないから筋力も落ちる。それだけ動かなければ、元のように動けるまで、怪我した期間の何倍も時間がかかる。

原因は、対戦相手とのボールの同時キックだった。

譲りたくなかった。それは向こうも同じことで、プロならその辺のところは見極めるんだろうけど、つい熱くなってしまった。

相手はこけた時にできた擦り傷くらいだったから、余計丁重な謝罪を受けた。どっちが悪いとかは考えていない。ただ、くやしい。

せっかく手に入れたレギュラーの座から簡単に下ろされて、それを取り戻すにはどのくらい時間がかかるのか想像もつかない。



顧問の先生の車で病院に連れて来てもらい、その後は母親がパートを途中で抜けて迎えに来た。


挨拶やら何やらして、支払いを済ませて、車をロータリーまで回したら電話をするからイスに座って待っておくように言われ、おとなしく座っていた。


時間潰しにゲームをする気にもなれなくて、ただ、ぼんやりとしていた。


不意に、手に持っていたはずの紙が滑り落ちた。

診察後にもらった、治療中の生活について書かれたA4のプリント。

椅子の下にすべり落ちてしまい、どうやって拾えばいいのか困ってしまった。

右足はギプスで固定されていて、しゃがむことができない。

松葉杖の先でこっちまで寄せられないかとやってみたが、紙は全く動く気配がなかった。

看護師でも通らないかと辺りを見渡したが、こんな時に限って誰も通らない。

ため息しか出ない。


「はい」


声のした方を見ると、見たことのある顔が、オレの落としたプリントを持って立っていた。

あの、ショピングモールで見かけた月島だった。

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