学校一の美少女ピンク髪ギャルが毎日話しかけてくるのですが、僕には理由が全く分かりません
ぴん太
第一章 一年生編
#1 花
「今日も良い日になりますように」
朝の通学路。
信号待ちをしている僕の隣から、そんな声が聞こえてきた。
街の電気屋が店前に置いている大きなテレビには、どこかの局の女性アナウンサーが映し出されており、彼女が番組の終わり際に言った言葉だった。
その朝の情報番組が終わると同時に信号も変わったため、僕は自転車を漕ぎ始める。
流れていく景色に注意を払いながらも、頭の中にはさっきのアナウンサーの言葉がこびり付いている。
「良い日なんて…そんなの馬鹿馬鹿しい」
あのアナウンサーは、テレビを見ている不特定多数に言っただけであり、そもそもあれは番組の締めで必ず言うように決められた台詞なのかもしれない。
僕個人に言った訳ではないと思いながらも、僕は胸に少しばかり不快な何かを感じながら、喧騒の中に思わず言葉を吐き出した。
私立星乃海(ほしのうみ)高等学校。
僕、川瀬朔(かわせはじめ)が通う学校の名前だ。
勉強や部活動も「普通」と言うのがふさわしい学校だが、自由を重んじる校風により校則が緩く、また校舎などの設備が新しいということから、人気のある高校として評判である。
この学校は「特待生制度」を導入しており、入学試験の成績上位者やスポーツで結果を残した生徒を「特待生」として扱っている。
僕は、特待生になれば学費が無償になるということと、後は…まぁどうでも良い理由でこの学校を選択した。
無事に特待生として入学した僕は、今日もいつもと同じように窓際の自席で本を読みながら、担任が来るまでの時間を一人静かに過ごす。
入学して早くも一ヶ月が経ち、クラス内にはいくつかの仲良しグループが形成され、賑やかな声があちらこちらで上がっている。
僕は案の定と言うべきか、予定通りと言うべきか、知り合いを作ろうとする行動を起こさなかったため、入学ひと月目で『一人』を極めている。
クラスで腫れ物として扱われている訳ではなく(恐らくだが…)、暗いヤツなんだなと思われているだけなので、むしろ好都合だ。
そんなことを考えながら本を読み進めていると、廊下が「いつものように」騒(ざわ)めき始める。
「今日の愛野さんも可愛いなー」
「あんな可愛い子が同学年に居るなんて、やっぱり俺この学校に入って良かったわ!」
「学園のアイドルだよねぇ~」
「姫花ちゃんおはよ~」
遠くから眺める人や声を掛ける人まで様々だが、全員に共通しているのは、その生徒に「羨望」の眼差しを向けているということであった。
毎日朝から生徒たちの注目の的になっている生徒の名前は、愛野姫花(あいのひめか)さん。
クラスは違うものの、僕のようなヤツでも噂に聞くほど人気のある女子生徒だ。
廊下でチラッとしか見たことはないが、ピンク色の髪をサイドテールにし、制服も着崩している如何にも「ギャル」というような印象を感じている。
容姿は派手なものの、誰とでも仲良く話して笑顔を絶やさない天使のような性格らしく(クラスの男子たちが話していた)、入学して一ヶ月で既に「学校一の美少女」と言われ、男子の人気も目に見えて凄まじい。
入学三日目でいきなり五人から告白されたという話は、今も話題に挙がるほど有名な話だ。
よくもまぁ毎日そんなに騒げるものだと感心すら覚えるが、僕には関係のない話だ。
そもそも関わることは、クラスが同じになってもないだろう。
集団の声が普段にも増して大きいので、早く各々のクラスに移動してくれと少しばかりの恨みを込めながら廊下の方に視線を向けると、こちらの方を見ていた愛野さんと目が合った。
___っ!?
愛野さんは驚いたように目を見開いたが、すぐに視線を反らしたので目が合ったのは一瞬であった。
愛野さんが通過した後、クラスの男子の一人が「今!愛野さんが俺の方を見てたぞ!?」と騒ぎ出し、「いやいや!お前のことなんて見てる訳ないだろ!」と弄られている。
危うく僕も「どうして愛野さんはこっちを見ていたんだ?」と、あの男子のように勘違いをするところだった。
まぁ気のせいだろうと気を取り直し、再び本に目を向け直す。
そこから担任が到着するまでの十数分、僕はクラスの男子たちによる愛野さんトークをBGMに、本の世界に潜り込むのだった___。
いつもなら真っ直ぐに帰宅をするところなのだが、今日は放課後にある委員会の集まりに参加をする予定がある。
僕がクラスの委員会決めで所属することになったのは「美化委員会」だ。
その名の通り、学校の美化活動に関わる委員会である。
僕の他にもう一人女子の美化委員がおり、今もつまらなそうな表情をしながら僕の後ろを歩いている。
彼女がそのような表情をしている理由というのも、美化委員は年に数回の清掃ボランティアの他に、二週間に一回ほどのペースで裏庭にある花壇の水やりをしないといけないからだ。
陸上部に所属している彼女にとって、朝や放課後に水やりをする時間というのは面倒臭くてつまらないものなのだろう。
僕もやりたいかやりたくないかで言えば、「やりたくない」一択だが、決まったものは仕方がないのである。
そうして委員会の教室に到着した僕たちは、黒板に書かれてあるクラスの指定がある席に座る。
しばらくして、美化委員会の担当である教師(見たことのない体育教師だった)が到着し、委員会での話し合いが始まった。
委員会内容についての説明は何事もなく進んでいったのだが、水やりの当番を決める話になってから、急激にテンポが悪くなった。
というのも、僕以外の生徒が奇跡的に全員運動部に所属しており、部活動の時間に影響を与える水やりを誰もしたがらないというのが原因だった。
担当教師も頻りに腕時計を確認しながら「早く決めるんだぞー」なんてことを言っているが、誰も動こうとはしない。
そんな自分たちのことしか考えない周りを見ていると、段々と胸の奥底からどす黒い何かが湧き上がってくるのを僕は感じ始めた。
それに、「人間側」が委員会活動として育てることを決めた「花」の世話を、その人間たち自身が厄介事のように扱うという人間の醜悪さに吐き気がした僕は、「花」が可哀そうだと同情する気持ちが次第に大きくなっていった。
「先生、一年五組の川瀬と言います。花壇の水やりですが、僕一人に任せて貰えませんか?」
僕が手を挙げてそう発言すると、教室中が騒めき出す。
「えぇと、川瀬、水やりを毎日するのは大変だぞ?そりゃあこのままだと中々当番も決まりそうにないし、引き受けてくれる気持ちはありがたいんだがな…」
「僕は部活動に入っていませんし、僕なら毎日水やりをすることができます。それに、皆さんは水やりをしたくなさそうですし、そんな人たちが欠かさずに水やりをしてくれるとは到底思えませんので」
担当教師の意見に反論をしながら、少しばかり溜まっていた鬱憤を周囲への嫌味で晴らしていると、席の場所的に二年生だろうか、「おい!」と声を荒げながら一人の先輩が突っかかってきた。
「今俺たちのことを馬鹿にしただろ?一年のくせに生意気言ってんじゃねえよ!」
どうやらさっきの嫌味が想像以上に効いていたらしく、顔を真っ赤にしながら僕にどうでもいいことを言ってくる。
どうしてこんなに自己中心的な思考しかできない人間ばかりなんだ…。
本当に嫌になる。
「…ならあんたが全部やってくれるのか?この話し合いもあんたみたいな人間しかいないせいで長引いてるんだろうが。あんたたちが面倒臭くてやりたくないって思ってる仕事を僕が代わりにやってやるって言ってんだ。なんで僕に突っかかるんだ?あんたたちにはメリットこそあれ、デメリットなんてないだろ?それを自分が頭にきたとかいうどうでもいいような理由だけで僕に突っかかってきたんなら、あんた頭悪いんじゃないか?」
「…っ!お、俺は…!」
「分かったんなら大人しく座れよ。花の世話をするよりも『大事な』部活の時間がなくなるぞ?」
僕がそう言うと、先輩は力が抜けたように椅子に座り込み、俯いたまま動かなくなった。
髪を染めてオラついた雰囲気を出している先輩だが、せいぜいクラス内カースト上位の取り巻きポジションのような小物感があったため、高圧的にいく作戦は上手くいったようだ。
こういう周囲の威光を自分の力と錯覚しているような相手は、一人になった時の問題解決能力が低い。
頼りにしている「自分よりも上の存在」がいないことで心の拠り所がなくなった相手には、自分が相手よりも上であるという上下関係を突き付けてやることが最も手っ取り早い。
『経験』からの行動だったが、思ったよりも効果があり、先輩に報復されるというような心配もないだろう。
ああいうタイプは、自分の負けを認めるのを恥と思うタイプだろうからな。
僕に報復するには、自分が後輩に言い負かされたことも含めて上の立場のヤツに説明しないといけないため、そんな恥ずかしいことをあの先輩がすることはないだろう。
せいぜい自分の中で悔い改め続けて欲しいものだ。
「…えぇと、だな、言い方は少々厳しいものだったが、川瀬の言うことも間違っていないのは事実だ。それじゃあ、反対がなければこのまま川瀬に水やりを一任しようと思うが、みんなは問題ないか?」
担当教師に異を唱える生徒はいなかったため、僕は美化委員会唯一の「水やり当番」になった。
「それじゃあこれにて委員会は終わるが、今日の話し合いで起きたことは他言無用だ。二人の言い合いは、話し合いを進める上で重要なものであったし、言いふらすようなことではないからな」
最後に担当教師が、僕や先輩の噂が広まらないように生徒へ釘を刺していたが、周囲の僕を見る目に恐れが感じられるので、噂が出回ることもないだろう。
まぁ別に噂されて恐れられようが恐れられまいが、どっちでも良いのだが。
そのまま解散となり、他の生徒たちがそそくさと出ていく中、僕の元に担当教師がやってくる。
「川瀬、お前にはこの用具倉庫の鍵を渡しておく。水やりの道具や種は倉庫の中に入っているから、この説明文を見ながら作業をしてくれ。鍵はそのまま持っていてくれて構わないからな。もし何かあれば俺のところに来てくれ」
「分かりました。鍵は預かっておきます」
鍵を受け取り、教室を後にしようとすると、
「毎年あんな感じで、当番が決まってもほとんど水やりをやる生徒はいなくてな。今までは用務員さんが水やりをしてくれていたんだが、去年で退職されたから今年の水やり当番はどうなるか心配していたんだ。理由はどうであれ、引き受けてくれてありがとうな、川瀬」
と担当教師から労いの言葉を掛けられた。
僕は小さく会釈をして教室を後にしながらも、一つ思う所があった。
担当教師は水やり当番を心配していた「だけ」で、自分がしようとは思っていなかったのだろう。
「…あんたも厄介事を押し付ようとしたあいつらと変わらないじゃないか」
僕は小さくため息を吐きながら、裏庭の花壇に向けて歩みを進めるのだった。
裏庭に到着して、僕は花壇の様子を眺める。
綺麗に敷き詰められている土は、去年退職をしたという用務員さんが整えていてくれたものなのだろう。
用具倉庫の鍵を開けると、じょうろや小さなスコップなどの道具類が置いてあり、今年植える分の種もまとめられている。
さっき担当教師に貰った説明文を元に、僕はゆっくりと作業を始めることにした。
説明文も恐らく用務員さんが事前に書き記しておいてくれたものなのだろう、丁寧に種を植える量や間隔、水やりの仕方が説明されており、僕は「丁寧にありがとうございます」と心の中で感謝をした。
三十分ほど時間がかかったが、無事に最初の種植え作業を終えた僕は、使った道具を近くの水道で洗い、用具倉庫にしっかりと戻しておいた。
これから朝と放課後に毎日水やりをすることに面倒臭さを感じていたのは事実だが、作業をしてみると意外に楽しいような気がしている。
とりあえず今日はもう帰ろうと、かばんを持って裏庭を後にしようすると、校舎の方から見られているような感じがした僕は、すっと校舎側に目を向けた。
一瞬ピンク色の何かが目の端に映ったような気がしたが、校舎の窓からこちらを覗いている人は誰もいないので、どうやら気のせいだったようだ。
視線を前に戻した僕は歩き出す。
水やりにどれだけ時間が掛かるか分からないから明日は早めに登校してみるか、なんてことを考えながら、僕は自転車置き場に向かうのだった。
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