EXTRA その短冊に込めし思いは……
現代の異常気象によって人類の発汗量が1.5倍にでもされたんじゃないかという時期、地元では七夕祭が開催されていた。
去年までなら人混みを避けて極力外に出ようとしなかったのだが
「浴衣って意外と動きにくいのね」
「まぁ、そんなもんだろ」
薄い紺色に朝顔の柄の浴衣をキラキラした
対する俺は半袖短パンと歳が歳なら地元のおじさんのように見えてしまう加工である。
前に進む度に新雪のように髪が星空のようにっキラキラと光る。これなら一部、前髪が黄色になっている部分は流星のように見えるだろう。
「アイリス、今何時だ?」
「ん~っと5時42分と29秒」
「だとするとけっこう人がいそうだな……」
アイリスの正確無比な回答にボソリとつぶやく。
そういえばこの七夕祭、小学生以来だな。今はどうなってるんだろうか。
小さな好奇心が会場へ向かう足を少しだけ加速させる。
***
会場に到着すると我先にとアイリスは前に進む。
「すごいわね! いっぱい屋台があるわ!」
「ん~、まぁそんなものか」
俺の記憶が正しければ屋台の数は昔より減っているような気がするんだが……。
それに──
「アイリスはある程度知ってるんじゃないのか?」
「そうね。でも実際に見たのは初めてだから」
アイリスが言いたいのは多分、感じるのと見るとでは全然違うといったところか。
「
その言葉に嫌な予感が胸をよぎる。もうだめかもしれない。
アイリスが指さす先を見ると会場のど真ん中にある笹があった。
ああ、そっちか。安堵の息を吐き出す。
「あの笹に願い事を書いた短冊を吊るすんだよ」
「じゃあ、その『タンプレ』を書きに行くわよ」
「『短冊』な」
「そうとも言うわ」
「そうとしか言わねぇよ……」
間違えているのに堂々と胸を張るアイリスにいつものようにため息交じりにツッコむ。
半ば無理矢理、俺の手を取り、笹の方へ向かっていく。
「いやいやいや、短冊はそっちじゃなくてあっちな」
進行方向とは逆の方向にある社務所を指をさし、アイリスを止める。
するとアイリスは俺の腕から手を離した。
「そうならそうと言いなさいよ」
「あのな、急に言われてもな……」
言葉を言い切る前に口を閉じ、今度はアイリスの手を取って社務所の方へ向かった。
***
「何書こうかしら」
「今、叶えたいこととかないのか?」
「ないわ!」
社務所の一角に設けられているスペースでアイリスと並んで短冊と向き合っている。アイリスにそうツッコんだものの俺も大して叶えたい夢はない。
高校生にもなってこんな
心の中で自嘲の笑みを浮かべた。
「こうして悠佑と毎日過ごせてるし、不満はないわ」
「そ、そうか。それは嬉しいな」
恥ずかしいセリフを臆面もなく言うアイリスに顔が熱くなる。
油断してた。アイリスはそういうやつだって知ってるのに……。
「でも強いて言うなら悠佑が自分に自信を持ってもらうことかしら」
「なんだよそれ」
思わず鼻で笑ってしまう。俺なんて別にどうでもいいだろうに……。
そんなことよりも自分のことをだな──
「『そんなこと』じゃないわ! 悠佑はワタシのパートナーよ! なら胸を張りなさい!──」
「『こんなに可愛いワタシがついてるんだから!』だろ?」
耳にタコができるほど聞き飽きたセリフを口に出す。
いつも俺が卑下するとこの言葉でアイリスは俺を鼓舞しようとしてくれる。
でも俺はその言葉を純粋に受け取ることもできないわけで……。
「そういう悠佑はなんて書くのよ?」
「う~ん。俺も特にないかも。やっぱ、アイリス達と過ごす日は楽しいからさ」
さっきの仕返しだと言わんばかりにそう返すとアイリスは頬を赤くしてそっぽを向く。
「そ、それならいいわ。……悠佑のクセにナマイキよ」
「なんか言ったか?」
「なんでもない! さっさと書きなさい」
「はいはい」
アイリスの照れ隠しに適当な返事をして思い付いた願いを書き込んだ。
***
短冊を書き終わった俺達は会場へ戻り、例の笹のところへと戻った。
主に小さな子供たちが参加しているからなのか低い位置に多く短冊がぶら下げられている。思わず小さく笑みがこぼれた。
「悠佑。にやけてないで短冊を吊るすわよ」
「分かってるよ」
全く……。急かすアイリスに小さくため息をつきながら場所を探し、少し葉の色が濃くなっている(ように見える)部分の枝に結ぶ。
「結局お願い事は何にしたのよ?」
「いや、特に大したことじゃないよ」
「じゃあ、見せて」
「やめろって」
短冊を隠す俺の手をアイリスが無理矢理退かそうと手を伸ばす。
アイリスの動きになんとか食らいつき、守り続けた。
こんなこっ恥ずかしい願いを見られるのは嫌だ。
「ふ~ん……」
「な、なんだよ」
アイリスが急に動きを止めて意地悪な笑顔を浮かべる。
その表情に一瞬、ひるんでしまった。
「スキあり!」
「な!」
その一瞬でアイリスは俺の手を短冊から剥がし、短冊の内容を読む。
「『全てのものが幸せになりますように』ねぇ……」
「ほ、ほら、最初説明してくれたことあったろ? そ、それを思い出して、な」
「いいじゃない。でも──」
短冊から手を離し、その手を胸に当てて俯くアイリス。
笹で手でも切ったのかと心配して肩に手を伸ばそうとした。
「本当にナマイキよ……」
「アイリス?」
「大丈夫よ! さ、今日は何食べようかしら」
先程の嫌な予感は正しかったと思いつつアイリスとともに祭の喧騒の中へと入る。
いつもは鬱陶しく感じる人混みも何故か不快に感じることはなかった。
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