60秒間の魔法

 GWもほぼ終盤のある日、僕は幼馴染の双葉と2人でのんびりと過ごしていた。

 幼馴染といっても家が少し近くて幼稚園、小学校、中学校──そして高校と同じところに通ってるくらいの『腐れ縁』だ。

 年齢が同じ子供がいるせいか親同士が意気投合してしまい、無慈悲にも僕と双葉を置いて旅行に行ってしまった。

 今日の夕方までには帰ってくるとは言っていたが酒でもひっかけてきそうなのでもっと遅くなる。絶対になる。


 そんなわけでGW中、僕と双葉はお互いに家を行き来して理由もなく集まって話したり、ゲームを一緒にやったりやらなかったりして過ごしていた。

 もうネタ切れになって2人して僕の部屋で昼間の猫のように体を伸ばしての転がっている。

 双葉はそこそこ容姿端麗だが意外と人気がない。

 スラっと高めな身長、少しほど目だが綺麗な目もしているし。普通なら誰かしら声をかけていてもおかしくないのだが。

 僕は昔から一緒にいるので恋心とか特に抱いたことはない。

 双葉は黄色いシュシュ──じゃなくてカナリーイエローのシュシュを手首に付けている。これは双葉のお気に入りで昔からどこかしらに身に着けている。シュシュの色を『黄色』と言うと『カナリーイエロー!!』と訂正してくる。

 こういうものに疎い僕にはどうでもいい話なのだが双葉には重要なことのようで何度も訂正してくるおかげで慣れてしまった。

 別の人には全く訂正しないのに……。訳分からん。


てつ~そういえばさ、うちのクラスに面白い男女コンビがいるんだ」

「確か双葉は2組か。ということは──クラス委員のか?」

「そうそう!」


 噂には聞いたことがある。女子の方は男子には触れないけど相方の男子にはさわれるだとかなんとか。手をつないで廊下を歩いてただの、肉体関係を持っていて男子の方が一方的に女子の方を捨てただのとか……。

 結局、ほとんどが尾ひれのついた噂話だったらしいが。 


「うちのクラスはみんな応援するってことになっててね。でも男子はなんか変なこと考えてる感じがしてて怪しいけど」

「上げて落とす、なんて考えてたりしてたりな」

「それ最悪じゃん!」


 まぁ、そのさみしさに付けもこうにも女子の方が相方の男子にしかさわれない時点で希望も糞もないだろうが。

 どちらにしろ僕には全く関係のない話だ。


「でさ、少しずつね仲良くなってく所を見てるといいなぁって思うんだ」

「羨ましいのか?」


 なんてからかうように言うと双葉は少し考え込む。

 少しだけ待つと首を縦に振った。


「そうだね。うちもそういう恋がしてみたなぁって」

「!!」


 しみじみとそう言った双葉に思わずドキッとしてしまった。

 視界の端に映る時計は9時9分に変わったばかり。

 確かちょうど5月5日きょう9時9分いまが立夏だったはずだ。現代文の授業で『立夏』について調べさせられたのでほぼ間違いない。

 僕と双葉の息遣いだけが聞こえる。時計の秒針が妙に遅く感じた。

 僕の部屋。高めの設定温度のクーラー。ほとんど一緒にいる幼馴染。『立夏』というにはなんとも普通な風景だ。

 止まっているような時間の中で僕の心臓だけが早く動いている。


「あのさ──」

「はっくちぃ!!」


 僕の声を遮るように双葉が大きなくしゃみをする。

 自分でもなんと声をかけようとしたのか分からなかった。一体、僕は──


「んでなに?」

「双葉の下品なくしゃみのせいで忘れた」

「下品じゃなし! 生理現象だから!」

「分かった分かった。じゃあ、そのお上品な鼻水を拭け。汚いったらありゃしない」

「はぁ? 汚くないし!」


 ひょいと立ち上がり、机からティッシュ箱を取って双葉に投げつけるように渡す。

 文句を言いながらも双葉はティッシュで豪快に鼻をかむ。

 気付くと先程まで早鐘を撃っていた心臓はいつもの鼓動に戻っていた。

 ふと時計に目をやると時計は9時10分を示している。


 ──どうやらさっきのは立夏の魔法だったようだ。

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