隣のお姉さんが禁煙を口実にキスをせがんでくる件

マホロバ

第1話『人の気持ちも知らないで』

 昼下がりの室内にインターホンの音が響く。


 家の中でダラダラとしていた俺──古我こが 龍斗りゅうとは、少しだけ緊張しながらアパートの扉を開けた。

「やっほー♪」

 扉の向こうに立っていたのは、派手な銀髪を携えた、ダラしないTシャツ姿の女性だった。

「…またですか」


 彼女は葛野くずの 和音かずねさん。

 隣の部屋に住んでいる25歳の女性だ。彼女はをする為に、定期的に俺の部屋にやって来ている。

「じゃ、お願いね♡」

「はぁ…わかりました」


 そう言って目を瞑ると、和音さんは俺の顔を両手で包み込むように掴み──



 ──濃厚なキスをした。



 5秒ほどした後、和音さんはゆっくりと俺の顔から手を離した。

 唇には人肌の余韻と独特な味が残っている。

「…また吸いましたね?」

「うん♪我慢できなくて1本吸っちゃった!」

「それじゃあ意味無いでしょ!」


 唇に残された余韻。それはタバコの味だった。

 ある症状の治療って言うのは、禁煙のことだ。彼女はタバコを吸いたくなる度に、代わりに俺とのキスをせがんで来た。

 なんでそんな事に…ってのは1ヶ月前に遡る。


 俺は大学進学をきっかけにこのアパートに引っ越してきた。初めは問題なく一人暮らしを楽しんでいたのだが、夏が近付いてくると事態は変化した。

 窓を開けていると和音さんが吸ったタバコの煙が、俺の部屋に入ってくるようになった。


 我慢できなくなった俺は、和音さんに何とかタバコの煙が俺の部屋に入らないようにしてもらうべく、直接話に行った。そしたら彼女は…

「じゃあアタシがタバコ吸いたくなったら…代わりにキミがキスしてよ」


 は?何言ってんのこの人?初対面だよ俺?

 困惑する俺を他所に、和音さんはアッサリと俺の唇を奪った。

 俺にとっては初めてのキスだったのに…


 それからというもの、彼女はタバコを吸いたくなる度に俺の部屋にやって来るようになった。

 タバコの煙か、キスか…選んだ結果が今の状況だ。


 タチの悪いことに和音さんはかなりの美人だ。

 着飾って黙っていれば、恋人の1人や2人いてもおかしくないような人だ。そんな人からキスをせがまれれば、大抵の人は断れないだろう。


「はぁ…」

「む!ため息つくと幸せ逃げるぞ?どれ、お姉さんがその悪い口を塞いであげよう!」

「結構です!」

「ちぇ〜…」


 油断するとすぐこれだ。

 そもそも恋人でも無いのに何度もキスするなんて、おかしいと思わないのだろうか。

 …まぁ…流されるがままの俺が言えたことじゃないんだけど…


「ってかいつまで居るんですか。もうキスはしたんですし帰ったらどうです?」

「えぇー!冷たいなぁ古我君は…せっかくだしもっと話そうじゃないか」

「話すって…何をですか」

「んー…アタシ達の子供の名前とか?」

「何言ってんだこのバカ!」


 衝撃発言を受けた俺は、思わず和音さんを外へと押し出し、扉を閉めてしまう。

 鏡を見なくても分かるくらい、顔の中心に熱を感じる。和音さんが放った一言で、俺の心は容易に動揺させられてしまった。


「クソッ…人の気も知らないで…!」

 玄関先で座り込む俺。瞼の裏には和音さんの姿が鮮烈に刻み付けられている。

 あの人はただの隣人、仕方なくキスしてるだけ。

 それなのに頭の中は彼女で満たされていた。




 ∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵



 バタンッ、と勢いよく扉が閉まる。

 追い出されてしまったは仕方なく自分の部屋へと戻った。

 物が散らかりっぱなしのリビングに戻ってから、ヘナヘナと座り込む。

「はぁぁぁぁ…最高…♡」


 古我君はもうキスに慣れちゃったのかも。最近はリアクションがあんまり激しくない。

 でも子供の話はちゃんと動揺してたな。アタシとそういう事するの想像しちゃったのかな?


「ふふっ…かわいーなぁ…」

 あの時の古我君の顔、写真撮っとけば良かった。

 って言うか、彼はアタシの事どう思ってるんだろ?

 ただのお隣さん?それとも痴女とか?

 まぁなんでもいいや。どーせ結末は決めてるし。


「逃がさねーからな…♡」

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