嵐の前の騒がしさ
日課を済ませて食堂に行くと、想像通りの光景が広がっていた。既に飲み食いが始まっていたようで、フリントがカーネリアンと一緒に騒いでいる。引きつった笑いを浮かべるクレイとルネを見て、セレンが駆け寄ってきた。彼女は二人の腕を取り、自分の両隣に座らせる。
「二人とも遅い!」
「まさかもう出来上がってるとは」
「書くのに時間かかったしねー」
フリントが酒をクレイたちの前に置く。ルネにはイチゴの炭酸酒、クレイには麦酒だった。
「遅いぜ二人とも! さっきリアンのおっちゃんが語るも涙の話してたんだからよ!」
「にしては馬鹿騒ぎだな」
飲み食いを始めたクレイたちにフリントが、カーネリアンがしていたという話を語る。
彼と姉の話だった。カーネリアンが姉に告白をした次の日に、彼女は彼の目の前で殺されたのだという。あまりに突然のことで、カーネリアンは反応が遅れ、対処できなかったのだ。後に調べたところ、彼女を殺したのは三神教の信徒だったのだという。復讐を果たしたが、生きる目的を見失い放浪していたとき、ザクロと出会った。
フリントが話をしている最中、カーネリアンはコクコクと何度も頷いていた。
「ザクロは儂にこう言うた。生きる目的がないのなら子供の頃何に成りたかったかを思い返すといい、と」
「子供の頃か」
「応とも。儂は旅人になりたかった。そう言うたら今旅してるじゃない、とな」
カーネリアンが目を細めて静かに笑う。
「儂はそれもそうであるなと返したのだが、不思議と心が軽くなっておった」
「心を救われたんだねー」
「しばらく彼女と共に過ごし、儂は惚れてもうた。最初は姉に似ておることからであったがな」
「素敵な話じゃんねー、本当泣けるわ」
マイカが瞳に涙をにじませ、酒を煽る。クレイもまた麦酒を飲み干し、もう一本注文する。
「戦うことになったらどうする」
運ばれてきた麦酒の入ったジョッキを手に取り、まっすぐにカーネリアンを見つめる。すると彼もまた、まっすぐに見据え返してきた。
「無論、戦うことに躊躇いがないわけではない。しかし、儂はたとえ彼女を傷つけてでも止めたいのだ」
「……そっか、強いなお前は」
「そうでもない。事実、お主らに背中を押されるまでは全てを躊躇っておったのだからな」
話し終えると、カーネリアンは大きなジョッキを煽る。
「おーし! おっちゃんの覚悟に乾杯だぜ!」
「まただわ……ずっとこれなのよ」
「セレン、大変だったなお前」
「本当にね! ずっとこうなんだから! ずっと!」
セレンがジョッキを叩きつけて、涙目に訴える。クレイはため息をつきながらフリントと乾杯をし、セレンの肩を優しく叩いた。ルネは彼女の頭を撫でている。
「二人だけが私の味方よぉ……」
「裸踊りを命じた男だぞ?」
「そんなのさぁ、本心で命じたんじゃないことくらいわかるわ」
「察しがいい奴だな」
「ふふ、ふふふふふ」
「うわ笑い方独特」
そう言って笑い合いながら、セレンともジョッキを交わす。
「私もー!」
「もちろんよ」
ルネとセレンもまた同じようにした。対面の席では、フリントとマイカとカーネリアンが騒いでいる。クレイたちは努めて静かに、ただ酒を食事を楽しんだ。時折マイカとフリントに巻き込まれて騒ぎながらも、騒いだ後にはまたセレンたちの隣で静かに飲む。
そんなクレイをまじまじと見つめて、セレンが笑った。
「あんた器用ね」
「そうか?」
「あんた、あいつらに合わせてるでしょ」
思わず、むせてしまった。麦酒が器官に入りそうになって、激しい咳をする。
「ちょ、もう! 大丈夫?」
セレンが背中をさすってきた。
「大丈夫大丈夫、ちょっとびっくりしただけだ」
「合わせてるっていうかねー、ちょっと違う気がするね」
「そうなの?」
「嫌われようとして無理してたら、そっちに二人のノリが合っちゃったんだよねー」
セレンの手が背中から離れる。今度は肩を掴まれた。
「その話詳しく」
「おいルネ、余計なこと言うなって」
「あ、ごめん」
セレンの輝く瞳が、クレイのことを見つめている。クレイは肩を落として、ふうと息をつく。
「本にな、パーティから追放されて能力を高めた奴の話があったんだ」
セレンの手が肩から離れる。セレンが呆けたような顔した。
「俺のスキルレベルは一だ。もしかしたら追放でもされれば上がるのかもしれないと、バカなことを考えたんだよ」
「藁にも縋るってやつだねー」
「……バカね、本当」
セレンがくすくすと笑い、酒を煽る。それからクレイの肩を力強く叩いた。
「きっとあんたが何しても、嫌われやしないわ」
「薄々そんな気がしてる」
「それにあんたも楽しそうじゃない。もったいないわよ」
「……まあな」
クレイには、セレンの言葉ひとつひとつが胸に深く突き刺さるように感じられた。対面で肩を組んで何かを歌っているフリントとマイカ、そしてそれを見て笑っているカーネリアンの姿を見ながら、クレイは麦酒をまた飲み干す。もう一杯、今度は米酒を頼み、そして大皿に残った肉の塊を口の中に放り込んだ。
「ま、強くなれりゃなんだっていいんだよ俺は」
「そうまでして壁を目指したいの?」
「もちろんだ。俺らは壁を超えなきゃならないんだ」
「だねー」
「事情があるのは察するわ。だけど――」
セレンの口が動き続け、何かを言っていたようだが、続きが三人の大きな歌声にかき消されてしまった。セレンはため息をついて、耳をそばだてて聞き取ろうとしていたクレイの脇腹を突く。
「いい加減あの三人なんとかしたら?」
「……だな」
クレイが三人を叱りつけ、この場はお開きになった。明日の昼に、精霊洞窟に乗り込む。強くなりたいなら精霊洞窟に行け、とのダリアの言葉をクレイは思い返し、ルネと一緒に眠りについた。抱きついてくるルネの頭を撫でながら。
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