神聖武器 釘バット

 喫茶店を出た二人は、ロタン商業区を歩き、武器屋を探す。ロタン商業区は中央広場や北通りの付近と比べて、治安があまり良くはないようだった。隣の地区が歓楽街だからか、嫌がる女性を無理やりナンパしようとするチンピラや何かの勧誘をする人、陰謀論を声たかだかに叫ぶ人など多種多様な人がいる。


「二十回目の女神降臨の年! この大地に災いが起きる! 魔の軍勢が押し寄せ我らを蹂躙するだろう! 目覚めよ全ての人類種!」


 叫ぶ彼の周囲には、足を止める人は誰もいない。クレイも正直なところ、うんざりとしていた。


 (せっかくの景観のいい街が台無しだな)


「あー! クレくん、あそこじゃない?」


 ルネが指し示す先には、剣が交差した模様が描かれている。


「お、本当だ、あそこだな」


 この世界には、商売ごとに看板の決まり事がある。武器屋は交差する剣の模様を掲げること、食料品店は主だった商品の分類を示す絵を掲げること。肉を主体としているなら骨付き肉の絵、野菜を主体としているなら玉ねぎの絵、果物を主体としているなら林檎の絵。昔は野菜を主体とする店はトマトを掲げることと決められていたが、林檎と区別がつきにくいという苦情が殺到し、根を張った玉ねぎの絵に変更された。


 最初に決めたのは女神ノエルだが、変更の対応をしたのは各国の王を集めて年に一度行われる大陸合議会だった。大陸合議会は、女神ノエルが各国の王に課している義務である。


「さ、新しい相棒と出会いに行くか!」

「お金ならあるしねー!」

「まあ、金の一番の使い道は他にある。使いすぎないようにしないとな」

「そうなのー?」

「ま、その時のお楽しみだ」


 常に一緒にいるルネに隠し事ができないことはクレイも理解していたが、少しでも特別感を演出しようとして言葉を濁した。ルネは首をちょこんと小さく傾げながらも、クレイの手を引いて店に入っていく。


 店内は、雑然としていた。所狭しと既製品の武器や防具が並べられており、棚には多種多様な箱が置かれている。店の奥には鍛冶場があり、店主が煙草を吸いながらクレイたちをチラリと見て立ち上がった。その男はクレイが目を見張るほどに大柄で、筋骨隆々だった。


「らっしゃい、武器かい?」

「ええ、効果的に殴打できる武器を探してます」

「撲殺用か」

「物騒に言うとそうですね」

「ふむ」


 店主がまじまじとクレイを観察する。腕を触ったり腰を触ったりと、体をベタベタと触られクレイは少しだけ顔を引きつらせていた。


 体格を見極めているのはわかるけど――クレイは思わず息を止めてしまう。


 しばらく続いた後、店主がクレイから離れた。


「鍛えてるな。無駄もない。実用的な筋肉だ」

「流石……服の上からでもわかるんですね」

「いちいち脱がしてちゃあ、女性相手だと大変だからな」

「なるほど」


 服の上からなら、まだ一言断りを入れれば済むのだろう、とクレイは納得した。もっとも、クレイには一言も断りはなかったわけだが。


「ちょっと待ってな」

「はい」


 店主が棚からいくつかの箱を選んで、クレイの前に持ってきて床に降ろしていく。三つの箱が、クレイの前に置かれた。


「まずはこれだ」


 店主が箱の蓋を取り、中身をクレイに見せる。


「メイスだな。特徴的なのは、この形状だ。持ち手から先端に行くにつれて徐々に太くなり、一番太い部分には釘が埋め込まれている」

「おお……すごく物騒な見た目ですね」

「でもクレくんとの相性はよさそうだねー」


 金属製の棒に金属の釘を埋め込んだそのメイスが、クレイにはとてつもなく禍々しい武器のように見えた。


「本体の素材は?」

「ヒヒイロカネだな。釘も同じだ」

「ヒヒ……! 高級素材じゃないですか」

「まあメイスは聖職も好むからな、魔金属製ばっかよ」


 メイスはその形状などから、聖職者が殺傷能力の高い武器を装備していることを咎められた際に、杖として言い訳がきく。聖職者が魔物を撲殺など……という苦情が来ることがあった時代に、この世界で多くの聖職者が採用したものだ。もっとも現在は聖職者であれ戦うのは常識になっているため形骸化しているが、伝統的に聖職者がメイスを使うようになっている。


 聖職者は魔法系のスキルを持つ者が多く、マナをよく通す魔金属製の武器を好む。そのうえ、聖職者は高給取りであるため、高級な魔金属武器を売る相手として武器商人や鍛冶職人からしても都合がいい。


 ただ、金があるとはいえ、いきなり魔金属製の武器を買うのにクレイは抵抗があった。


「ちなみに値段は?」

「金貨一枚と銀貨十枚だ」

「……安い!」


 通常、ヒヒイロカネ製のメイスは金貨二枚以上が相場だ。ヒヒイロカネは魔金属のなかでは安い部類ではあるが、それでも金貨一枚台になることは滅多にない。


「何か裏があるんじゃ?」

「いやなに、禍々しい見た目だからな、聖職者から受けが悪いんだ」

「あー……たしかに聖職者の武器って感じじゃないねー」

「漂流者のアイデアを取り入れた自信作なんだがな……」


 異世界からの漂流者のアイデアを取り入れた高級素材をふんだんに使った武器が、相場の半額程度。クレイは人差し指の第二関節を顎に当てて、考え込んだ。


「ま、ほかも見てから決めてくれ」

「ああ、そうですね」


 店主が二つ目の箱を開ける。さっきの箱よりも、一回りほど大きい。


「ハンマーだな」

「でかいですね」

「特徴は柄の部分が細く、打撃部分がデカく太いことだ」


 店主の言うように、柄の部分は長細い。柄に付いた打撃部分は大きく膨らんでおり、片側は平らに、片側は尖っていた。


「デカいトンカチだー!」


 (確かに、これはデカいトンカチだ)


 尖っている部分が、釘抜きのように見える。店主はガハハと笑い、ハンマーを仕舞った。


「トンカチを武器にしたらどうかと思って作ってみたが、人気がなくてな」

「なんかさっきから不人気商品を売ろうとしてません?」

「気の所為だ」

「気の所為ですか」


 店主は最後の箱を開け、中身を取り出す。今度は一番小ぶりな箱だった。


「トンファーだな」

「トンファー?」


 クレイが首を傾げる。聞いたことがない武器種だった。


「こうして短い方を手に持つと、長い棒が腕に這うようになる」

「ほうほう」

「この長い部分を相手にぶつけるんだ」

「つまり、腕の振りで戦う武器と」

「元々は護身のためのもんだな」


 実際に手に持って腕を振ってみるも、どうもクレイにはしっくりこなかった。クレイはこれまで杖を振り回して、戦ってきた。腕に沿うようにして装着した武器を魔物に当てるというのは、難しいように思える。確かに防御には優秀そうだが、クレイは拘束しつつ敵に突っ込んで先手必勝することを好むため、相性がよくない。


 彼が気になるのは、やはり最初のメイスだった。


「どうだい? 今ある打撃武器はこれで全部だ」


 (デカいトンカチは論外、トンファーとかいうのも性に合わんが……金貨一枚と銀貨十枚か)


 クレイは、先程のメイスをまじまじと見つめる。禍々しい見た目だが、妙に惹かれるところがあった。この大きさなら腰に差して歩くことも、背中に固定しておくこともできる。柄の部分に巻かれたラバーもグリップがきいて、振りやすそうだった。何より、クレイの戦闘スタイルにはよく合う武器だ。


「これくださーい!」


 迷うクレイより先に口を開いたのは、ルネだった。


「おいちょっと?」

「いいじゃん、先行投資? てやつだよー」


 ルネが金貨一枚と十枚分の紙幣を店主に渡す。クレイはそれを止めようと思いながら、なぜか体が動かず、結局高級メイスを相場の半額程度で購入した。店主は出会ってから一番の笑みを浮かべながら、メイスをクレイに渡す。


「そういえば、この武器の銘はなんですか?」

「釘バットだ。コイツのアイデアをくれた漂流者が付けた名前だ」

「釘バット……」


 なぜだか妙にしっくりくる名前だ――クレイは思った。


「こいつはおまけだ。そいつを装備するのに使ってくれ」


 店主が差し出したのは、釘バットを背負うためのベルトだった。太い釘バットもしっかりと差せるように作られており、そのうえ見るからに頑丈そうだが、触ってみると伸縮性があるのがわかる。試しに釘バットを抜き差ししてみると、案外簡単に抜けるし差せるようだった。


「釘バットがまとうマナに反応して、抜き差しを補助してくれる仕組みだ」

「なるほど……」


 特殊なつくりのベルトを装着する。少しだけ体が締め付けられるような心地がしたが、クレイの体はすぐに慣れた。


「上等なベルトですね」

「おうよ、そいつのために作った特注品だからな」

「なるほどそれでおまけに」

「ま、使い倒してくれ」


 クレイは釘バットを装備して、杖をルネに預け、店主に一礼して店を出る。扉を閉めて陽の光を浴びながら、クレイはふうと息を吐く。そうして自分の財布を取り出し、ルネに先ほどの金を返そうとした。するとルネは両手の人差し指でバッテンを作る。


「プレゼントだからいーの!」

「は? なんでだよ。今日は別に誕生日じゃないだろ」

「いーのいーの! それにリーダーなんだからいい武器もっといたほうがいーって」


 ルネがクレイの手を押し返す。クレイは「わかったよ」と言って、金を財布に戻し、ルネの頭を撫でた。


「ありがとうな」

「そーそー、素直に受け取ればいーの!」

「じゃ、次はお前が見たいところに行くか」

「やったー! じゃあねじゃあねー!」


 ルネが観光案内を開いて、商業区のあたりの地図を眺める。満面の笑みで「ここー!」と示したのは、商業区の中心にそびえる複合商業施設フラーマモールだった。


「へー、ナーランプ随一の商業施設か」

「よさそうじゃない!?」

「ああ、情報収集にも良さそうだし、買い物にも良さそうだ」


 ルネの頭をもう一度撫でて、クレイはルネの手を引いて歩き出した。ルネは変わらない満面の笑みをその幼い顔にたたえて、引かれるがままに歩き始めた。

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