水の都ロタン
ロタンの北門。眼前に広がるその巨大な建造物の前に、重厚な金属の鎧を着込んだ男が立っている。人の出入りを管理する門兵が、クレイたちをまっすぐ見据えて手に持っている槍を水平に構えた。
「お前たち、どこから来た」
低く響くような声で制した門兵に、クレイはギルドカードを差し出す。技能判定を受けてパーティを結成したその日に、ミナスの冒険者ギルドで作ったカード。冒険者にとっての身分証明書だ。
「浮遊都市ミナスから来た冒険者パーティです」
「ああ、さっき光ってたな。拝見する」
門兵がギルドカードをまじまじと見てから、頷く。
「よし、確認した。通っていいぞ」
門兵がクレイにギルドカードを返し、槍を引っ込めた。
「ありがとうございます」
「あのよ、いつもこうなのか?」
「ん? どういうことだ?」
フリントが口にした疑問に、門兵が疑問を返す。
「ああいや、ミナスには門兵なんていねえからよ」
「地上ではこれが当たり前なんだよ、フリント」
「うむ。まあ今はいつもより警備を強化するよう言われているがな」
「あれ、そうなんですか?」
クレイが首を傾げると、門兵はメットを取って近くの木箱から煙草を取り出した。
「最近、街外れの洞窟にルビードラが住み着いてな」
煙草をくわえ、マッチを擦り、火を着けた。
「クレっち、ルビードラってなに?」
マイカがクレイのシャツの袖をくいくい、と引く。クレイは人差し指を立て、鼻を鳴らした。
「体内に宝石を取り込むドラゴン種だね。宝石を取り込めば取り込むほど強くなるし、大きくもなるし、硬くもなるんだ」
ルビードラは、真紅の宝石ルビーだけを取り込む。ルビーがよく採れる洞窟なんかに巣を構えては土や石を掘り進み、ルビーだけを探し当て、自身の体内に取り込んで力を溜め込んでいく。食事は必要とせず、ルビーに宿るマナのみを糧として生きる。一センチ大のルビーを取り込めば、それだけで一年は生きられるという風変わりなドラゴン種だ。
門兵は煙草の煙を吐く。その息はあまりに長く、ため息と区別がつかなかった。
「洞窟に住み着いたルビードラは体長三メートル級。バカでかい宝石庫だ」
「え、マジやばくない? 倒したらルビーざっくざくじゃん」
「そうなんだが、奴め、なぜかルビーを採らず近隣の街道で荷馬車を襲ったり、街に入ろうとしたりしてやがる」
「それは変ですね」
ルビードラは、基本的に人を襲わない。獰猛な種が多いドラゴンのなかでは、比較的温厚かつ臆病な部類であることで知られている。人々はルビードラが眠っている間、彼らを殺さず宝石のみを採掘する。それも生きるのに必要な分は残して。そうすることで、ルビードラがまたルビーを探し当て、取り込むのを待つ。
そうして、あらゆる人類種と共存している魔物だ。
クレイは顎に人差し指の第二関節を当てる。
「ま、今ギルドに行っても仕事はルビードラの調査くらいだろう」
「非常事態ってやつなんだねー」
「ま、難しいこたわかんねえや! ひとまずギルド行ってみようぜ」
フリントが大声で言うと、クレイは「そうだな」と短く答えて歩き出す。
「楽しめよ!」
門兵の明るい声に見送られて、四人はロタンの北門をくぐる。
そこには、空から見たよりもずっと綺麗な光景が広がっていた。白壁の建物はどれも太陽の光を受けて輝いており、時折落ちている影がその華美さをより際立たせている。水路は空から見るよりも広く長く、水も透き通っていて水路の底のタイルの目がよく見えた。
忙しそうに早足で歩く人、洗濯物を取り込む人、路上で談笑する人。ミナスでも見るような光景も、ミナスで見るのとまるで違うものであるかのようにクレイには思える。
「すげえ綺麗な街だな!」
「だなあ……」
フリントの言葉にぼんやりと答え、クレイは大きく息を吸った。肺に吸い込まれた空気が、ほんの少し湿り気を帯びているように感じる。不思議だ、とクレイは思った。
ナーランプは土のマナが潤沢な土地にある。
しかし、ロタンのある付近は、水のマナが潤沢なイーラン・コパの国境付近に位置する。そのためか、ロタン周辺は土のマナと水のマナの両方が潤沢にある。湿度が高く、しかしジメッとすることはない。その過ごしやすい気候のためか、ナーランプでも特に人気の高い街だ。
「さー! 観光は後にして、まずギルドでしょー」
景色に見とれるクレイの背中をルネが押す。クレイはハッとして、三人に振り返った。
「よし、ギルドを探そう」
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