“The life is beautiful” to you③
「
彼女と初めて会ったのは、中学二年生の春だった。都心にある中学ということも手伝ってか、割と生徒数が多いためクラス替えがされたばかりの教室は知らない顔もちらほら見受けられた。小夜子もその一人だった。
しゃべり方もそうだが、やけに雰囲気がのんびりした子だと思った。何というか、ふわふわした子だった。それが少しだけ春のうららかな陽気に似ているような気がして、冷たい印象を受ける名前と不釣り合いだなと失礼にも考えていた。。
クラス替え後特有の自己紹介タイムでは、大半の生徒に興味を示してはいなかった。どうせいつも通り放っておいても近寄ってくるのだから。しかし、一応自分の周りの生徒だけは最低限把握しようと耳をそばだてていた。
新学期のHRが終わるとその日の授業は終わりになってしまう。別に親しい間柄の話し相手もここにはいなかったあたしは、なんとなく気になった彼女に話しかけた。
「ねえ、飯田さん」
声をかけると、小夜子は相変わらずのんびりとした動作で顔でだけを向けてそのまま首を傾げた。これは失敗したかもしれないと本能的に思った。
「はい?」
どうして呼ばれたのか分からないようで、小夜子はぼんやりと尋ねる。そりゃあたし自身どうして呼んだのかなんて分からない。簡単に言ってしまえばなんとなくだし。難しく言ったとしても暇つぶしだとしか言えないのだから。
「あっ、たいした用じゃないんだけどね、ほら、隣だからさ」
無理矢理取り繕ったその言葉に納得したのか、小夜子は確かめるように数度頷いて朗らかな笑みを浮かべる。
「のんびりしてる私だけど、よろしくね」
あぁ、自覚はあるんだ。
それがあたしの抱いた、小夜子に対する最初の感想だった。
それから数日は特に話す話題も無く日々は過ぎ去っていった。毎日話すのは前のクラスで建前上は仲が良かった子たちとその繋がりで知った子たち。遠くのクラスにもかかわらず、よくもまあ通ってくるものだと感心してしまう。
男子は少しやんちゃな子は別にかっこよくもない悪びれた話を聞かせてくるし、大人しめの子はちらちらとこちらを確認してはあたしが視線を向けるとさっと目をそらしてしまう。それは女子だって似たようなもの。あたしはすり寄ってくる人たちに上っ面の笑みを顔に貼り付けるだけ。
気持ちが悪い。ただただ、その空間が気味悪かった。
愛想笑いを繰り返し、ご機嫌を取ろうとする周りの人間が。
ちやほやされ続けていたら嫌でも自分の美しさは嫌でも気が付くようになる。告白された数だって、クラスの子と比べれば遙かに多かった。それは誇張などでは絶対になく、見たくなくても。知りたくなくても分かってしまうものだった。
母親も娘のあたしから見ても美しい人だと思う。昔はそんな母に似ていることが誇らしかった。
処女じゃなくなったのは中学一年生のとき。酔っ払った実の父親に犯されたのだから嫌でも覚えている。アルコールで染め上げられた臭い息。あたしの軀を触る手は親のそれではなく、もっとおぞましいもの。男が、女を壊そうとするそれ。触られれば触られるほど、手垢がついていくように、自分の心も軀も汚れていくような気がした。
周りの甘酸っぱい初体験を聞けば聞くほど、自分の経験がイレギュラーなものなんだと知った。汚いものなんだと、自分が嫌になった。
一度、母に見られた事がある。
その瞬間心から助かったと思った。これで母は父を責めてくれる。そうすれば父はもうこんな酷いことをあたしにしないはずだ。ところがだ。母親は見て見ぬふりをした。父に犯されるあたしを、見捨てた。彼女に手を伸ばすあたしの手を取ろうともせず、そっと、目を伏せて背を向けた。それどころか、ストレスのはけ口を見つけたかのように、暴力を振るい始めた。少しでも気にくわないことがあれば殴った。少しでもあたしが彼女の思う理想の生活に関与すればヒステリックになった。
いくら泣き叫んでも、拒絶しても誰も助けてはくれないのだとそのとき知った。
何度恨んだか。何度殺してやろうと思ったか。その気持ちは薄れてはいないけれど、もう仕方がないとあきらめの気持ちが心に浮かんでいた。
それからしばらくして、家に帰ることが嫌になって深夜の池袋を歩き回っていると、見知らぬ男に今夜どう? と誘われた。だから、寝た。父の手垢でまみれたあたしの軀にはもう汚れる場所はないのだと、思ったから。
援助交際もこの頃から始めた習慣だった気がする。煙草も何人目かの男に教えてもらったもの。
自分の軀は男を喜ばせることしかできないのだと、もう投げ遣りだったことは否定しない。あたしには美しさがあるのだから、でも、他に使い道がないものだから。それならば、利用しても、構わないでしょう?
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