はじめてと装丁

@oirock

第1話

 何かを始めるきっかけというものは唐突なことである。ずっと前から書いてみようと思っていた小説はしかし何を書いたら良いのかが分からなかった。結局私は小説を書きたかったのではなく、多くの人に読まれているような物語を綴って讃えられたいだけなのだ、と結論づけていた。

 それが変わったのはある同僚から言われたからだった。

「小説とか書いてみたら?いいのができると思うよ。」


 たった数日前はじめて会ったその人が言った言葉、それは何も特別なことではなく、熱がこもっているわけでもなく、ただ雑談の流れで淡々と発せられた言葉であった。私も特段その言葉に突き動かされたわけではない。なんというか上から目線に見えるかもしれないがやってみてもいいかと不思議と思ったのだ。別に何を目的を持っているわけでもない。ただ思いを連ねるだけ。

 期待も不安もされない感情というのは案外自分にとっては一歩踏み出す要素足り得るものだと後から感じたのだ。それは例えるならば追い風でもなく、背中を押されることでも、手を引かれることでもなく、無風の中で体の中心が少し前に傾くようなものなのだ。

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