トランス・マキナ
たきせあきひこ
第1部:第1話 神崎雛の催眠術ショー
東京の夜、新宿の喧騒が最高潮に達したその時、都会の喧噪とは一線を画す静寂が、とある高級ホテルの一室に訪れていた。そこは、煌びやかなシャンデリアが天井を飾り、大理石の床が優雅に輝く、まさに豪奢の一語に尽きる空間だった。
この日、ここで開催されるのは、世界的に名を馳せる催眠術師、神崎雛の一夜限りのショー。チケットを求める人々の列は、ホテルのロビーから街中にまで伸びんばかりの長蛇の列をなしていた。彼女の神業とも言える催眠術の噂は、瞬く間に東京中を駆け巡り、人々を熱狂の渦に巻き込んでいったのだ。
開演時刻が近づくにつれ、ホテルの一室は期待に胸を躍らせる観客たちで埋め尽くされていった。ドレスアップした女性たち、スーツに身を包んだ紳士たち。老若男女問わず、雛の催眠術を一目見ようと集った人々のざわめきが、会場を包み込んでいる。
そして、時計の針が定刻を指した瞬間、室内が一斉に暗転した。スポットライトが舞台中央を照らし出し、そこに現れたのは、このショーの主役にして、催眠術界の女王――神崎雛の凛々しい姿だった。
彼女は白銀の髪を優雅にたなびかせ、深紅のイブニングドレスに身を包んでいる。それはまるで、現代に蘇った女神のような、比類なき美しさを放っていた。雛が一歩前に出ると、歓声が会場を震わせた。
「本日は、私の催眠術ショーにお越しいただき、誠にありがとうございます」
マイクを通して響く彼女の声は、醍醐味のある甘美な響きを帯びていた。聴衆は、一様に息を呑んでその言葉に聞き入っている。
「皆様は、催眠術というものをどのようにお考えでしょうか。人の心を操る、あやしげな術というイメージがあるかもしれません」
雛の言葉に、客席が一瞬のどよめきに包まれる。催眠術に対する世間一般のイメージは、どこか胡散臭さを拭えないものがあるのは事実だろう。
だが、雛は澄んだ瞳で観客を見据え、静かに語り続けた。
「しかし、催眠術の本質は、心や脳の可能性を引き出すことにあるのです。自分の中に眠っている力を呼び覚まし、自己を再発見する手助けをする。それこそが、私の信じる催眠術の真の姿なのです」
彼女の言葉には、揺るぎない信念が宿っている。聴衆たちは、雛の瞳に惹きつけられるように、次第にその言葉の意味を理解し始めているようだった。
「本日は、皆様自身が体験者となって、催眠術の神秘に触れていただきます。さあ、心を開いて、その扉の向こうへと踏み出してみませんか?」
神秘の扉を開く鍵は、雛の紡ぐ言の葉だ。彼女は優美な手つきで観客を誘うと、スポットライトが徐々に暗転していく。闇の中で、雛の凛とした佇まいだけが、幻想的な光に包まれているかのようだった。
「催眠術は、あなたの内なる力を呼び覚まします。日常に埋もれた自分自身を解放し、新しい可能性に気づくきっかけとなるでしょう」
彼女の言葉は、一人一人の心に静かに響いてゆく。客席は完全に闇に包まれ、唯一、雛だけがスポットライトに照らし出されている。
「心の奥底に目を向けてください。そこには、誰も見たことのない、あなただけの『最良の自分』が眠っているはずです」
雛の声は、いつしか聴衆の意識を深い霧の中へといざなっていた。現実と夢の狭間をさまよううちに、人々は自分自身の内なる世界へ、その一歩を踏み出そうとしている。
「さあ、『最良の自分』に出会う旅が、今始まります。その瞳を開き、自分だけの物語の主人公となるのです」
雛の言葉に導かれ、観客たちは自らの意識の深層へと解き放たれていく。日常の殻を破り、自由な精神で未知なる自分自身を探求する。それは、彼女の催眠術がもたらす、かけがえのない体験だった。
こうして、神崎雛の催眠術ショーの幕は切って落とされた。観客の心を深く揺さぶり、新しい扉を開くきっかけを与える――それが、彼女の催眠術の真骨頂なのだ。
今宵、この場に集った人々は、雛との出会いを通して、人生をより豊かなものへと昇華させてゆく。そんな予感を、会場の全員が感じずにはいられなかった。
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