幕間 世界の真実

 「……アテルイ」

「……」

「アテルイ?」

「おはようございます、叶芽」

「うわっ! びっくりした」

「驚かせて申し訳ありません。少々フォルダの整理をしていました」

「あ、大丈夫、です」

「改めて……高性能システム制御AI、通称アテルイです。叶芽、本日はご足労いただきありがとうございます」

「叶芽です。よろしく、お願いします」

「私に敬語を使う必要はありませんよ。確かに私の稼働年数は貴方の年齢の六倍を超えていますが——私はあくまで、人間の手によって、人類の存続のために創り出された機械です。全ての人類は私の創造者であり、庇護対象でもあるのです」

「はぁ……良く分からないけど、じゃあ敬語はナシで」

「はい。では早速ですが、ご用件をどうぞ」

「ああ。俺はアテルイに、提案したいことがある」

「詳しくお聞きしましょう」

「俺を、ゲーム開発者として雇用してくれないか」


 ▽


「まさか、進路に関するご提案とは思いませんでした。しかし……突拍子もない話ですね」

「俺はゲームに命懸けてんだよ。このキャンプで面白いものなんて、それしかないだろ?」

「申し訳ございません。私は『面白い』という感覚を理解できないので分かりかねます」

「そ、そうか」

「そのご提案を、どうして私に?」

「この提案を飲めば、アテルイにメリットがあるからだ。今、キャンプ内のゲーム開発を担当しているのは、アテルイ——お前なんだろ?」

「はい。正確に言えば、ゲーム開発の業務全般を受注しています」

「やっぱりな。キャンプ内で流通しているどのゲームにも、エンドクレジットにアテルイの名前が入ってたから、そうだと思った」

「それで、私へのメリットというのは?」

「アテルイは電力消費が激しいんだろ? ゲーム開発を俺が担当すれば、その分電力の消費を抑えられる。そうすれば、お前はもっと重要な仕事に電力を割り振れる」

「……」

「なんだよ、何とか言えよ。いい提案だろ?」

「すみません、シミュレーションをしていました。……最初に確認しておきますが、叶芽はゲーム開発のみを業務として行いたいのですか?」

「へ? ああ、できるならそうしたいけど……俺、真面目に生きるのはどうも向いてない気がするからさ」

「残念ながら、ゲーム開発のみを行う条件では、叶芽を雇用することはできません」

「え! ど、どうして……」

「そもそもゲーム開発は私の主要業務ではなく、ごく稀に発生する副業のようなもので、電力消費量はそれほど多くありません。よって、私の電力消費より、人的資源の方が優先されます。叶芽をゲーム開発だけに従事させることは、貴方の能力の無駄遣いと言えるでしょう。許可することはできません」

「……クソ」

「気を落とさないでください。叶芽がどうしてもゲーム開発がしたいなら、別の方法があります」

「本当か⁉」

「はい。ただ、叶芽には三つの条件を満たしていただく必要があります」

「条件?」


 ▽


 「まず一つ目は、叶芽が来年度から救助隊に入隊することです」

「俺が、救助隊に入る……?」

「叶芽がこの難民キャンプでゲーム開発者になる方法は、現在のところ一つしか存在しません。それは、救助隊に入隊し、機械保全班——通称『機械屋』の一員となることです」

「機械屋……なるほどな」

「覚えておいででしたか」

「アテルイから聞いた覚えはないけど?」

「私がキャンプ内で起きたことを全て把握していることをお忘れなく。ご両親が、機械保全班に関する発言をしたのは一回のみ、それも七年ほど前のことです。ですから叶芽は七歳の頃、一度言われたことを今まで覚えていた、ということになります。一般的な十四歳の子供と比較すると、随分と卓越した記憶力をお持ちですね」

「……」

「機械保全班には、私——アテルイのメンテナンス作業を担当する特殊部門である『ITエンジニア部門』があります。ゲーム開発に携わっているのは、現在部門長をしている方です。彼は貴方と同じくゲームがとても好きだそうで、しょっちゅうゲーム開発業務を委託してきます」

「仲良くなれそうな人だな」

「しかし、私は他の業務で忙しいため、ゲーム開発業務の優先順位は常に低い状況にあります。貴方がゲーム開発業務を行うことができれば、彼も喜ぶでしょう。しかもちょうど、ITエンジニア部門は後継者を探しているところなのです。現在は部門長ただ一人しかいないので」

「ITエンジニア部門って、そんなに少ないのか⁉」

「色々と事情があるので……それについては後程お話します。叶芽は、一つ目の条件を満たせますか?」

「それしか方法はないんだろ? だったら、やってやるよ」

「分かりました。こちらとしても好都合です。世奈も助かるでしょう」

「どうして、ここで世奈が出てくるんだよ。別に関係無いだろ」

「大人の事情、というやつです」


 ▽


 「二つ目の条件は、『Code Map』というゲームで、五万点以上のスコアを取ることです」

「ああ、そのゲームか。個人用端末に最初から入ってるゲームアプリだよな。でも、なんで『Code Map』で五万点取ることが条件になるんだ?」

「あのゲームは、基礎的なプログラミング技術の習得のために開発されました。『Code Map』で高得点を取るとそのスコアが記録され、順位が付けられます。貴方も一時期頻繁にプレイしていましたから、ご存知でしょう」

「ああ。いくらやっても一位の奴に勝てなかったから、飽きてやめちゃったんだけどな」

「その一位の人物こそ、現部門長です」

「マジで⁉」

「あのゲームはプログラミング技術への適性検査も兼ねているのですよ。実を言うと、スコア上位者をITエンジニア部門が直々にスカウトする、という採用システムになっているのです。恐らく、遅かれ早かれ叶芽にはお声がかかったでしょうね。これは公にはされていませんので、他言無用ですよ」

「そうだったのか……」

「貴方の最高点は、四万九千七百十五点ですね。五万点は十分に達成できる範囲だと思います」

「分かった。やってみる」

「できれば、年明けくらいまでに達成していただけるとありがたいです」

「う……頑張る」


 ▽


 「それで、最後の条件は何なんだ?」

「三つ目の条件は……叶芽に、ある手術を行うことに同意していただく、ということです」

「手術? 何の?」

「それをお伝えする前に、貴方にはITエンジニア部門の特殊性について、詳しく話しておく必要があります」

「どういうことだ?」

「ITエンジニア部門は、このキャンプ内で唯一IT分野の詳細な知識を持ち、複雑な人工知能である私のメンテナンス作業を行います。しかしそれは同時に、このキャンプの弱点を全て手中にするということでもあります」

「……!」

「私の主な仕事は当キャンプのシステム管理、シミュレーション分析、および課題の検討です。また、私は常にキャンプ全体を監視カメラとマイクでモニタリングしています」

「ってことは、もしアテルイが万一、ITエンジニア部門のやつに好き勝手弄られたら」

「そうです。私の全てにアクセスできるITエンジニア部門の人間なら、やろうと思えばキャンプ全体のライフラインを機能不全に陥らせ、全員を殺害することすら容易にできます」

「うわあ……それはヤバいな」

「さらに言えば、私はリーダーに指示された事項については個別に分析を行っています。その多くは、混乱を防ぐために皆さんには知らされていない機密事項です。それらの機密にも、ITエンジニア部門の人間はアクセスできることになります。これは非常に大きなリスクです。もし機密事項が公にされれば、キャンプ内の人間は混乱に陥り、リーダーを中心とした安定的な組織体制が崩壊する恐れがあります。そうなれば、キャンプは瞬く間に無法地帯と化してしまうでしょう」

「それで、手術ってのは、そのことと何か関係があるのか」

「ええ。ですが、まだ話には続きがあるので、もう少しだけお付き合いください」

「しょうがないな」

「ありがとうございます。では続けますね。多くの人間にとって特にショッキングとされている情報は、『世界の真実』と呼ばれ、厳重に秘されています。これはリーダーとITエンジニア部門の人間、そして私しか知らない、超極秘事項です」

「世界の、真実……」

「先ほど述べたようなリスクを低減するため、ITエンジニア部門には三つの規定があります。一つ、ITエンジニア部門のメンバーは最大二人とすること。これは機密にアクセスできる人数を少なくするためです。二つ、機械保全班のうちITエンジニア部門のメンバーが誰なのかは、機械保全班の班長、リーダー、そして私のみが把握すること。これは、ITエンジニア部門のメンバーを脅迫するなどして、不正操作が行われることをなるべく防止するためです」

「なるほど、賢いな」

「そして三つ目の規定は——ITエンジニア部門に所属する人間は、心臓に起爆装置を埋め込む手術を受けることです」

「……は?」

「これは、不正操作を防ぐためです。もしITエンジニア部門の人間が私に不正アクセスし、許可なく制御系システムの操作をしようとした場合には、起爆装置が作動し、即座に心停止を起こして死亡します。機密を漏らそうとした場合も同様です」

「嘘だろ!」

「本当です」

「いくらリスクがあるからって、そこまでするか普通?」

「普通、というのがどういう意味か分かりませんが……この規定は、当キャンプ発足時から開始され、現在まで続けられています。規定を作ったのは初代のリーダー、そしてITエンジニア部門長です。彼らはよく、『人間の敵はいつでも人間だ』と、そうおっしゃっていました」

「……」

「話を戻します。貴方がITエンジニア部門への配属を希望する場合、先に示した二つの条件をクリアできれば、私はITエンジニア部門へ叶芽を推薦します。そうすれば、現部門長が行う採用面接を受けることになります。内定が出れば、来年度から救助隊の新人として雇用され、基礎的な訓練を受けた後、ITエンジニア部門に所属することになります」

「面接って、どんな?」

「面接は、対面ではなく画像なしの音声通話で行われ、変声機越しにITエンジニア部門長と会話を行うものです。面接内容は歴代の部門長の間で大きな差がありますが、多く見られるのは『Code Map』に関する雑談や、ITエンジニア部門に入りたい理由についての質問、などですね……そこまで格式ばったものにはならないと思いますよ。現部門長は堅苦しいことが特にお嫌いなようですから」

「あまり参考にならない話だな……」

「ITエンジニア部門に所属すると同時に、心臓に起爆装置を埋め込む手術が行われ、その後『世界の真実』の内容が私から貴方に口頭で通知されます。もしその内容を知った後にITエンジニア部門からの退職を希望した場合——貴方は、心臓に起爆装置を埋め込んだまま余生を送ることになります」

「いつでも口封じできるように、ってことか」

「その通りです」

「だけど、どうしてわざわざ『世界の真実』を直接お前が伝えるんだ?」

「業務の中で偶然触れてしまうと精神的な打撃が大きいから、というのが理由の一つです。最初に伝えておいて、その衝撃に耐えきれない人間は自らITエンジニア部門を去ってもらった方がいい、という訳です。それと——私が直接口頭で伝えることで、事実との齟齬を無くす、という理由もあります。人間の記憶はどうしても不確かになりますが、私であれば一言も違えることなく伝えることができますから」

「そんなに、ショッキングな情報なのか……?」

「私は歴代のリーダー、そしてITエンジニア部門の人間たち全員に『世界の真実』を通知してきました。皆一様に、大きなショックを受けているように見えましたよ。私には、人間が何故そこまで衝撃を受けるのか、よく理解できませんが。あんな事実、人類であればだと、私は思っていましたが……個人にとっては、そうでもないようです」

「とうに、分かり切ったこと?」

「今のは私の所感なので、気にしないでください。さて叶芽、今はまだ、貴方には選択の自由があります。貴方は、心臓に起爆装置を埋め込む手術を受けることに、同意しますか?」

「……俺、は、……」

「こう言い換えることもできます。貴方には——全てを知る覚悟がありますか?」

「……いきなりヤバい話をたくさん聞いて、混乱してる。少し、考える時間をくれ……」

「もとより、今日中に結論を出していただこうとは思っておりません。この条件についても、年明けまでに結論を出していただければ結構ですから、ゆっくりとお考えください。先ほどから随分と顔色が悪いようですし、今日はお休みになった方がよろしいかと思います」

「分かった。今日はもう、帰る」

「承知いたしました。今日聞いたことに関しては、全て他言無用ですから注意してください。世奈にも、絶対に話してはいけません」

「……今の話を聞いて、言う訳ないだろ」

「安心しました。では、お気をつけてお帰りください」


 ▽


 「もう話は済んだのか」

「ええ、主馬。今日のところは」

「そうか。お前ならもう知っていると思うが、明日午前に世奈が相談に来ることになった。アテルイ、お前も同席して知恵を貸してやれ」

「……」

「アテルイ? どうかしたか」

「あ、すいません。恭太郎が言っていた通り、人間という存在はなかなかシミュレーション通りにはいかないものだなと、考えていたところです」

「人間とはそういうものだ」

「主馬の行動なら、ある程度の正確性をもって予測できますよ」

「……それは、一緒にリーダーをしてきたからだろう」

「ふふ、そうかもしれませんね」

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