Part-B

 横田家の年末年始は忙しい。政治関連、軍事関連、企業関連に加え皇室関連からもお客様が殺到する。当然一人娘のユイも挨拶周りに強制参加だ。


 普段はポニーテイルにしているが今日は髪を下ろしており、長い金髪はふくらはぎくらいまで届く。藍色の着物姿でピンと背筋を伸ばし笑顔で挨拶周りをこなしていた。


「はー、しんど」


 横田家長女の義務としては理解しているが、半日以上笑顔を張り付かせるのは、さすがに疲れる。やっと休める時間になって足を延ばして休憩していた。


「そういえば、レイの姿見てない……」


 レイは離れで寝泊まりをしているはずだ。最初の食事は大部屋に来ていたが、その後は離れで食べているらしい。確かに横田家の親戚ばかりの中で居ずらいだろうが、顔見せくらいはしてきて欲しかった。ユイは離れの方に行ってみることにする。


「レイー?いるー?」


 離れの戸を叩いても反応がない。留守らしい。どこに行ったのかと考えているとカンカンと木を叩きつける音がする。どうやら近くの道場の方から聞えてくるようだ。道場の方へ小走りで向かい、角を曲がったところで、人影を見つけた。


「あ、レ……」


 道場前の広場に赤毛の少年レイを見つけた。しかし声を掛けようとして思い留まる。レイは一人ではなく老人と剣術の型稽古をしているようだった。レイが剣術の型に則り動き、相手は受け反撃をする。


 その動作は土の上でも機敏で安定していた。二人とも道着に裸足だが、上半身がまったくぶれない。素早い足さばきで木刀を打ち合わせている。ユイが声を掛けなかったのは、この打ち合いの邪魔をしたくなかったからだ。


 木刀と言っても真剣と同じ重さにするため芯に鉄の棒が入っており、当たったら打撲ではすまない。高速で打ち合わせる二人は完全に集中しているようだ。


 型通りとはいえ、鋭い打ち筋を見せるレイと、それを難なく受ける老人。見ているだけでも老人の技術の高さが分かる。それもそのはず、その老人こそがレイとユイが修める剣術の師範であり、ユイの祖父である横田ムゲンその人だ。


 横田ムゲンが師範となる剣術の流派は、テン・シント流という。


 皇国で三大剣術と呼ばれる一派。剣術、棒術、薙刀術等に加えて、霊符術、巫術、魔術等も扱う総合武術である。皇国でも長い歴史を持ち、皇軍でもこの流派を修めている軍人は多い。


 軍人にとって剣術は必須技術だ。


 無重力空間、正確には時空の歪みが少ない場所で生まれた人間は開魂者Openianと呼ばれ、重力下で生まれた人間よりも魂から霊子が湧き出す量が多くなる。 


 訓練された開魂者は身体能力を高めるだけでなく、武器は腕の延長、防具は己の体と認識することで強化できる。武器防具強化に対して飛び道具はあまり効果がなく、銃弾は勿論、光学兵器も効かない。運動エネルギーも熱エネルギーも体表面で霊子に相転移させてしまうためだ。


 武器防具強化は霊殻体Aether Force Shellと呼ばれており、艦長がHFRで行う艦体同調も同じ技術。


 霊殻体に対抗するには、手の長さの倍の直径くらいの距離まで接近し相手の霊殻体を中和することで攻撃が通るようになる。これが丁度刀剣の間合いだ。



 打ち合いが終わり、木刀を地面に置き、座って互いに礼をする。


 レイは汗をかき息が荒いが、師範はケロっとしていた。恐ろしい老人だ。


 頭は白髪で70を超えているはずだが、背筋がピンと伸びておりとても姿勢がよい。


「二人ともお疲れー」


 ユイは一旦戻ってタオルを持って来ていた。二人に渡す。


「あ、ありがとうユイ」

「お嬢来ておったのか。ありがとうな」


 タオルで汗を拭き終わると頭を下げるレイ。


「師範ありがとうございました!」

「うむ。鍛錬は続けておったようだな」


 レイは通常の訓練の後も、居残りで型稽古などを行っていることをユイは知っている。レイとユイで試合を行うこともあり、剣術ではレイが勝ち越しているが、ユイの得意な薙刀ではユイが圧倒している。


 普通槍や薙刀などの長物では相手の霊殻体中和が不十分であり有効打を当てられない。しかしユイは薙刀の距離でも中和が可能だった。人より霊子の量が多い才能の現れだ。


「次アタシとやらない?レイ」

「……その恰好で?」

「あら?」


 挨拶周りのときの藍色の着物のままだった。ユイはその場でくるりと回りレイに見せた。


「どうかな?」

「うん似合っているよ。綺麗だ」


 レイは、いつも一切照れないで真っ直ぐに褒めてくれる。こちらが逆に照れそうだ。


「そ、そっか、あ、そういえば渡すものがあるの!」


 何か誤魔化すように、今思い出したという感じで手を打つユイ。タオルと一緒に持ってきた紙包みをレイに渡す。レイはユイに開けていいかの了解をとり、紙包みを開く。


「マフラー?」

「うん。訓練と実戦でエクスマスなかったからね。そのプレゼント」


 エクスマスというエクス教の行事は、皇国でも行われていた。


 皇国にはシントウ教という国教があるが、基本的に宗教の自由が保障されている。どっちかというとお祭り好きな国民性のためで、騒げる理由があればなんでもいいらしい。ちなみにエクス教とは地球自由連邦の国教でもある。


「あ、ありが……くしゅん!」


 レイがお礼を言おうとしてくしゃみした。汗も引いて体が冷えたせいだろう。


「ほら、風邪ひいちゃうよ。マフラーつかったら?」

「うん」


 早速貰ったマフラーを巻いてみる。


 色は赤一色でレイの髪色に合わせたのか。さすがに手編みでなく既製品だが高級そうだ。


「あ、ボクも渡すものが……」


 レイはそういうなり離れにダッシュで向かいすぐ帰って来た。小箱を持って。


「これ。いつもの」

「いつものね」


 ユイが小箱を開けると細目の青いリボンのロールが入っていた。


 いつも髪を結わえているものと同じリボンだ。毎年レイからユイへのプレゼントはこれにしていた。あまり高いものではないが、ユイはよろこんで使ってくれている。


「そうだ、今結わえてくれる?」


 ユイはそう言って長い金髪を纏めポニーテイルの形に持つ。レイはリボンのロールから一定の長さで切り取り、慣れない手つきでユイの髪を縛った。少し不格好だが見慣れた髪型だ。


「どう?」

「うん。いつものユイだ」

「えへへ」


 しばし見つめ合う二人。


「おほん。お嬢そろそろ時間ではなのか?」


 存在を忘れられてそうなムゲンが咳払いをすると、ユイとレイが反応する。


「あ、そろそろ戻らないと!お父さんから、おじい様も挨拶周りに参加しろって」

「ぬう、面倒くさいのう」

「レイ明日お母さんの所に行くからね。また後でね」


 そういうとユイはムゲンの手を引っ張っていってしまった。手をひらひらとさせるレイ。


 ユイの母親は既に死別している。明日は久しぶりの墓参りだ。

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