第38話 姫様の呪い手

「そこの姫さんは超えられないと思ってたんだけど、どうやらあたしの見込み違いだったみたいだね」


 ケタケタと実に楽しそうに目の前の女は笑っている。


 毒々しいピンクのシニヨン。露出の多い服装で、惜しげもなくその肢体をさらしている。


 耳にはめたピアスは何かをかたどっているのか、いびつな形をしているようだ。


 なんというか、全体的に不吉な印象を受ける女だった。


「全部あんたなんだろ?」


「へー。そこまでわかっちゃうんだー。じゃあ隠す必要もないね」


 パチパチとわざとらしく拍手をしてから女は大きく腕を広げた。


「そう、インバ・モスもあたし、あのオオカミもドラゴンもあたし。そして、そこの姫さんもあたし。ぜーんぶあたし。あたしのせい」


 まるで嘲笑するように、歪んだ笑みのままで女は僕を上から下まで舐め回すように見てきた。


「きみさ。精神系魔法使いとして飛び抜けて優秀だよね。うちに来なよ。孤独でしょ? 一人であぶれて辛かったでしょ。いいよ。理解してくれる仲間がいるっていうのは」


「こんな状況で僕を引き抜こうと?」


「そりゃそうだよ。だってスカウトはいつだって必須事項だからね。知ってるでしょ? あたしたちって絶滅危惧種なんだよ。それにさ、仲間になれば研究もできるし、お金の心配もいらない。きみの力は解呪でしょ。それ、かなり珍しいんだよ? ね。どうかな。興味湧かない?」


「話だけはいい話だな」


「でしょ? きみの後ろにいる一人と一体。裏切ってくれたら信用するよ」


「一人と一体?」


 首をかしげて背後を見ると、そこにはプレラ様とファルナルさんが息も絶え絶え立っていた。


 おそらく、僕の発動した魔法を見て慌ててやってきてくれたのだろう。


「ライト様」


「ライト。へぇ?」


 呼吸を整えながらプレラ様が不安そうに僕に声をかけてくる。


 その声に女は妙に面白そうに反応した。


 やっぱり覚えがないだけで、同胞という言葉通り、同じ出身なのだろうか。


「大丈夫ですよプレラ様。僕はこんな誘いに乗りませんから」


「あっそ。意欲ないねぇ。もったいない。そこまでの才能がありながら、わざわざ研鑽を放棄するなんて、よっぽど平和ボケして生きてきたんだろうね。きみってどんな育ちなのかな?」


 まるで揶揄するような物言いから、やはり、僕の村がどうなったのか知っていると言いたげだ。


 しかし、安い挑発に乗っても仕方がない。


「つまんなーい。ま、いいや。あたしはエレナ・ミミカゲ。老若男女何人も殺してきた精神操作魔法使いの一人」


「殺した?」


「そ。いい顔するじゃん。精神操作はそうでないとってね」


「何人殺した」


「興味あるの? 意外だねぇ」


 指折り数えるようにしつつも、エレナは途中でその手を止めた。


「月一人でざっと二十年なら、だいたい二百人以上?」


 まるでスコアでも自慢するようにうっとりとした表情でエレナは言う。


「きみもその一人に入れたげるよ。仲間にならない精神系魔法使いなんていらない」


「結構。僕はハナから興味ない」


「つれないなぁ」


 勝負開始の合図もなく、エレナは鎖状の魔法を放ってきた。


「これがあたしの魔法。対象者の心を縛り、あたしの思いのままのコンディションで、思った通りに動かせる操りの鎖! 魔法の実力はあたしの方が上だ」


 その鎖は僕へとずんずん進んでくる。人に対して精神系魔法を使っているというのに、迷いのない攻撃だった。


「形は人の心に影響し、その効果を増大させる。さあ、あたしに操られ後ろの女を殺せ!」


 エレナが威勢よく叫ぶと同時、鎖は僕の胸へと直撃した。


 瞬間、ハンマーで殴りつけた時のように鎖は弾けて四散した。


「…………は?」


 意味がわからないといった様子で、エレナは粉々になって落ちた魔法の残骸を呆然と見つめている。


「まさか。そんなはずない。ここまで形が明白で意識がぶれないヤツがいるはず……」


「実力っていうのは、魔法の使用量のことかな?」


 僕の声にエレナはビクッと肩を振るわせた。


「たしかに、やたらめったらに力を使っているお前みたいなのと比べたら、僕は大して魔法を使っていないかもしれない」


 ヒュンッ! と僕の言葉を遮るように女は再び僕に鎖を叩きつけてきた。


 しかし、その鎖は再度同じように粉々に砕けるだけだった。


「い、いや。ありえない。そんなはずない。あたしの力が、こんな小娘なんかに防がれるはずが……」


 僕が一歩踏み出すと、ひっ、と小さく悲鳴を漏らして、エレナは一歩後ろに後ずさった。


「怯えてるの? 人を操ろうとしているのに?」


「まさか。そんなわけないだろ!」


 激昂したように、取り乱したように、エレナは乱雑に魔法の鎖を作り出しては僕へ向けて叩きつけてくる。だが、そのどれも僕のことを縛ることはない。僕の心に影響を及ぼさない。


「僕は常に自分の魔法で汚染されているから。精神系魔法は効かないんだよ」


「なに言ってんの? 頭おかしくなったの?」


「はあ……」


 言って諦めてくれると思っていなかったが、耐性の方より攻撃性能の方がエレナにはわかりやすいかもしれない。


「半径十キロメートル」


「だからなによその数字」


「今日、僕がプレラ様から特別に全力を出す許可をいただいた範囲だ。さっきまでの戯言は全て二人の避難のためにすぎない」


「じゅ、十キロなんて、普通の魔法ですら威力が保てないでしょ? それなのに、精神系魔法なんて高度な魔法がそんな距離まで届くはず」


「普通はそうだ。普通は」


 僕は一つ呼吸をして目をつぶった。


「は。はは。目をつぶって。観念したのね。さっき剣も壊されてたし。防御特化で打開できないんでしょ。ねえ!」


 救いを求める女の声を聞き流し、僕は正確に半径十キロの円をイメージした。


「いやああああああ」


 僕のイメージに反応したように、女はその場に倒れ込んだ。

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