第37話 元凶

 受付のお姉さんからもらった依頼書を頼りに、僕とプレラ様はファルナルさんの背に乗って移動した。


 しばらくして見えてきたのは、村一つ分ほどの空き地。


 森の中だというのに、どういうわけか、草ひとつ生えていない不毛な空き地がそこにはあった。


「雷が落ちたって感じじゃなさそうですね」


 僕の言葉に沈黙が流れる。


 それも仕方ないだろう。何せ、その中心には見るからに元凶と思える人物が堂々と立っているのだから。遠目から見ればただの少女という感じだが、それでもオーラはプレラ様のように、国の重要人物であることを物語っていた。


 僕は顔を知らないけれど、彼女こそが、ディスバイン魔王国の姫様、イリヤ・ドーソート・ローゼンバーグなのだろう。


「やはり、姫様は正気ではないのじゃな」


「あの様子を見る限り、そうでしょうね」


 あたりはつけていたが、ファルナルさん同様、見るからに精神操作魔法に侵されているようだった。


 直立不動の姿勢だが、何かを守る仁王立ちとは似ても似つかない。その場で立っているだけのはずなのに、まるで風に揺れる草のようにフラフラとしている様子は、酔っ払いのようにも見える。


「少し遠くに下ろしてください」


「しかし」


「大丈夫ですよ。やれます。こういうことは専門家に任せてください」


「……わかった」


 渋々という感じでファルナルさんは滑空を始めた。


 依然、イリヤさんが僕らに気づいた様子はない。気づいていて気づかぬふりをしているのか、はたまた、気づけないほど感覚が鈍くなってしまっているのかは流石に判別できないが、いずれにしろ、一人で行くのに好都合だ。


 着陸と同時にファルナルさんの背中から飛び降りる。


「それじゃ」


「待て」


 そんな僕の背中に、ファルナルさんは声をかけてきた。


「なんですか?」


「この地は姫様の魔力を感じる。気をつけろ」


「わかってますよ。多分、地に足をつけた時点で、もう気づかれてるでしょうね。その辺は専門じゃないですけど、大体察しはつきますよ」


「ライト様」


 今度はプレラ様に呼ばれ、そちらを見やる。


「なんでしょう」


「ご武運を」


「はい」


 プレラ様の祈りを受けて、僕は改めてイリヤさんのいる空き地へと向かった。


 しばらく歩いていると、ガリガリと地面を削るような音が大きくなってくる。フラフラとした足取りで、杖代わりにしている剣を絵でも描くように右へ左へ動かしていた。


 ツノの生えた少女。その手に持つ剣はすでに刃こぼれを起こし、手入れがされていないことがわかるほどのボロボロさだ。


 服も、元は社交界に出られるようなドレスだったのだろうが、あちこちが引き裂け、とても姫様の着る服とは思えない。さらに、空気にさらされた肌はあちこち擦過傷だらけで、見ているこっちが痛くなってくるほどだった。


 ただ、そんな容姿になってさえ、そして、戦闘職でない僕でもわかるほど、目の前の少女は戦闘に特化した状態にあるようだ。


 草の生えない地面を踏んだ瞬間から、彼女は僕の姿をうつろな両目でじっと捉え、獲物を狙うように離さない。


「姫様って聞いていたから、もう少しかわいらしい方かと思っていましたが、どうやら生まれついての戦士みたいですね。イリヤさん」


「……」


 僕の軽口に返事はない。会話の意思はないらしい。それとも、会話ができないのか。


 試しに幻影を出したところ、一瞬でその幻影さえかき消された。ついで、僕の着るスカートまでスリットを入れられてしまう。


 しかし、イリヤさんに動いた様子は見えない。


 ほんと、戦闘は専門外なんだって!


「うふ、うふふ」


 突然、楽しそうにイリヤさんは笑い声をこぼした。


「おと、おとも、だだだだち」


 言って、イリヤさんは飛んだ。


 今度は見えた。こちらへ飛んでくるイリヤさんの姿が。


 ただ、見えただけだ。このままでは刺される。引き裂かれる。


 時間が引き延ばされたかのように、イリヤさんの動きがゆっくりと僕へ近づいてくる。


 死を間際にして、思考が加速しているのか。


 いや、こんなところで死ねない。


 僕はガラクタの剣を抜き放ち、空へと投げた。同時に、イリヤさんに見えている位置を変える!


 魔法を使い、認識を変える。何かの攻撃を警戒したイリヤさんは瞬時に反応して、攻撃方向を変えた。


 生まれついての戦士だからこその反応。僕は大慌てで前に走る。


 彼女は魔族。とはいえ、ここで傷つけたんじゃ、結局争いの火種になる。


 プレラ様同様、根本を断てればいいが、今はそんなことも言ってられない。


「さあ、祈りを告げよ。我が呼び声に応えん」


 プレラ様もファルナルさんもここからは遠い位置にいる。そして、村はより遠くにあり、空から見た限り、近くに人の住む気配はなかった。


 ハッとしたように、僕の剣を打ち落としたイリヤさんが僕の方へと慌てて向き直った。


 しかし、もう遅い。今の体でも距離を取れば、魔法の発動には間に合う。


 全力の精神治癒魔法。


 辺り一面を白い光が埋め尽くす。


 地面が、木々がその光を受け変色し神話に出てくるような真っ白の自然へと急激な変化を遂げる。


 対して、イリヤさんの方は、走り出した勢いのまま、僕の足元へと剣を取りこぼして、地面に突っ伏して倒れていた。


 いきなりの回復で体がついてこなかったのだろう。すぐに起きる様子はない。


 投擲用の武器だったら、危なかったかもしれないな。


「あーあーあー。こんなことやっちゃって。大災害じゃないか」


 背後から、若い女の声がした。


 僕はくるりと身をひるがえし、声のした方向を見る。


「やっと出てきたか。元凶」


「バレちゃってたか。同胞」


 女は気味悪く、僕に向けてニヤリと笑った。

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