第33話 ドラゴンのミス

 ちなみに、依頼が出されたのは二ヶ月前からのようだ。


 おそらく、村の力自慢が怪我をして帰ってきたのがその後で、さらにその後、僕という怪しげな存在がやってきたということらしい。


 結果、僕を魔女扱いするイベントが発生したというわけのようだ。


 そりゃ僕が疑われるわ。


 僕の件は冤罪だが、ドラゴンの件は実際の事件になっていることから、疑う余地など最初からなかったのかもしれない。


「うわさはうわさってことなのかと思いましたが、どうやらそうではないみたいですね」


「ライト様の話を聞く限りでも、すでに被害者がいるようでしたが、もしかしたら、と考えないこともありませんでした。しかし、その可能性はこれで完全に消えましたね」


 僕らはドラゴンのものと思われる足跡を見つけてしまった。


 僕としては、ドラゴンなど完全にいないと分かれば、それでもいいと思っていた。だが、実際にドラゴンの存在を示すものが出てきてしまっては、悪い冗談という線はかなり薄くなってくる。


 ドラゴンがいれば、僕の雑な魔力感知にも当然引っかかるだろうけれど、賢いドラゴンはそれくらいの対策はしている。僕程度の魔力感知には引っかからないような術を講じているのだ。


 魔法使いがいなければ、魔力感知で存在の有無を確認することはできなかっただろうが、こうして足跡を見つけてしまえば、誰にとっても明らかだ。


 しかし、こんなあからさまなものを残しているということは、見つからないようにする対策が甘い。正気を保っていれば、おそらくこんなミスはしないだろう。ともすると、正気じゃないのか……?


「プレラ様」


「なんでしょうライト様」


「プレラ様の知る限り、ディスバイン魔王国に気性の荒いドラゴンというのはいましたか?」


「そうですね」


 考えるようにプレラ様はしばしアゴに手を当て固まった。


「わたくしの知る限り、それと、わたくしの知っている時点での話にはなりますが、このように足跡をわざわざ残して、どこかに潜伏するようなドラゴンはいなかったと思います」


「じゃあ、ドラゴンを野に放つような幹部はいましたか?」


「それこそ覚えがありません。ドラゴンと幹部の方たちは騎士と馬のような関係でした。わたくしには、お互いを信頼し切っているように見えました。何か事情があれば別かもしれませんが、理由もなくドラゴンを放置し、暴れさせるような方をわたくしは知りません」


「そうですよね。ありがとうございます」


 こうなると、インバ・モスのような精神系魔法を使う魔物がどこかで繁殖するようになったということなのだろうか。


 とすれば、わからないでもないが、そんなことが起きていれば、流石に王都の方まで聞こえてきてもおかしくない。


 いや、まだ実物を見たわけじゃない。誰かの偽装工作という可能性も……。


「これは……」


「そんな……」


 否定したい気持ちを抱いた時に見つけたのはドラゴンのウロコだった。


 否定しようもない物を前にして、僕は思わず声が出なくなった。


「……だ、誰かが別のドラゴンを使っている可能性ということもありますよね。そうです。だからこんなわかりやすいんですよ? そう思いませんか?」


 プレラ様の取り乱しように僕は違和感を抱き、そのウロコをじっくりと凝視する。


 僕には精神系魔法の残滓のようなものしか見えないけれど、見た目の特徴からしてプレラ様は確信してしまったのだろう。


「プレラ様、これはディスバイン魔王国の幹部に与えられるドラゴンのウロコ、そうなんですよね」


「……」


 プレラ様は答えない。


「そうなんですね」


「本当だったらどうするつもりですか」


「どうにかするだけですよ」


「でも、相手はドラゴンですよ。わたくしだって、本当にあのドラゴンがいるとは考えていませんでした。そういう意味では、軽い気持ちだったことは否定できません。しかし、今はまだ遭遇したわけではない。引き返せますよ」


「大丈夫ですよ。これはプレラ様自信の逸品なのでしょう?」


 僕は言いながら、スカートの裾を持ち上げる。


 ここまで来れば恥ずかしさなどおくびにも出せない。自信たっぷりに見えるように僕は見せつけるように堂々としつつ、プレラ様を見やった。


 とはいえ、僕には決して素晴らしい装備には見えない。だが、露出する肌が草木で傷つけられた様子はない。


 軽装で森に入る時に警戒していたすり傷一つついていない。


「ええ。ですけど、ドラゴンの攻撃を防げるかどうかは……」


「そもそも、どんな装備をしていてもドラゴンを前にすれば紙と同じですよ。それなら、動きやすい方がよほどいい」


「……それもそうですね」


 切り替えたようにプレラ様は笑った。


「ここまで来て引き返すことなどできません。頼んだのはわたくしなのです。ならば、真実はこの目で確かめなくては」


「ええ。そうです。この先へ行けばはっきりします」


「グアアアアア!」


 瞬間、吠えるような響くような音が森中に轟いた。


 自然、僕はプレラ様と顔を見合わせる。


「急ぎましょう」


「はい」


 柄にもなく最近はよく走っている気がする。


 慣れないスカートだというのに、僕の体は今までで一番敏捷に動いてくれる。


 さあ、声の正体は誰だ。


「そこの木に隠れましょう」


「……?」


 僕はくちびるの前で人差し指を立て、プレラ様を落ち着かせてから、ゆっくりと木の影に隠れる。


 バサバサッと羽ばたくような音とともに、髪もスカートも揺らす突風のような風が僕らのところまで吹き荒れた。


「グオオオオオオ!」


 そして、再度咆哮。


 木の影からその先を見ると、ところかまわず当たり散らしている様子のドラゴンの姿がそこにはあった。


 誰も騎乗していない、ディスバイン魔王国のドラゴンだった。

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