第32話 冒険へ出よう

「こうしてライト様と冒険ができるなんて思いもしませんでした」


「すみません。付き合わせてしまって」


「いえ。何をおっしゃいますか、わたくしの見繕った衣服を身に纏ったライト様と、こうして冒険者活動ができる以上のことは望みませんよ」


「それならもう少しなかったんですか?」


「それ以上のものはわたくしでも準備できませんでした」


「そういう意味じゃないんですけど……」


 僕は現在、プレラ様と森の中を移動していた。


 プレラ様の言葉通り、今回ばかりは僕も装いをあらためている。


 そのため、着ているのはいつもの作業着ではなく、戦闘服と言うべき衣服だ。防具とも言える装備に身を包んでいると言えば聞こえはいいが、僕としては納得いかないものだった。


「いやあ、健康的な姿が目に眩しいですね」


「あの。一応僕、戦闘職じゃないんですよ? なんですこれは」


「冒険者の服です。わたくしはそう教わりました」


「なるほど」


 どこかの変なヤツが間違ったことを教えたのかもしれない。


 たしかに、思い返してみれば、村の冒険者たちは露出の多い格好をしていたように思うが、何か間違った情報が流されているに違いない。


 僕は必死にスカートの裾を引っ張るものの、それで何か現状が変化することはなかった。


 僕の服装を簡単に言うならば、おそらく戦士だろう。胸当てと腰から下げた剣だけ見ても、それはわかりやすい。だが、戦士らしいのはその辺くらいだ。


 僕が一番受け入れがたいのは、なんと言っても短いスカート。


 動きやすいから、とか言われて、流されるまま履いてしまったが、村の宴に着て行ったドレスよりも、数段、いや、数十段丈が短く、下着がほとんど見えてしまいそうなものだった。


 なんだか他の衣服以上にスースーしていて落ち着かない。


「どうしたのですか? ライト様。そんなに恥ずかしがる必要はありませんよ。とても似合っていますから」


「そういう問題じゃないんですよ。似合ってるかどうかは全く気にしてません」


「おや、ライト様はかなりの自信家なのですね。当然、そのような心持ちを裏付けるだけの容姿をしていらっしゃいますが、それでもその自信は羨ましいです。さすがライト様」


「違います。美貌に自信があるって話じゃないんです。気にしている点が違うって話なんです」


「と言いますと?」


 全くわからないという様子で先を促され、僕はどんな顔をしていいのかわからなかった。


 なに? 目の前のプレラ様は、本気で僕の女装が似合ってると言っているの? ノルンちゃんと違って、僕がどんな男だったか知っているのに?


 そう思うと、先が思いやられるというか心配になってくる。


「あのですね。これから行くのはファッションショーじゃないんですよ」


「知っています。ドラゴンを探しに行くのでしょう?」


「そうです。それなのに、こんな慣れない、そのハレンチな服装をしていていいのか不安なんですよ」


「なるほど。服の慣らしがしたかったと、そういうわけですか」


「少し違う気がしますが……」


 納得といった感じで手を打たれたものの、僕はその納得に納得いかなかった。


 ハレンチが完全にスルーされているし、プレラ様にとっては太ももが露出していることは気にならないのだろうか。


 どう見ても無防備すぎるし、防御力低そうだし、わざわざ死地に殺されに行っているような気がしてならない。


「ご心配いりません」


「プレラ様の自信はどこから来るんですか」


「もちろん。そのライト様の衣服からです」


「これから?」


「はい。その装備は魔法による縫製によって、見かけ以上の強度と魔法による耐久性、だけでなく、攻撃に転じる際の邪魔にもならない優れものなんです。わたくしが差し上げた服の中で、一番冒険に向いていますよ」


「これがですか?」


「その通りです。なので、もし魔物と遭遇しようとも問題はありませんよ」


「……魔物と」


 プレラ様の発言はなんの前置きだったのか、僕たちの目の前には都合よく魔物の群れが現れた。


 この森に住む魔物であり、羊のような見かけをした魔物だった。


「ライト様。やっちゃってください!」


 僕の背中に捕まるようにしながらプレラ様はそう言った


 プレラ様は戦士ではないし、戦闘職の魔法使いでもない。


 それくらい知ってはいたけど、こうもあからさまに盾にされると、今装備している服を信頼していいのか不安になる。


「わかりましたわかりましたから。僕の後ろじゃなくもっと下がっていてください」


「もちろんですよ。ここではわたくしも巻き込まれてしまいますからね」


 ほほえむプレラ様は僕から手を離した。それと同時に、薄い膜が僕と魔物たちを覆う。


 これがプレラ様の魔法。あらゆる強度の膜を自在に生成する使い手。これでプレラ様に被害は及ばない。


 まあ、ここまで全てプレラ様の準備なのだから、きっと信頼していいのだろう。


 プレラ様の工作に気づいた様子のない羊たちは、あくまで僕の腰に下げた剣を警戒している。だが、僕の剣もほぼお飾りなので、無駄な意識だ。


 さて、プレラ様のサポートはなんだかんだと久しぶりだ。ここはいつも以上に手を緩めておこう。


「今回は持ち帰れそうにないから、眠っててもらえるかな」


 僕の言葉に反応するように、羊は死んだように横に倒れその場で眠り始めた。


 一匹目を呼水としたように、羊たちは次々とその場に倒れ、すぐに全ての羊がその場で倒れて眠りこけってしまった。


「はい。プレラ様、終わりましたよ。たしかに魔法発動はスムーズでしたね」


「……さっすがライト様」


「今寝てました?」


「寝てませんよ。姫様ジョークです。準備しておいてそうはいきませんよ」


 僕の手抜き不足、ではないようで、プレラ様は眠気も感じさせずにピンピンしていた。


 効果対象になっていれば、羊たちと同じようにぐっすりだろうから、これは本当に姫様ジョークなのだろう。


 ……姫様ジョークってなんだ?

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