第30話 解決されていない難題
「おとぎ話みたいな話なんだけどね」
という語り出しでノルンちゃんが聞かせてくれたのは、まさしくおとぎ話のような話だった。
それも、オチのないおとぎ話。
あるところに巨大な魔物が現れて周囲に住む人たちに迷惑をかけるようになりました。
困った人たちは、その魔物に対して罰を与え、こらしめることにしました。
決意した人たちの意思は固く、魔物は罰を与えられたそうです。
「え、ここまで?」
「うん。お話はここまでなの」
「不思議ですね。これではその後どうなったのかわかりません」
「結末がなくって続きが気になるから、終わりが知りたくって、みんな話してるのかもしれないね。
「それはあるかも」
結末がなく教訓がわからない。どんな話なのかスッキリしなくて気持ち悪い。
だからこそ、知りたい。誰か知らないかと話題にしてしまう。
それもまた、ある種の人間心理かもしれない。
「ところで、それは昔からある話なの?」
「ううん」
僕の問いにノルンちゃんは首を横に振った。
「最近だよ。いつからかみんな話すようになったと思う」
「誰が話し始めたかわかるかな?」
「わかんない。でも、ギルドの受付のお姉さんとか冒険者の人たちが詳しいと思うよ」
「ありがとう」
ここまですんなり話してくれたみたいになったが、実際は以前のガルラの件よろしく、僕はノルンちゃんの遊び相手になることでこの情報を引き出した。
そんな、幼女の下手に回る僕を見て、プレラ様はほほえましげな表情を浮かべてくれていた。だが、それは今の僕の見た目からだろうか。あくまでお姉ちゃんと遊ぶ幼女の図だったからだろうか。それとも、僕が男だとわかっていてもプレラ様は同じ顔をされたのだろうか。考えるのも恐ろしいことだ。
というわけで、ぼくは冒険者ギルドへ来ていた。
ノルンちゃんが住む村に、冒険者ギルドなんてものがあるとは知らなかったが、戦士はいるという話は前々から聞いていたので、別に違和感はなかった。
早速ギルドに入っても、特にケンカを売られるようなこともなく、僕は受付へと足を運んだ。
そのまま、ノルンちゃんに教えてもらった受付嬢のお姉さんにおとぎ話の確認をしたが、どうやら本当の話だったようだ。
「はい。その話なら、詳細の確認から依頼として掲示させていただいています」
「掲示と言いますと」
「ああ。冒険者ギルドは初めてですか?」
「はい」
「掲示物はあちらになります。あそこでこのギルドで扱っている依頼が張り出されているんですよ」
言いながら、お姉さんは丁寧に掲示物の多数張り出された一角を示してくれた。
そこには、屈強そうな男性たちやしなやかな印象を受ける女性たちが、貼られた紙を前に吟味していた。
僕は冒険者じゃなかったので、冒険者ギルドへ来るのは今日が初めてだったが、こういった施設だということはなんとなく話に聞いていた。
なるほど、荒くれってやつか。
「えっと。ライトさんは冒険者登録をされていらっしゃいますか?」
「いえ。してないですけど、掲示を見る前に登録した方がいいですか?」
「お手間はかけさせません。こちらに必要事項を書いていただけましたら、私の方で登録を済ませます。ですので、その間に掲示物を見ていただければと思います」
「わかりました」
ペンと紙を差し出され、僕は記入欄に目をやった。
名前とかなんとか色々と書くところはあるが、おかしな点はなさそうだ。
生まれが生まれなら育ちが育ちであり、僕の暮らしていた村には冒険者ギルドなんてたいそうなものは存在しなかったので、なんだか変な気分だ。
「ライト・ミンドラ様。はい。かしこまりました。掲示を見ていてもらえれば大丈夫ですよ。あとは任せてください」
「お願いします」
「はい!」
元気な感じで返事をすると、お姉さんはそのまま紙を持って受付の奥に引っ込んでいってしまった。
情報をどうするのかは知らないけれど、まあ登録してくれるということなのだろう。
見ていいと言われたので、僕は掲示板の前へ行く。
近くまでやってくると意外と大きな板で、思ったよりもびっしりと依頼が張り出されていた。
はて、どこにあるかなとキョロキョロ見回す。
すると、ポンと肩の上にいきなり手を置かれ、僕はビクッとしつつ振り返った。
「やめておきなさい」
「えっと……」
高身長の女性が目を閉じて首を振っていた。敵意は感じないし、むしろなんだか優しさを感じる女性だった。
「どなたでしょうか」
「ああ。私は長く冒険者をしているものさ。だから掲示の配置に詳しいんだが、その辺の依頼は報酬はいい代わりにこの村で解決できる人間はいないよ」
「この辺りと言いますと、おとぎ話の依頼とか」
「そうさ。詳しいじゃないか。それは私たちが束になってもクリア不可能だろうね。実力が足りないのさ。何せ、この村一番の力自慢がやられちまったからね」
「そうなんですね」
件の依頼を見ていたら、先輩冒険者のお姉さんに止められたという状況だったようだ。
どうやら親切な人みたいだ。
しかし、依頼を発見できたと思ったけれど、なるほど、どおりで情報が更新されないわけだ。難易度が高いからこそ、その真実を知ることができないと。
「どうにかなりませんかね?」
「あんた。うわさによると学者さんなんだろ? なら、無茶は良くない。ノルンを助けてくれたのは本当にありがたいが、そのうえ無理をされては私たちが困っちまう」
「なら、どこか遠くに助けを求めることってできないんですか?」
「できないことはない。だが、向こうに来る理由がないからね。場所が悪いから、優秀な冒険者はこの村まで来ないよ」
「なるほど……」
「もし止めても行くつもりなら行ったヤツから話を聞きな」
「何か知ってる人がいるんですか?」
「多分知ってるだろう。だが、まだ怪我から回復してないんだ。詳しい話を聞きたきゃそいつが治ってから作戦を立てるんだね」
「その人の怪我が治るのにあとどれくらいかかりそうなんですか?」
「ん? 全治半年って話だったかな」
「待てねぇ……」
半年もあれば僕がプレラ様のヒモになっているかもしれない。
そんな恐ろしい現実は受け入れられない。
とはいえ、プレラ様のサポートを考えると、優秀な戦士さえいれば、場を作り魔物の討伐自体は可能なはずなのだ。
調査ということなら、より難易度は下がり、危険が及んでもおそらく攻略できるだろうけど……。
その戦士が実力不足っていうなら無理かもしれない。
おそらく、力自慢の人だって現場付近でやられたってことなんだろうから危険なことに変わりないだろう。
そんな状況なら、ガルラを戦士代わりに駆り出すわけにもいくまい。それこそパワーバランスが崩れ、普通の村人にまで被害が及びかねない。
ノルンちゃんには悪いけど、おとぎ話はおとぎ話だったってことにしておこうかな。
「別の依頼を見てみることにします」
「ん。そうしな。それじゃ、私はこれで」
手を振ってお姉さんはどこかへ去ってしまった。
説明するだけ説明して名乗らずに去るなんて、かっこいい人だったな。
そて、他の依頼は、森の中で揺れる女の子。どこへともなくさまよう少女。どうして女性ばかり……。
お金を求めるなら別におとぎ話の詳細なんてどうでもいいのだけど、とはいえ他の話もいかんせん胡散臭い。
「あれ……?」
もう一度見直してみると、おとぎ話の依頼にはどうやら続きがあるらしかった。
他の依頼と違い二枚組の大長編だったようで、そちらの方にはノルンちゃんの話してくれたおとぎ話の続きが書かれているようだ。
人々は、乗っていた黒い龍とともに魔物に罰を与えた。
だが、今度は黒い龍が人に対して害をなすようになり。
この辺りで黒い龍って言えば、魔王軍の……。
「ライトさーん!」
そこまで考えたところで思考を中断するように、受付のお姉さんの声が響いてきた。
お姉さんは口に手を添えて僕を呼びながら、笑顔で手を振ってくれている。
「登録できましたよー! 戻ってきてくださーい!」
「はーい!」
僕は再度掲示の紙を見てから、その紙を引きちぎりお姉さんのもとに駆けた。
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