第24話 お客様は姫様です
「呪い。ですか?」
「はい、呪いです」
僕の問いに、知っているでしょとばかりにプレラ様は首を縦に振った。
知っている。僕が治していたし、僕しか治せないのだから知らないはずがないものだ。
「ライト様に定期的に診てもらっていましたが、ご本人がいなくなってしまったので、こうして治していただくために参りました」
「しかし、今は症状が出ているようには見えませんが」
「ええ。その通りです。ライト様の目に狂いはありません。現在、再発してはいませんから」
「なら僕の出番はないのではないですか?」
「いいえ。そうではありません。対処ではなく、完治、根治というべきですか。人の多い王都では難しくとも、この場所でなら可能なのではないですか?」
「おっしゃる通り、別のアプローチはできますが、それにしても買い被りすぎですよ」
僕はプレラ様から視線をそらした。
プレラ様の言う呪いというのは、現存する魔法使いとしてはおそらく僕しかいないはずの精神系魔法を使ったものだ。少なくとも、メルデリア王国で存在を認識されているのは僕だけとなっている。
僕がプレラ様に重宝されていたのも、この精神系魔法に対処する策を持っていたからというのが大きい。他の人にとっては大した問題ではないかもしれないが、プレラ様にとっては文字通り死活問題だったのだから。
とはいえ、それで命を拾ったのは僕も同じことだ。滅んだ村で唯一僕が助かったのも、治療のため、文献を漁り、僕の村を突き止めたという過去があったりする。
「別のアプローチを試していただけませんか?」
「それでも同じですよ。僕ができるのは対処療法だけです」
「そうなのですか?」
「そうですよ。それに、僕はあくまで研究者。それも実践よりも論理の方が主です。今の生活にはとても四苦八苦しているところなのですよ」
「でも、今は研究者じゃありませんよね?」
「それは……そうですけど……」
気持ちは嬉しい。
たしかにプレラ様の言うとおり、研究局では他人が多くいる都合、使えなかった魔法もある。ここでなら試せると言えばその通りだろう。だが、やはり別物だ。
根治とまではいかない。
「それは魔法医の専門です。今や冒険者もどきの僕じゃ」
「それなら好都合じゃないですか」
僕の言葉にパンと手を打ち、割って入ってくるプレラ様。
その顔はとても嬉しそうに笑んでいた。
「ええ。そうです。好都合です。まさにベストタイミング」
「あの、話聞いてました? 今できないって話をしたところなんですが」
「そこじゃありません。ライト様が冒険者となられたというのが、この場合重要なのです」
「冒険者?」
「ええ。冒険者は要するに何でも屋でしょう? それなら、これもまた一つの依頼として解決するのが道理というものでしょう」
「冒険者ではないんですけどね」
「わたくしは無理難題を言っているつもりはありません」
ふふっと笑うプレラ様。
まるで久しぶり、といっても数日ぶりだが、こうして僕と話せることが楽しそうな感じで続ける。
「王都にいた頃は一人に肩入れすることなどできませんでしたからね。なにせ、局長という立場でしたから。ですが、特別扱いができなかったのは肩書きがあったからです。今の自由な身分ならどうとでもなります」
「そうは言いますが、僕は追われた身ですよ? 以前よりも悪化していると思いますが」
「罪でなく自主的に、でしょう? あくまで我々は辞めたいという意思を尊重したまでです。ここの手配もしましたしね」
「なるほど?」
そういえば、プレラ様を甘いと思った諸原因でもあった。
そうして、僕のこの居場所までやってきた。
ここまで全て計画通り。甘さでもなんでもなく初めからプレラ様の手のひらの上だったってわけか……。
「考えづくだったなら、言ってくださればよかったのに……」
「言ってもこうして謙遜なさるでしょう? 自己評価が低すぎるのですよライト様は」
「そんなことはないと思いますけどね」
ごまかすように僕は笑った。
いたって普通。実力に伴った自己評価。当たらずとも遠からずだと、個人的には思っていた。
だが、プレラ様にとってはそうではないということらしい。
「わかりました。わかりましたよ。プレラ様はお客様です。可能な限り、治すよう努めます」
「本当ですか!」
嬉しそうに手を取ってくるプレラ様をまあまあとなだめつつ続ける。
「何も治せないというのは謙遜じゃないんですよ。僕は治しているんです」
「治している?」
「そうです。あまりにも続くので、慢性的にぶり返す風邪のようなものだとお伝えしていましたが、実際は違います」
「といいますと?」
「何度も別の魔法をかけられているのですよ」
ハッとしたようにプレラ様は固まった。
「何度も、別の魔法を?」
「はい。おそらく、一度プレラ様に魔法をかけたことを頼りにして、都度別の魔法かけているんです」
「それはつまり、何が違うんでしょう」
「全く別物なんですよ。一度に大きな呪いをかけるより、このやり方の方が厄介と言っていい」
当然、詳しくなければわからないことで、プレラ様が解さないことなのは無問題だ。
「問題は、相手が僕と同じく、本来存在しないはずの精神系魔法使いってことです。それでいて、かなり遠隔から特定の人物を対象に魔法を発動することができる実力者でしょう」
「それってつまり……?」
ゴクリ、と生唾を飲んだ音がした。
神妙な面持ちのプレラ様に僕は続ける。
「死んだはずの同郷人がどこかで暗躍しているかもしれないってことですよ」
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